ここ数年の間に、世界中で「ESG」という言葉が頻繁に聞かれるようになった。国内でも多くの企業や経営者が「ESG」を重視した経営改革や組織改革へと舵を切り始めている。本記事では、昨今「ESG」が注目されている背景を説明するとともに、企業や従業員にもメリットのある「ESG経営」の考え方、「ESG」に関して人事部門が貢献できる取り組み、実際の企業における「ESG経営」を意識した人事制度導入の事例について解説する。
ESG

知っておきたい「ESG」の意味とは?

「ESG」とは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)という3つの単語の頭文字を組み合わせた言葉である。2000年代後半から「ESG投資」という言葉で用いられることが多くなり、現在では企業が長期的に成長する上で重視すべき3つの要素として、投資家だけでなく経営者や従業員、取引先、消費者も含めた様々なステークホルダーが、「ESG」を企業経営や企業評価の判断軸として捉えるようになった。3つの要素に関する具体的な取り組み例としては、以下のようなものが挙げられる。

・Environment(環境)
環境汚染や生物多様性への配慮、省エネ・CO2排出量の削減努力など、地球の自然環境に配慮した取り組み。

・Social(社会)
労働環境の改善、人権問題への配慮、地域社会への貢献を意識した取り組み。

・Governance(企業統治)
法令遵守・情報開示を重視する健全かつ透明性の高い経営、利益の積極的な分配などを意識した取り組み。

●近年、「ESG」が注目されている理由

20世紀から21世紀にかけて、多くの企業は利益追求を急ぐあまり、環境汚染や労働問題、様々な不祥事を蔑ろにしてきた歴史がある。これにより地球温暖化や異常気象などの環境問題や人権問題が顕在化し、企業自身の経営や事業にもネガティブな影響を与えていた。このような状況に対して国連は、2006年に「責任投資原則(PRI)」を表明し、世界各国の機関投資家に対して「ESG」を考慮した投資を行うことを提唱した。現在では日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)など、各国の大型機関投資家が「ESG」を投資基準に定めており、企業の経営方針に大きな影響を与えている。

●「CSR」や「SDGs」との違い

「ESG」と似ている言葉として「CSR」や「SDGs」が知られている。「CSR」は「Corporate Social Responsibility」の略称であり、日本語では「企業の社会的責任」と訳される。企業は株主や従業員だけでなく、社会全体の利益を重視しなければならないという概念だ。その点では「ESG」と似ているが、「CSR」が企業の倫理的な責任に重きを置いているのに対し、「ESG」は企業がより主体的に事業の中に取り入れるべき考え方として捉えられている点に違いがある。

「SDGs」は「Sustainable Development Goals」の略称であり、日本語では「持続可能な開発目標」という意味になる。「SDGs」は、国連加盟国が2030年までの達成を合意した「国家や個人が解決すべき問題」であり、「企業・団体の中期的目標」とされるESGとは成り立ちが異なる。ただし、「SDGs」が掲げる17の目標項目は「ESG」との共通点も多いため、双方の活動が互いに影響を与えながら発展していくケースも少なくないと考えられる。

企業や従業員に多くのメリットがある「ESG経営」

「ESG経営」とは、文字通り企業が「ESG」を意識して経営を行うことである。「ESG」という概念が注目を集める昨今では、大手を中心に多くの企業が「ESG経営」に取り組み始めている。ここでは「ESG経営」が企業や従業員にもたらす様々なメリットについて紹介する。

●資本市場(投資家)からの評価が高まる

以前の資本市場はP/LやB/Sなど、目に見える財務情報で企業への投資を判断していたが、前述の通り、国連が「責任投資原則(PRI)」を表明して以降、世界の多くの機関投資家が、「ESG」という非財務的な指標に注目して投資を行うトレンドが生まれている。このような「ESG投資」は、2014年からの2年間で約70倍に増え、すでに世界の資本市場の3割を占めているとされる。今後も「ESG」を重視した経営を推進する企業は、投資家からの評価が高まることが予想され、資金調達のハードルも下がると考えられる。

●ブランド力の向上

情報化社会の進展により、「ESG」や「SDGs」の認知度が急速に高まり、環境問題や人権問題、労働問題に敏感な消費者も増えている。企業が「ESG経営」を掲げ、多くの人々の関心事となっている環境や社会に対して配慮し、健全かつ透明性の高い経営状態を維持することは、結果的に企業ブランドの向上にもつながる。

●経営リスクの低減

環境、社会、企業統治の3要素は、いずれも企業にとって大きなリスクとなる可能性を秘めている。たとえば自然環境の破壊による資源・資材の高騰、労働問題の悪化による人材不足、企業統治の不備による不祥事などは、企業の生産性を著しく下げてしまう。「ESG経営」を意識することはリスク管理の直接的な高度化につながり、結果的に様々な経営リスクが低減される。

