多様性が重視される近年、「インクルージョン」という概念が定着しつつある。さまざまな人材が相互に尊重しあい、各々が自身の能力を発揮できている状態を指している。その効果は絶大で、人材の獲得やイノベーションの創出などにもつながると期待されており、企業経営において不可欠な考え方となっている。そこで、本稿では「インクルージョン」の意味やダイバーシティとの関連、推進するメリットやその流れ、ポイントを詳細に解説していく。
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「インクルージョン」とは

「インクルージョン(inclusion)」とは、日本語では「包括」、「包含」、「包摂」などを意味し、全体をまとめること、中に含めることをいう。ビジネスシーンでは、企業内の全従業員がお互いの個性や能力、考え方を尊重しあい、一人ひとりが活躍できている状態を指す。

●「インクルージョン」の語源と歴史

「インクルージョン」の語源は、ヨーロッパの社会福祉政策の理念にある。1970〜80年代のヨーロッパ、特にフランスではソーシャル・エクスクルージョン(社会的排除)が社会問題となっていた。ソーシャル・エクスクルージョンとは、誰もが受けられるはずのサービスや権利が、差別や社会格差などによって特定の人々に与えられないことだ。その対策として展開されたのが、“誰もが社会に参加する機会を有する”というソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)に基づく施策であった。

●「インクルージョン」が普及した背景

「インクルージョン」の理念は社会福祉政策に留まらず、広く展開され、教育分野ではインクルーシブ教育として取り組みが進んだ。特に米国では1980年代に障がい児教育の分野で注目された。近年では、ビジネスシーンにおいて欠かせない企業戦略であるダイバーシティ&インクルージョン(D&I、あるいはI&D)として、インクルージョンの概念がますます重視される傾向にある。

●インテグレーションとの違い

「インクルージョン」と混同されがちな概念にインテグレーションがある。これは、日本語では「統合」と訳される。すなわち、大集団の中に、少数の枠組みを組み込み、同一化を図ることをいう。これに対して、「インクルージョン」は「包摂」を意味し、それぞれに異なる属性が受け入れられ、しかもお互いに尊重されている状態をいう。
インテグレーションとインクルージョンの違い

「インクルージョン」とダイバーシティ、エクイティ

次に、「インクルージョン」とダイバーシティ、エクイティとの関係性などについて取り上げる。

●「インクルージョン」とダイバーシティの関係性と違い

ダイバーシティとは、日本語では「多様性」を意味する言葉だ。人種や国籍、性別、性格、学歴などの属性に違いがあっても、その多様性を認めている状態を指す。その意味では、一人ひとりの個性を尊重し、活かす考え方である「インクルージョン」の前提条件と言える。人事の分野では、二つは異なる意味であっても両立しうると捉え、「インクルージョン」とダイバーシティをセットにした「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」の考えに基づいて人事の課題解決を図っていくべきだと考えられている。
ダイバーシティとインクルージョンの違い

●「インクルージョン」とエクイティの関係性と違い

さらに近年では、「エクイティ(公平性)」を加えた「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)」という概念も広がっている。エクイティとは、個々のスタート地点の違いを考慮し、それぞれが公平な機会を得られることを目指した考え方だ。エクイティが公平な「土台」を整えるプロセスであり、インクルージョンはその上で多様性(ダイバーシティ)を活用し、一体感のある環境を築くプロセスとして、これらが連携することで、個々が真に活きる組織や社会が実現できるとされている。

●ダイバーシティ&インクルージョンが重視される理由

ダイバーシティ&インクルージョンとは、多様な属性を持った人材が活躍できる組織構築を目指す取り組みだ。これが重視される理由は、グローバル化による競争の激化、消費者の価値観やニーズの多様化、生産年齢人口の減少などがある。また、環境変化が著しいVUCAの時代に適応できる競争力を得るためにも、ダイバーシティ&インクルージョンの推進が叫ばれている。さらに、SDGsの達成に向けてもダイバーシティ&インクルージョンは欠かせないといえる。

