「VUCA」の時代と呼ばれる通り、昨今は先行きを見通しにくい社会となっている。そうした中で、いかに危険を予知・予測し、それを回避するかが企業に問われている。いわゆる、「リスクヘッジ」が求められているわけだ。では、どのような施策や育成手法を実践すればよいのか。企業の人事担当者やマネジメント層にとっては重要な課題だ。そこで、今回は「リスクヘッジ」の意味からはじまり、企業の施策例、進め方、人材育成法など取り組みの全体像を解説していきたい。
リスクヘッジ

「リスクヘッジ」とは?

「リスクヘッジ」とは、「リスク(risk)」と「ヘッジ(hedge)」を掛け合わせた造語だ。今後起こり得るリスク(危険が生じる可能性)を予見し、その被害を回避するために行う予防策をいう。元々は金融業界の用語だが、現在はビジネスシーンでも使用されている。ここでポイントとなるのは、「リスクヘッジ」ではリスク回避だけに重きを置いているわけではないということだ。リスクがあることを受け入れ、それと向き合い、適切に評価し、マネジメントの対象に位置付けると考えている。

●ビジネスにおける「リスクヘッジ」の意味と例文

ビジネスシシーンでの「リスクヘッジ」は、危険予測や懸念事項、不安材料、さらにはアクシデントへの対処を意味する。

ビジネスにおける「リスクヘッジ」の例文
・リスクヘッジに向けて、各メンバーが3つ以上の対策案を策定してください
・事前にリスクヘッジをしておき、必要な情報を確認しておきましょう

●金融における「リスクヘッジ」の意味と例文

金融において、「リスクヘッジ」は相場変動による資金損失を回避することを言う。要は、一社だけに投資するのではなく、分散させて数社に投資すべきであるという考えだ。

金融における「リスクヘッジ」の例文
・リスクヘッジの手段として先物取引を検討したい
・リスクヘッジに向けて、さまざまな銘柄に投資をしよう

「リスクヘッジ」と似た言葉

次に、「リスクヘッジ」とよく似た言葉を取り上げたい。

●リスクマネジメント

「リスクマネジメント」とはリスク管理と訳される。企業活動におけるリスクを見極め、適切に行動するために戦略を構築し、体制を整備することを意味する。この場合の、リスクは「クライシスマネジメント」よりも軽微なものとなる。また、大局的には、「リスクヘッジ」は「リスクマネジメント」のプロセスの一つとして位置付けられるが、より詳細に見ていくと、「リスクヘッジ」が具体的な対策を講じることであるのに対して、「リスクマネジメント」はリスクが現実になった場合にどう対応するかの考え方や対応法を決めておくことを言う。

●クライシスマネジメント

「クライシスマネジメント」とは、危機が生じることを前提とした上で、その被害を最小限にするための対策を言う。具体的には、個人情報の流出や製品不良、情報の隠ぺい、異物混入など経営に多大な影響をもたらしうる重大な出来事、または大規模な自然災害などが対象となる。こうした危機からいち早く脱するために、起きてしまった後に何をするかを備えておくことが「クライシスマネジメント」となる。一方、「リスクヘッジ」は危機が起きる前の備え、対策を指す。

●リスクアセスメント

「リスクアセスメント」とは、会社や職場において想定される潜在的なリスクを事前に抽出し取り除く手法を言う。具体的な策としては、マニュアル作成や労働環境の改善などが挙げられる。

●リスクテイク

「リスクテイク」とは、リスクをしっかりと受け止めて行動することを言う。そもそも、リスクを完璧に回避するのは難しい。ならば、リスクがあることを事前に織り込んだ上で行動し、リターンを獲得しようという考え方を指す。言い換えれば、「リスクヘッジ」はリスクに対して事前に対策を講じた上で備えるのだが、「リスクテイク」ではリスクがあることを前提として行動することを意味する。見方によっては、「リスクヘッジ」と「リスクテイク」とは対義語であるとも言える。

企業が行うべき主な「リスクヘッジ」

ここでは、企業として行うべき「リスクヘッジ」について説明したい。

●人材流出の阻止

労働人口の減少と人材の流動化が加速する日本では、新たな人材確保と同様に、今いる人材の流出を阻止する必要がある。これは、大きな「リスクヘッジ」のテーマとなってくる。

