2024年から、「障がいのある利用者への合理的配慮」が事業者(行政や飲食店など)に義務づけられたことをきっかけに、「合理的配慮」という言葉が一般の方々にも知られるようになりました。一方、事業主が雇用者(従業員)に対して合理的配慮を提供することは、2016年から既に義務化されています。本稿では職場における合理的配慮について概観を理解したうえで、「障がい者の差別禁止に係る自主点検」(後述)の自己チェックリストにすべてYESと答えられるようになることを目標とします。
職場における「障がい者の合理的配慮」とは? まずは厚生労働省のチェックリストで自社の現状の把握を

そもそも、雇用分野における「合理的配慮」がなぜ必要なのか?

「合理的配慮」が求められる背景には、ILO(国際労働機関)の「仕事こそ個人の自己充足や社会的統合の基本にあり、適正な質の仕事は貧困、社会的排除といった悪循環から抜け出す最も効果的な手段である」という理念が基礎にあります。

国際的にみると労働者の約1割はなんらかの障がいを抱えています。そしてそういった人々は就業の機会は限られ、就業できても昇進が難しい環境にあります。障がいを有する人々はしばしばこの悪循環に陥ってしまうため、そこから抜け出すのを支援する積極的な措置が必要、というのがILOの信念です。

それを具体化したのが「障害者権利条約」で、日本は2014年に批准しています。これを本邦の法令に落と込んだのが「改正障害者雇用促進法」です。事業主には障がい者が職場で働くに当たっての支障を改善するために、「過重な負担とならない限り」措置を講ずることが義務付けられています。この、「過重な負担とならない限り」という限定が「合理的」配慮と呼ばれる所以です。

例えば、「弱視の職員に対しては大きな文字の資料を使うこと」、「足が悪い従業員には階段でなくエレベーターの使用を許可すること」などが代表的な措置です。一方、中小企業で「腰痛がひどくて階段が登れないのでビルにエレベーターをつけてくれ」というのは明らかに会社に加重な負担です。会社に負担が大きい場合、拒否をしてもかまわないのですが、きちんと従業員と話し合ってどのような代替措置を取るかを決めなければなりません。エレベーターを付けるのは難しくても、1階でできる仕事へ配転することは可能でしょう。このように落としどころを見つける作業をすることが求められます。

ここでいう障がい者の範囲とは「身体障がい、知的障がい、精神障がい(発達障がいを含む)その他の心身の機能の障がいがあるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者」と定義されています。つまり障がい者手帳の有無、パートやバイトなどの雇用形態などにはよりません。また、採用の際に労働能力の評価でなく障がいであることを理由に不採用にするのも差別にあたり禁止です。

採用後に障がいがわかったり、生じたりした場合も、本人が障がいを会社に打ち明け配慮を求めた場合、会社はそれに真摯に対応する必要があります。

なお外から見て障がいがあることが明らかな場合は、むしろ会社の方から積極的に配慮を申し出るのが望ましいでしょう。

「過重な負担かどうか」の目安とは?

この「過重な負担かどうか」というのは会社の事業の内容や、会社の規模によって当然変わってきます。一般的に言えば会社が大きければ大きいほど、提案できる配慮の幅は広くなります。

いずれにせよ重要なのは話し合いのプロセスです。本人からの希望、会社ができることをしっかりとコミュニケートしながらすり合わせていって、従業員が最大の労働能力を発揮できるようにするにはどうしたらいいかを、人事や労務部門は考える必要があります。必要なら本人の同意を得たうえで主治医に手紙を書いて本当に障がいがあるかどうかを確かめる局面も出てくるかもしれません。

特に難しいのは発達障がいや精神疾患、事故後の高次脳機能障がいなどに対する配慮です。この分野は格別に個別性が高いため、産業医など医療の専門家と人事・労務部門の連携が非常に重要になります。例えば、人の声がうるさく聞こえる方にはイヤーマフの使用を認める、満員電車でパニック発作が出る方には時差出勤や在宅勤務を認めることなどの措置が考えられます。

