「災害発生時の労務管理」について、まず第1回で「社員の安全を第一に事前に具体的に検討しておくべき事項」を8つ提示し、第2回で(1)と(2)について掘り下げました。第3回では、残る(3)から(8)について詳しく見てみましょう。

【労務管理上検討すべき事項】
(1)出社させるか、または退社させるかの判断基準
(2)出社しない場合、有給の休暇とするか、休業補償するか、欠勤とするか、あるいは「自宅などでのテレワーク」とするか
(3)会社や自宅での待機時間の労働時間性の判断
(4)賃金支払い等の義務
(5)36協定上の労働時間規制
(6)労働災害
(7)労務管理規定
(8)災害時の緊急連絡先の登録と個人情報の保護
【災害時の労務管理】「待機時間」をどう捉える? 賃金の支払い義務と福利厚生の考え方(第3回/全3回)

(3)会社や自宅での待機時間の労働時間性の判断

災害の襲来に備え、あるいは現実の災害発生時に、「会社で待機する場合」と「自宅で待機する場合」では労働時間性に違いがあります。待機時間が労働時間として扱われるか否かの判断は、「その時間における業務上の拘束性」がどの程度大きいかによって変わります。具体的には、「場所的な拘束性」、「時間的な拘束性」、そして「指揮命令下の業務による拘束性」があるかを見ます。

会社で待機する場合は、PC等を使用した仕事は容易に可能です。それ以外にも、社内外からの連絡が入る可能性や、それに対応した業務が発生することも十分あります。従って「会社で待機する場合」は労働時間として把握されるべきと考えられます。

一方、「自宅待機」は一般的に業務遂行が困難であり、社員が自由に時間を使うことが可能といえます。従って、具体的な上司からの指示命令により業務遂行する場合や、テレワークをする場合を除き、自宅待機中は労働時間とは言えないと判断されます。 

(4)賃金支払い義務

賃金支払い義務について考えると、まず、私傷病等自己都合による欠勤は、「ノーワークノーペイ」の観点から、賃金支払い義務はありません。反対に、不況、資金難、材料不足等の経営障害による休業の場合は、「労働基準法」で当該社員の平均賃金の60%以上の休業手当の支給義務が定められています。

では、災害発生の場合、会社と社員とがその不利益をどう分担するか。行政通達では災害による不可抗力な休業の場合は、休業補償は不要とされています。そして、不可抗力によるというためには、「(a)その原因が事業の外部より発生したものであること」、「(b)事業主が通常の経営者としての最大の注意をつくしてもなお避けることができないものであること」の2つの要素が必要とされています。

ちなみに、2011年3月11日の東日本大震災の際には、行政通達で「企業側の責任とは言えず休業手当を補償する必要がない」としています。ただし、就業規則に「自然災害や交通機関の停止などの不可抗力によって出社できない場合には、労務提供がない以上賃金支払いが免除される」と明記し、社員に周知しておくことがトラブル防止になります。

とは言うものの、天候悪化を予測しての自宅待機での場合、「不可抗力」と言えるかという微妙なところもあり、無給ではなく少なくとも6割の休業補償は支給し、社員に「有給休暇取得」か「休業補償を受けるか」の選択をしてもらうことが、社員が納得感を得やすい対応と言えます。

更に、災害の影響を受ける社員に、福利厚生の観点から「有給の特別休暇」とする選択もありますが、公共交通機関の途絶や自宅の浸水倒壊等により、出勤ができない状態が継続することがあります。そうなると会社の賃金負担も限度があり、付与日数をどうするかが問題になります。予め3日~1週間を限度とすることが、現実的な目途と考えられ、それ以上は該当社員の多寡や被害の大小等で個別対応とし、これを福利厚生規程等で明示しておくべきと考えます。
賃金について(例)

(5)36協定上の労働時間規制

「労働基準法」第33条第1項の「災害その他避けることができない事由によって、臨時の必要がある場合」には、“会社は労働基準監督署長の許可(事態が急迫している場合は事後の届出)により、必要な限度の範囲内に限り時間外・休日労働をさせることができる”とされています。