●キャッシュフローの増加

前述の通り、「ESG経営」を推進することで資本市場からの資金調達がスムーズになり、ブランド力の向上による売上アップやリスク低減による生産性の改善・向上も見込める。また、新たな顧客や取引先の開拓にもつながるほか、「ESG」を起点とする新たな事業を生み出すチャンスも増えるなど、様々な側面から将来のキャッシュフロー増加を期待できる。

●従業員へのメリット

「ESG」では、労働環境の向上や見直しも大きなテーマとして扱われる。労働時間の短縮や職場の安全性確保、各種待遇の改善はもとより、多様な人材の許容や働きがいの創出なども従業員が感じられる大きなメリットになり得る。さらには環境問題や社会問題に配慮しようとする価値観・労働観と合致した会社で働くことで、会社に対するエンゲージメントも高まる可能性がある。

「ESG」の取り組みに向けて人事ができること

「ESG経営」や「ESG」については、人事が中心となって推進できる施策も少なくない。ここでは主に人事部門がメインとなって「ESG」に貢献できる取り組みのテーマを紹介する。

●ダイバーシティの推進

性別、人種、国籍、宗教、年齢、学歴、職歴など、様々なバックグラウンドを持った従業員が、格差や不平等を感じることなく活躍できる環境を整える取り組みだ。日本においては人種や宗教よりも、女性管理職の積極登用、ワークスタイルの拡大、障がい者雇用などから取り組み始めている企業が多い。一定の規範に基づき、多様な従業員を企業全体の価値として活かしていくことは「ESG経営」における重要なテーマの一つとなる。

●従業員の安全確保

経営層や事業部門の上層部が現場の様子に気を配ることは困難であり、現場は目の前の業務遂行や納期を優先せざるを得ない。そのため、人事部門が間に入ることで事故や不正のない、安全かつ健全な職場を保つ必要がある。利益優先にならずに安全性・健全性を担保できるような組織体制や人事・評価制度を構築することが重要となる。

●働きがいの創出

近年では、モチベーションやエンゲージメントといった言葉と合わせて、従業員の「働きがい」という価値観が重要視されつつある。働きがいとは、従業員が会社の中で仕事をする上で、「能力を発揮できている」「必要とされている」「仕事を通して成長できている」と感じるなど、仕事をすることで充実感や満足感を得ている状態を指す。社会や顧客、従業員などのステークホルダーから、「企業の利益追求のためだけに従業員を利用している」と捉えられることは、人権や労働問題への配慮を掲げる「ESG」と相容れないばかりでなく、今後の資金調達や人材採用、企業ブランドを損なう要因にもなり得る。「ESG経営」においては、経営・現場・人事の三者が目線を合わせることで、従業員に対して働きがいのある仕事や職場環境を提供していく必要がある。

●情報開示

「ダイバーシティの推進」「従業員の安全確保」「働きがいの創出」など、上記のような「ESG経営」に基づく非財務的な取り組みに関して、IRを担う経営企画部門や広報部門と連携して適切な情報開示を行うことができれば、様々なステークホルダーや求職者から「この企業は従業員を大切にしている」という評価を得ることにもつながる。人材採用にも効果的であり、人事発信で企業価値の向上にも貢献できる。

「ESG」の企業事例を紹介

花王株式会社は、2018年7月に社長直轄の「ESG」部門を立ち上げ、翌年4月にはESG戦略「Kirei Lifestyle Plan」を発表するなど、数年前から本格的な「ESG経営」を推進している。その結果、20年度こそコロナ禍の影響で減収減益の見込みだが、19年度までは連結で7期連続営業最高益を記録している。

さらに花王は、2020年12月のグループ中期経営計画「K25」の説明会で、2021年度以降は、「ESGドリブン花王ウェイ」という新たな理念をもとに経営を推進していくと発表した。同社の長谷部佳宏社長は「K25」の目的の1つとして「社員活力の最大化」を掲げ、「OKR(Objectives and Key Results、目標と主要な結果)」と呼ばれる人材活性化制度についても説明した。

「OKR」は、事業への貢献の他に「ESG」や部門間連携、人材・組織の活性化などに関係する目標を設定する制度を指す。「ESG」に関する目標を全体の3割程度になるように設定するため、トップから現場社員まで全社一丸となって「ESG」に取り組めるということだ。

同社は「ESG」に貢献する取り組みとして、2020年9月にライオン株式会社と共同で、詰め替え商品のプラスチックフィルム容器の回収・リサイクルを発表したが、今後も社外との協働なども含めて、大きく社会貢献できるような取り組みを評価していくとしている。
環境、社会、企業統治の3要素からなる「ESG」は、言葉のスケールが大きいがゆえに自分事としては捉えづらい概念かもしれない。しかし、3要素の一つであるSocial(社会)の中では、「労働」や「人」の問題が扱われているため、今回の記事で紹介したように、人事部門主導で推進できる取り組みも少なくない。最初から大きな取り組みをすることは難しいかもしれないが、「ダイバーシティの推進」や「働きがいの創出」など、昨今の人事企画のトレンドの延長線上にあるような施策から、少しずつ検討を進めてみてはいかがだろうか。
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