事実、人材流出は企業に多大なデメリットをもたらす。例えば、社員が辞めてしまった場合には、その社員の採用コストや育成・教育コストなどの金銭的な損失が著しい。他にも、辞めた人材が持っていた知識やノウハウも失うことになる。もっと言えば、辞めた社員の代わりとなる人がすぐには確保できないとすると、当面は現状のメンバーでカバーするしかない。現場の業務負担が自ずと高まってしまい、退職の連鎖に繋がりかねないと言える。

●資産管理・運用

企業では資産管理や資産運用を目的として株式投資を行っていることがある。ここでも、「リスクヘッジ」の考え方が用いられている。例えば、持っている資産をすべて同じ銘柄に投資してしまうと、その会社の株価が下落してしまった場合には、大きな損失がもたらされる。これを避けるために、分散投資を行うのが資産運用での「リスクヘッジ」となってくる。

●情報漏えい防止

この情報漏えいのリスクも、近年の企業にとっては大きな課題だ。万が一、自社の機密情報や顧客の個人情報が漏えいしたとなると、株価の大幅なダウンや損害賠償金の支払いは避けられない。そもそもの情報管理がずさんな体制であったとなると、社会的な信用が失墜し、企業経営の存続にも影響を及ぼしてしまう。外部からのサイバー攻撃や内部不正、社内管理の不徹底など、さまざまなケースを想定した上で情報漏えいに向けた「リスクヘッジ」を図らなければいけない。

●労務問題の対策

労務問題とは、企業と従業員間または従業員同士で起こるトラブルを言う。具体的には、企業と従業員間においては、解雇・懲戒処分、過重労働などを巡るトラブル、従業員同士では、パワハラやセクハラなどのハラスメント行為、職場でのいじめが該当する。現在、こうした問題が多発しており、約35万件にも上っているという報告もある。企業にとって、明日は我が身かもしれない。労務問題に対する「リスクヘッジ」を自分事として捉える必要がある。

「リスクヘッジ」の基本的な進め方

次に、「リスクヘッジ」の進め方として3つのステップを取り上げよう。

(1)リスクの洗い出し

最初のステップが、リスクの洗い出しだ。どのようなリスクがあり得るのかを考え、すべてをリストアップしよう。例えば、イベントの開催に向けて「リスクヘッジ」するならば、準備段階、運営スタッフの体制づくり、外注スタッフへの協力呼びかけ、本番当日などの流れが思い浮かぶ。それぞれでどのようなトラブルやミス、問題が発生する可能性があるのかを考えたい。できれば、複数のメンバーで洗い出すようにしたい。漏れが少なくなるからだ。

(2)リスクの分析

リストアップされたリスクに対してすべて対策ができるわけではない。なぜなら、時間的にも、予算的にも限られてしまうからだ。そこで、リスクの優先順位を付ける必要がある。基本的な優先順位としては、第一にリスクが起こる可能性。発生頻度の高さである。第二が、リスクがもたらす影響の度合い。損失額が大きいリスクや影響の範囲が広いリスクは要注意だ。そして、第三がリスク発生後の対応の難易度。なかには、その場で簡単に対処できるものもあるからだ。

(3)リスク対策の実行

ここからは、リスク対策を実際に実行していくこととなる。リスクの中身や原因などによって、取るべき施策は異なってくるが、基本的には以下のような「リスクヘッジ」が想定される。

・担当するスタッフの人員を増やす
・事前に研修を丁寧に行う
・わかりやすいマニュアルを用意する
・準備をできるだけ前倒しする


取り得る選択肢の中で、何が「リスクヘッジ」として高い効果をもたらすのかを考えて、取り組むようにしたい。

リスクヘッジ能力の高い人材の特徴

続いて、「リスクヘッジ」能力の高い人材に見られる特徴を取り上げたい。

●客観的に状況が見える

リスクヘッジ能力の高い人材は、客観的な視点で状況が把握できる。もちろん、一人であらゆるリスクに「リスクヘッジ」できれば、それに越したことはないが、実際には難しい話だ。場合によっては、あるリスクに関しては許容しなければいけなくなるかもしれない。どれを許容するかを判断するためにも、偏らない視座やリスクの大きさを見極めるスキルが必要となる。

●論理的思考ができる

物事を順序立てて、かつ論理的に思考できるのも、リスクヘッジ能力の高い人材に共通している。対症療法ではなく、原因に立ち返って考え、どういう結果になるかを的確に予測できるからだ。例えば、「納期に間に合いそうもない」というリスクに対しても、原因が何かであるかによって打つべき「リスクヘッジ」は異なってくるのは言うまでもない。