産業医は、医者の言葉を非医療者にかみ砕いて説明することは得意ですし、また、会社の業務についても主治医よりはよく知っていますので、「まっとうな」産業医は主治医に手紙を書くなどして手助けになってくれるはずです。

合理的配慮の運用には判断の難しい点が多々あります。厚生労働省のサイト「雇用の分野における障がい者への差別禁止・合理的配慮の提供義務」にはQ and Aや事例集も掲載されており、特に後者は今後も更新が続く予定になっておりますので是非参考にしてください。

また稀に紛争化する例もあります。本人との間に齟齬があると感じた場合は、会社で抱え込まず、法律の専門家である社労士や弁護士の先生へ早めに相談するのが望ましいと考えます。

さて、ここで上述したサイトの中にある「障がい者の差別禁止に係る自主点検」を見てみましょう。

<障害者差別の禁止>

【A 募集・採用時】

1.障害者であることを理由として、募集又は採用の対象から障害者を排除していない。

(例) 障害者からの応募を拒否することや、障害者でない者を優先的に採用することは差別にあたります。

2.募集又は採用に当たって、障害者に対してのみ不利な条件を付していない。
(例) 障害者に対してのみ特定資格を有することを応募要件とすることは差別にあたります。

【B 採用後】

1.労働能力を適正に評価することなく、「障害者だから」という理由で、賃金、配置、昇進、教育訓練、契約の更新、雇用形態の変更、定年、福利厚生などの面で差別的な取扱いをしていない。

(例) 次に掲げる措置を講ずることは差別に当たります。
●障害者であることを理由として、昇進、教育訓練の受講、労働契約の更新、福利厚生の措置等の対象者としない。
●一定の職務への配置、雇用契約の変更、解雇の対象者の選定等において、障害者のみに不利な条件を付す。
●労働能力に基づかず、障害者を優先して降格や退職勧奨の対象とする。



<障害者への合理的配慮の提供>

【A 募集・採用時】

1.障害者である応募者から合理的配慮の提供を求められた場合は、過重な負担(注)とならない範囲で、必要な配慮を提供することとしている。

(例) 視覚障害がある方に対し、音声などで採用試験を行うことや、聴覚・言語障害がある方に対し、筆談などで面接を行うことが配慮に当たります。

【B 採用後】

1.雇用している障害者に対して、合理的配慮の提供(※)が事業主に義務付けられていることを知っている。

(※) 「合理的配慮」とは、障害者と障害者でない人との均等な待遇の確保または障害者の能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するための措置のことを言います。

2.雇用している労働者が障害者であることを把握した場合(注)は、当該労働者に職場で支障となっている事情がないか確認をしている。
(注)障害者の把握・確認をする場合は、利用目的を明確にし、業務命令として回答を求めるものではないことを伝えた上で、プライバシーに十分に配慮して行う必要があります。

3.障害者から支障となっている事情があると確認された場合は、過重な負担(注)とならない範囲において、合理的配慮を提供している。

4.雇用している障害者からの相談に応じるための相談窓口を設置して、雇用している労働者に周知をしている。

5.雇用している障害者が合理的配慮に関して相談したことを理由に、不利益な取扱いをしていない。


(注) 合理的配慮の提供義務については、事業主に対して「過重な負担」を及ぼすこととなる場合は除くこととしています。なお、過重な負担かどうかは、(1)事業活動への影響の程度、(2)実現困難度、(3)費用負担の程度、(4)企業の規模、(5)企業の財務状況、(6)公的支援の有無、の6つの要素を総合的に勘案し、個別に判断します。

出展 厚生労働省:自主点検資料~障害者の差別禁止・合理的配慮の提供のために~

このチェック項目に、すべてに「はい」と答えられるようになるのが第一歩です。あなたの会社はいかがでしたか? 該当しない項目があった場合は、改めて社内で検討し改善していきましょう。
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