●日本における動向

今日の日本は少子高齢化が加速し、労働人口の減少や企業の人材不足などがどの企業にとっても経営課題となっている。そうした状況を打破していくために進められているのが、女性や外国人の活動、定年の延長、短時間勤務やダブルワークの導入など労働力の多様化だ。

多様な人材が活躍できる職場を作り上げていくためにも、ダイバーシティ&インクルージョンの考え方がますます重要視されている。経済産業省は「新・ダイバーシティ経営企業100選」や「なでしこ銘柄」の選定を通じて、多様な人材の活用を促進し、企業の競争力強化を図っている。

「インクルージョン」推進のメリット

次に、「インクルージョン」を推進するメリットについて解説していく。

●優秀な人材の確保

「インクルージョン」を推進している企業には、多くの求職者が関心を持ってくれる。それだけに、優秀な人材を確保しやすい。特に昨今の求職者は、働き方の多様性や能力・個性の発揮に重きを置く傾向が顕著であるだけに、「インクルージョン」は採用面においても大きなメリットとなり得る。

●離職率の低下

多様性を尊重し、従業員を適材適所に配置することができると、従業員は働きがいを感じるので仕事に対する満足度や幸福度が高まる。当然ながら、会社に対する不満や不安を軽減できるため、人材の離職を抑え、定着率を高める効果も期待できる。

●生産性向上

多様な人材が有する経験や個性に着目し、それぞれが活躍できる環境づくりを目指すことは、組織全体の生産性向上につながる。自分の個性が尊重されていると実感できれば、従業員のモチベーションが自ずと高まるからだ。

●イノベーション創出

多様な属性の人材が集結することによって、これまでになかったような斬新な視点・発想が生まれやすくなる。これを推し進めることで、固定観念にとらわれにくくなるので、イノベーション創出につながる可能性が高まる。業績アップや競争力の強化も期待できる。

●企業イメージ向上

「インクルージョン」推進は世界的にも重視されている。そのため、多様性や個性を認めている企業であるとアピールすることで、顧客や社会からの評価を向上させることができる。それによって、企業イメージがアップしたら、従業員のエンゲージメント向上はもちろん、業績や採用活動にも相乗効果が生まれてくるはずだ。

「インクルージョン」推進の流れ

ここでは、「インクルージョン」を推進していく流れを紹介しよう。基本的には、以下の通りとなる。

(1)経営トップのコミット
(2)組織体制の構築
(3)環境の整備
(4)意識改革と行動変容の支援
(5)進捗確認と継続的な改善

(1)経営トップのコミット

「インクルージョン」推進のスタートラインは、経営トップによるビジョンや経営方針の策定だ。経営トップがリーダーシップを発揮しなければ、決して上手くはいかない。

(2)組織体制の構築

部門横断型の推進チームを編成したり、社外専門家の起用も含めて監査体制の構築を進めていく必要がある。

(3)環境の整備

経営トップと推進チームで連携を図り、「インクルージョン」推進に向けた課題を解決するための施策や制度、ルールを策定する。

(4)意識改革と行動変容の支援

従業員の意識改革と行動変容をサポートするためには管理職の育成・教育も欠かせない。

(5)進捗確認と継続的な改善

「インクルージョン」の実現は、一朝一夕ではいかない。継続的に従業員の意見に耳を傾け、進捗を確認しながら施策を改善していかなければならない。そのためには、社内アンケートやヒアリングのほか、従業員からの提案制度などの仕組みもぜひ検討したい。

「インクルージョン」推進における課題

実は、「インクルージョン」の推進は容易ではない。いくつかの課題を乗り越えなければならないからだ。具体的に見ていこう。

●従業員の理解と意識改革および行動変容

企業が「インクルージョン」を推進するにあたっては、従業員の理解と意識改革、行動変容が求められる。ただし、実際にはそれに伴う従業員の反発があり得る。

●制度やルールの策定と環境整備への取り組み

従業員が具体的なアクションに起こしていくには、制度やルールの策定も欠かせない。さらには、それを従業員に理解してもらい、組織に浸透させるとなると、間違いなくかなりの時間を要する。自ずと、中長期的かつ継略的な取り組みにしていかないといけない。

