新型コロナウイルス感染症対策として策定された「標準報酬月額の特例改定」。今般、本制度の利用対象が、「2022年4月から同年6月までの間に給与の著しい低下月があるケース」にまで拡大され、改めて利用が呼び掛けられている。しかしながら本制度には、「利用した従業員が不利益を被る可能性がある」というリスクも内在している。そこで今回は、「標準報酬月額の特例改定」の注意点として、制度利用上の“デメリット”を整理してみよう。
「標準報酬月額の特例改定」の利用対象が2022年6月まで延長へ。制度導入の「メリット」と「デメリット」をおさらい

社会保険料負担を軽減できる「標準報酬月額の特例改定」

厚生年金や健康保険では、年度途中に給与が下がったとしても、すぐに新しい標準報酬月額に変更されることはない。下がった給与額に基づく「低い標準報酬月額」に変わるのは、「給与の低下後4カ月目から」が原則である。そのため、給与の低下から3カ月間は、従前の標準報酬月額に基づいて厚生年金や健康保険の保険料額が計算されることとなり、「給与は下がったが、保険料額は高いまま」という現象が発生する。

しかしながら、標準報酬月額の特例改定では、新型コロナの影響で従業員を休業させたために給与が著しく低下した月があると、その他の条件も満たすことにより、給与低下の翌月から「低い標準報酬月額」に変更することが可能になる。そのため、通常よりも早く保険料額が下がり、企業及び従業員の社会保険料負担が軽減できるのが、特例改定の“メリット”である。

当初、この制度は、「2020年4月から同年7月までに給与の著しい低下月がある場合」に利用できる施策であった。しかしながら、新型コロナの感染収束が見込めない状況を鑑みて制度の延長が繰り返され、今般、「2022年4月から同年6月までに給与の著しい低下月があるケース」でも利用可能になったのである。

特例の利用で「けが・病気の際の手当金」が減額になる可能性も

「標準報酬月額の特例改定」は、企業側の一存では導入ができず、対象となる従業員の書面による同意が必要である。これは、特例改定の利用により、従業員が不利益を被る可能性があるためである。従業員の不利益となる制度利用上のデメリットは、3点存在する。

まず1つ目のデメリットは、「けが・病気の際に受け取れる手当金の額が少なくなる可能性がある」ことである。

健康保険に加入していると、けがや病気で働くことができなくなった場合に、生活保障として手当金を受け取ることができる。これを「傷病手当金」といい、最大で標準報酬月額の3分の2に当たる額を、1年6カ月にわたって受け取ることが可能である。

傷病手当金は、支給開始の直前1年間の標準報酬月額の平均額に基づき、金額が決定される。そのため、従業員が特例改定に同意をした後に、交通事故や病気などによって勤務困難になった場合には、手当金の金額決定に使用する標準報酬月額の平均額が、“特例改定に同意しなかった場合”よりも低額になる可能性がある。通常よりも早く「低い標準報酬月額」に変更されているためである。

その結果、生活保障として受け取れる傷病手当金が、特例改定を利用しない場合よりも少なくなることが懸念される。

産休に入った女性従業員には「出産時の手当金」減額の恐れも

2つ目のデメリットは、「出産の際に受け取れる手当金の額が少なくなる可能性がある」ことである。

女性従業員が出産に伴って産休に入った場合には、生活補償として健康保険から手当金を受け取ることができる。これを「出産手当金」といい、最大で標準報酬月額の3分の2に当たる額を、産前6週間と産後8週間に受け取ることが可能である。

傷病手当金と同様に出産手当金も、支給開始の直前1年間の標準報酬月額の平均額に基づき、金額が決定される。そのため、女性従業員が特例改定に同意をした後に出産をする場合には、手当金の金額決定に使用する標準報酬月額の平均額が、“特例改定に同意しなかった場合”よりも低額になる可能性がある。1つ目のデメリットと同様、通常よりも早く「低い標準報酬月額」に変更されているが故に起こる現象である。

その結果、出産時の生活保障として受け取れる出産手当金が、特例改定を利用しない場合よりも少なくなる可能性があるのだ。

特例改定による「老後の年金」の減額は生涯続くことに

3つ目のデメリットは、「将来、受け取る年金額が少なくなる」ことである。厚生年金の老後の年金は、定年前の平均月収に基づいて金額が決定される。定年前の平均月収は、厚生年金に加入中の毎月の標準報酬月額から算出される。

そのため、標準報酬月額の特例改定に同意をした従業員の場合には、同意をしなかった場合に比べ、自身の年金記録の中に「低い標準報酬月額」の月が多く存在することになる。その結果、年金額の決定に使用する定年前の平均月収が低額になり、それにともなって老後の年金額も低下することになるのである。加えて、低下した年金は、生涯にわたって増額されることはない。

以上のように、標準報酬月額の特例改定には、“社会保険料負担を軽減できるメリット”がある一方で、“手当金や年金の金額が低下するデメリット”も存在している。ただし、手当金などの金額低下の度合いは、必ずしも大きいとは限らない。ケースによっては、わずかに額が減るだけということもあるであろう。

しかしながら、これらの金銭はいずれも稼得能力の低下時に支給されるため、経済上の必要性から「少しでも多く受け取りたい」と考える従業員が多い。従って、従業員に特例改定の同意を求めるにあたっては、デメリットもよく説明した上で本人の意向を確認することが重要と言えよう。


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