企業の持つ「時季変更権」とは?
まず、年次有給休暇(以下、「有休」という)の発生根拠からご説明します。有休は、「入社して6ヵ月以上連続して勤務」し、「出勤率が80%」の従業員であれば、取得することができます。この権利は「労働基準法」で定められており、法律上当然に発生するため、企業側が認可するものではありません。また、正社員だけではなく、パートやアルバイトの方にも権利が発生します。有休の取得は、あらかじめ従業員が取得したい日を企業側に申し出れば、原則として企業側は拒否をすることはできません。しかし、従業員が有休を取ることで、「事業の正常な運営を妨げる」場合に、有休取得日をずらしてもらう「時季変更権」が企業側に認められています。
では、「事業の正常な運営を妨げる」とはどういうことでしょうか。企業の規模や人員の配置状況、従業員の仕事内容にもよりますが、たとえば、週末や月末月初、年末などの繁忙期で“ネコの手も借りたい”という時期に、従業員に一度に休まれると業務が回らない、といった状況が考えられます。
ただし、“慢性的な人手不足に陥っていて、いつもギリギリの人員配置で運営している”場合は、時季変更権が認められないケースもあります。
さて、従業員の「有休を取る権利」と企業の持つ「時季変更権」は、どちらも「労働基準法」で定められている正当な権利ですが、お互いが権利を主張しあっていたら適正な業務の運営は望めませんし、その結果従業員との信頼関係が築けず、離職者が続出してしまうかもしれません。
では、従業員の有休の希望をできるだけ認め、企業の業務に支障をきたさないようにするにはどうすればいいのでしょうか。
有休で労使トラブルにならないための対策を取ろう
結論から申し上げると、トラブル回避には、(1)労使間の「コミュニケーション」と、(2)従業員への「教育」がカギとなります。(1)労使間のコミュニケーション
従業員が有休を取得する権利を当然に持っていることを前提に、業務量の情報共有を適切に行いましょう。それにより、従業員に繁忙期の状況を理解してもらうとともに、従業員間で公平に有休を取ることができるよう、「有休に関するモラル」を持ってもらう取り組みを行うことが挙げられます。特に「有休に関するモラル」については、「誰かが休めば誰かが仕事のカバーをする」という「持ちつ持たれつ」の職場環境を醸成し、特定の従業員に負担がかからない運用を目指すことを労使で確認します。
(2)従業員への教育
コミュニケーションを取っても、従業員自身や家族の急病などにより、急な休暇申請があることも十分考えられます。その際のトラブルを避けるためには、「事前にそのような事態を想定して、普段から従業員への教育がどれだけできているか」が鍵となります。具体的には、従業員を訓練し、複数の業務を担うことができるようスキルアップさせるのです。たとえば飲食店で、「ホール担当」と「レジ担当」それぞれの仕事しかできない従業員しかいなかった場合、レジ担当が病気になってしまい急に休むようなことになれば、人員を調整するのが大変です。
ここで企業側が「休むなら他の人を探して」と言ってしまおうものなら、労使の信頼関係は一挙に崩れ、従業員の定着率にも影響を与えかねません。人員配置は、あくまでも企業が責任を持って行うものなので、従業員に押し付けることはできません。とは言っても、勤務日の当日に穴が空いてしまうリスクは避けられませんから、不足している業務のカバーができる体制を整えておくことが重要になってくるのです。
また、急遽有休の取得を希望する従業員が出た場合、他の従業員が出勤できるかどうかを調整するためにSNSを活用するのも良いでしょう。出勤を申し出た従業員に対しては、特別手当を支給する仕組みを導入することで不公平感をなくし、後日、代わりの休日をきちんと与えるといった配慮をすることも大切です。
企業側としては、従業員が出勤している状態が当たり前なのではなく、穴が空いたときの対応をどのようにするのか常にシミュレーションを行い、リスクを回避することが求められます。
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このように、できるだけ時季変更権を使わず、従業員との良好な信頼関係を維持しながら、業務が適正に運営できるような仕組みを作り上げることが、長い目でみた場合に企業の成長も可能になります。
もし、労務管理をどのように構築すれば迷う場合は、お近くの社会保険労務士にご相談されることをお勧めします。
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