災害発生の対応(差し迫った恐れのある場合には事前の対応も含む)とは、「(a)急病人への対応その他の人命または公益の保護のため」、「(b)そのために協力要請に応じる場合」、「(c)事業の運営を不可能ならしめるような突発的な機械設備の修理、保安システム障害の復旧をする場合等」があります。

災害等により「労働基準法」第33条第1項に基づく時間外や休日出勤を行なわせる場合、事前に会社は「非常災害時の理由による労働時間延長・休日労働許可請書」に“時間延長・休日労働を必要とする事由”、“時間延長を行う期間及び延長時間”、“休日労働を行う年月日等”を明記して許可申請を行い、労働基準監督署長の許可を得なければなりません。

ただし、「労働基準法」第33条第1項に基づく時間外・休日労働は、あくまで必要な限度の範囲内に限り認められるものです。過重労働による健康障害を防止するため、実際の時間外労働時間を月45時間以内にする等が重要です。また、やむを得ず長時間にわたる時間外・休日労働を行わせた社員に対しては、医師による面接指導等を実施し、適切な事後措置を講じる必要があります。

(6)労働災害

災害時の「“通常とは異なる経路”での通勤途上を含めた労働災害」をどのように考えるかについては、労災保険の基準に添う必要があります。

仕事中、地震や津波により建物が倒壊した等、業務が原因で被災した場合は、労災補償の対象となります。また、通勤途上で被災した場合も、業務災害と同様に労災補償の対象となります。仕事中に災害に遭い行方不明になった場合、民法の規定により「行方不明になった時から一定年数経過後死亡した」とみなされたときは、遺族補償給付の請求ができます。

下記のような例は、労災補償の対象となります。

(a)仕事以外の私的な行為をしていた場合を除き、仕事中に災害により死傷した場合
(b)仕事中に災害に遭遇し、ある地域に避難指示が出たので避難(避難は仕事に付随する行為といえる)している最中に死傷した場合
(c)休憩中であったとしても、事業場の管理する施設(会社の建物の中等)にいるときに、災害により死傷した場合
(d)事業場外で勤務しているとき(私的な行為をしていない)に、災害により死傷した場合

(7)労務管理規定

以上を踏まえて、「法的観点からの定め」と、「福利厚生的な定め」をどのように規定するか。前述の(4)の「賃金支払い」に際して無給とするのは、法的観点で逸脱はしていません。「休業補償」や「有給の特別休暇の付与」は、福利厚生的から社員に対して援助を行う一環といえます。更に、「災害時の見舞金制度を設ける」のも同様です。

予測を超える災害の発生は、そう度々は発生しません。社員として金銭面で備えが十分でない場合もあります。そのようなときに会社が救いの手を差し伸べることは、社員の帰属意識を高めることになります。もしもの時に会社が社員への支援を惜しまなければ、その姿勢が後の社員のモチベーションを高める可能性もあります。普段から災害時の金銭的支援の準備をすることが、長期的に見て会社経営にプラスをなると考えられます。

(8)災害時の緊急連絡先の登録と個人情報の保護

災害時の安否確認システムの導入や、緊急連絡網を作成しようとしたとき、社員の中に自分の携帯電話や電子メールアドレス等を会社に告知することを拒否するものが出た場合にどう対応するか。

これに対して、会社には災害時の社員に対する「安全配慮義務」があります。また、業務上も可能な限り早急に、各社員の出社の可否を正確に把握する必要性があります。加えて、仮に携帯電話番号はわかっていても、いざ災害発生時に充電が切れていたり、圏外であったりして通信ができないことも想定されます。

したがって、個人情報を取得し使用する目的を明示し、それを遵守することを説明して、極力電話番号、固定電話番号、電子メールアドレスの告知を求めます。それでも告知を拒否する社員には、災害時に自ら安否確認する義務を課し、万一連絡が取れない場合の不利益を社員が負う旨を、文書で明確にしておく必要があります。



平時に災害対策を練ることは、何かしら無駄なこと、余分なことと思われがちです。しかし、想定外の災害が年に何度か起きている現実を見据え、いざという時に後悔しないよう、準備を怠らないことが大事です。
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