●捗状況の把握が困難

「インクルージョン」の進捗や成果は数値で測りにくいと言われている。それでも、社内アンケートやES(従業員満足度)調査による状況確認はぜひ実施したい。どんな仕組みを作れば、的確かつ効率的に進捗状況を把握できるようになるか。どの企業も悩んでいるのが実態だ。

「インクルージョン」の施策例

ここでは、「インクルージョン」の主な施策例を取り上げていく。

●研修・セミナー・イベントの実施

さまざまなキャリア観を育むキャリア研修、多様な人材との関わり方を学ぶマネジメント研修、LGBTに関するセミナーなどを通じて、参加者は多様性や広い視野を持つ大切さを理解することができる。行動変容を加速させる機会にもなるはずだ。また、D&Iの浸透に向けたイベントを開催するのも有効となる。参加者同士の交流から新たなコミュニティが生まれる可能性もある。

●柔軟な働き方の整備

柔軟な働き方やライフスタイルを受け入れる取り組みを進める企業も増えている。具体的には、時短やフレックス制、テレワークや時間単位有休の導入、副業・兼業の解禁、越境学習、ドレスコード/服装の自由化などだ。実際、そうした施策を導入した結果、社内の活性化がもたらされたという声も多い。

●適材適所の人員配置

従業員一人ひとりの経験やキャリアを尊重した人員配置を行うことも重要だ。従業員のモチベーションアップだけでなく、生産性の向上も期待できる。例えば、育児経験のある社員を育児関連の新サービス開発メンバーに任命したり、女性のみのプロジェクトチームを組んで女性の家事負担を軽減する新商品を開発してもらったりするなどといったアイデアが考えられる。

「インクルージョン」推進のポイントと注意点

最後に、「インクルージョン」を推進するにあたってのポイントと注意点を挙げていく。

●会社全体で取り組む

「インクルージョン」を導入するには、経営陣のリードの下、会社全体で取り組むことが不可欠となる。導入の背景・意図、重要性を経営陣が自らの言葉で語り、全従業員に理解してもらわないといけないからだ。特に昨今は、人的資本経営が叫ばれている。「インクルージョン」はその実現に向けた有効な手段となるだけに、経営陣の積極的な関与が期待される。

●数値に固執しない

「インクルージョン」を導入する際に、陥りやすいのが数字にとらわれてしまうことだ。「女性管理職比率〇〇%達成」、「外国人雇用比率〇〇%以上」などと数値目標を策定した場合、目標数値の達成にばかり目が行ってしまい、実態が伴っていなかったりする。これでは、中長期的に見ると何の意味もない。推進する目的がどこにあるのかを踏まえた対策を講じる必要がある。

まとめ

「インクルージョン」を推進するのは簡単なことではない。時間と手間が相当掛かる。なぜなら、多様な人材がそれぞれ会社から受け入れられているという安心感と満足感を持って、自身の能力を発揮していける「状態」を作り上げていかなければならないからだ。そのためには、従業員の意識変革や組織文化の醸成、人事制度などの整備などが必要になってくる。しかも、実際に取り組んだとしても意欲や満足度などを数値化することが難しく、推進度合いが把握しにくいという問題もある。それだけ、難易度の高い取り組みであることを認識した上で、中長期な構想を策定しアクションを起こしていただきたい。



よくある質問

●インクルーシブとは?

「インクルーシブ」とは、日本語では「包み込むような/包摂的な」と訳す。障がいの有無や性別、性的嗜好、人種などの違いによって誰もが孤立したり・排除されたりしないような社会を「インクルーシブ社会」という。
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