部下から慕われる上司を「上司力がある」などと表現することがある。一般的な企業の現場においては、この上司と部下の関係性で仕事が回っているといっても過言ではなく、「上司力」は極めて大切な概念となる。この上司力という言葉は、単に「部下から慕われる上司」というだけでなく、「仕事上、部下から信頼される上司」と置き換えることもできよう。そうなるために、上司は部下にどのように対処すべきなのか。事例を設定しながら考えてみよう。
“上司力”は「部下へのアドバイス」に表れる。正しい心理的安全性の運用やトラブル時に部下から信頼される対応とは?

顧客トラブル時に上司に求められる対応 ~某機械メーカー営業部係長Aのケース~

【設定事例】
某機械メーカー営業部係長のAは、営業経験年数5年の中堅社員である。営業成績は悪い方ではないが、おとなしい性格で、上司に自分の考えや思いを直言するタイプではない。最近、会社の命運がかかった新製品が発売されることになり、営業部長Cから営業社員10名に対し激励があった。とにかく売り込みたいAは闇雲に営業をかけていったが、空回りも多く問題が噴出してしまった。問題が自分の手に負えなくなったAは上司に相談したのだが……。


【問題の発生と部下Aから上司Bへの相談】
Aの気合いとは裏腹に、クライアントの新製品への食いつきは芳しくなく、一向に営業成績が上がらなかった。そればかりか、既存顧客からは「説明を受けても新製品の機能の良さがわからない」、「新製品へ買い替えるべきかどうか、さっぱり分からない」などのクレームが殺到している。どうすればよいのか分からなくなったAは、直属の上司である営業課長Bに、「課長、どうすればよろしいでしょうか? ○○の方法で営業をかけてきましたが、販売どころかクレームの嵐です。アドバイスをお願いします。」と相談し、助けを求めた。


【上司Bから部下Aへのアドバイス(1)】
今回の新製品販売プロジェクトの重要性は説明していたよね。君は成績優秀なんだから、自分で考えて対処していきなさい。仕事は自分で試行錯誤しながら覚えていくものだよ。他の営業社員を見習わないと。

【上司Bから部下Aへのアドバイス(2)】
○○(具体的な説明)のような方法にすればよいと思うよ。そうしたら解決する(良くなる)方向に進むはずだから。クレームについては、君の説明に○○(具体的な説明)の部分が足りなかったと思うから、従前の説明に修正を加えながら、改めて説明してみなさい。それでも上手くいかなかったら、私から説明するようにする。このようなサポートはするが、それに安心してはだめだよ。目標に向けて、自らを厳しく律して取り組むようにしなさい。


上記の2パターンのアドバイスのうち、どちらが部下からの信頼を得られるかは一目瞭然である。部下Aが窮地に陥り、そのうえ問題の根幹が会社の命運を握るであろう新商品の販売に関することである。上司としては、当該の問題には即断即決が必要なことを認識すべきであり、素早く引き出しを開けて、「どうすれば直ちに解決できるか」という解を導きアドバイスしなければならない。それが上司に求められる対応となる。

“信頼される”アドバイスが部下を育て、組織を成長させる

そもそも、部下が自ら招いたものとはいえ、部下自身がその状況を問題だと感じている以上は、「自分で解決できそうもない」と観念したということでもある。従って、具体的な解決ソリューションを提示し、まずは自力で解決に至るように導くことが必要となる。また、「自力での解決を促しながら、最後は上司がケアする」という方向性のアドバイスも正しい行動となる。さらに、部下がどうにもならない状態で白旗を揚げているときは、その仕事の役割・責任を部下からリリースしてやることも視野に入れておかなければならない。その場合、仕事自体がなくなるわけではないため、代わりの人材を他部署と調整して調達したり、自らも含め自部署で担当の調整をしたりといったマネジメント力も必要となる。

上記の「アドバイス(2)」のような対応ができるか否かは、「日頃から仕事の全体像を見ることができているか」、「部下の視点で仕事を見ることができているか」といった点にかかっている。このような対応ができる上司は、「仕事上、部下から信頼される上司」との評価を得るだろう。それに対して「アドバイス(1)」は、その場しのぎの“他責感”がただよう内容となっている。このように、自らのポジションの役割・責任を放棄しているように見える上司は、決して部下から信頼されることはない。

また、「アドバイス(2)」の最後の叱咤激励は、近年多く聞かれるようになった「心理的安全性」が形式で終わらないようにするための諫言とも言えよう。心理的安全性の運用を間違えば、社員も組織も成長せず、パフォーマンスも上がらない“ぬるま湯”状態に陥りかねない。社内の心理的安全性は担保しつつ、言うべきことは言う。出来ていない場合は「出来ていない」とはっきり伝える。このように、時には叱責していく姿勢を持つことで、結果的に部下を育て、組織を成長させることができるだろう。
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