●計画性がある

計画性があることとも、リスクヘッジ能力の高い人材の特徴である。どうしても場当たり的、出たとこ勝負の姿勢ではリスクに出くわす確率は高まる。その点、事前にしっかりと計画を立てて、スケジュールや段取り通りに物事を進めていける人は、「こんなリスクがあり得るかもしれない」とイメージしながら行動していける。そのため、リスクに気付きやすいし、リスクへの準備にも気を遣う傾向が顕著だ。

●臨機応変

リスクヘッジ能力の高い人材としての特徴を、もう一つ提示したい。物事に対して臨機応変な対応が図れることだ。リスクを完璧に読み切れる人などいない。予想外、想定外のリスクに出会うこともあるだろう。そうした場面であっても、フレキシブルに対応できる人は慌てふためくことなく、冷静沈着に状況に合わせた行動ができる。

リスクヘッジ能力が高い人材の育成法

実は、育成法次第で従業員の「リスクヘッジ」能力を高められる。具体的に説明していこう。

●仕事を幅広く任せる(ジョブローテーション)

リスクヘッジ能力が高い人材が、客観的に状況を見れることは既に説明した通りだ。しかも、大局的に物事を把握できる。それならば、広範囲に渡って仕事を任せたらどうだろう。広い視点を身に付けることができるはずだ。もし、「まだまだ経験が浅いので不安だ」というのであれば、関連するポジションに定期的にジョブローテーションを行い、業務領域の全体像を理解してもらうという手も有効となってくる。

●研修やセミナーの実施

コンプライアンスや内部統制などをテーマとした研修やセミナーを実施することもお勧めしたい。自社には、どのような「リスクヘッジ」が求められるのかを理解することができるからだ。社内のリソースだけでは実施が難しいのであれば、外部が行う場に参加できるよう制度を整えたい。

●ロールモデルの設定

社内で「リスクヘッジ」能力が高い人材を見つけ出し、ロールモデルとして他の社員に紹介する方法も考えられる。そうした人が身近にいればいるほど、学べる機会は数多くあるし、モチベーションも高まるはずだ。もし、社内にいない場合には外部の著名な企業家やビジネスパースンを挙げても良い。本人のエッセンスが学べるインタビュー記事や書籍から「リスクヘッジ」に関する部分をフォーカスして、社員に紹介していくことも良いアイデアと言える。

まとめ

もはや、他社と似たようなことをやっていても、そのジャンルで勝ち残っていくことはできない。自社ならではの新機軸を打ち出し、社会に提供できる価値を高めていかなければならないのだ。ただ、ファーストペンギンにはさまさまリスクが伴う。まだ、誰も挑んでいないことなので、想定外のリスクが立ちはだかってくるからだ。それでも、飛び込まなければいけない時に重要になってくるのが、「リスクヘッジ」と言っていいだろう。これは、経営層だけが持てばいいというものではない。社員全員に共有され、常日頃から実践されていなければいけない。もちろん、すぐにそれができる人ばかりではないだろう。人事担当者やマネジメント層からの継続的な呼びかけが重要になってくる。

よくある質問

●ビジネスにおける「リスクヘッジ」の文例は?

ビジネスシシーンでの「リスクヘッジ」は、危険予測や懸念事項、不安材料、さらにはアクシデントへの対処を意味する。例文としては、「リスクヘッジに向けて、各メンバーが3つ以上の対策案を策定してください」、「事前にリスクヘッジをしておき、必要な情報を確認しておきましょう」などが挙げられる。

●「リスクヘッジ」とリスクアセスメントの違いは?

「リスクアセスメント」とは、会社や職場において想定される潜在的なリスクを事前に抽出し取り除く手法を言う。それに対し、「リスクヘッジ」はリスクを回避するだけでなく、被害の軽減するためことにも重きを置いている。

●「リスクヘッジ」ができる人はどんな人?

「リスクヘッジ」の能力が高い人は、客観的な視点で状況を見て、論理的思考ができるという特徴がある。また計画性があり、物事に対して臨機応変な対応が図れる。リスクを完璧に読み切れる人などいないが、問題が起きた時に俯瞰的に捉えてフレキシブルに対応できる人は「リスクヘッジ」ができる人だと言えよう。
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