「育児介護休業法」第29条に、「職業家庭両立推進者」の定めがあります。事業主には「『職業家庭両立推進者』を選任すること」が努力義務として定められていますが、過去の厚生労働省調査からも選任している会社はあまり多くないのが現状です。今回は「職業家庭両立推進者」の概要をご紹介するとともに、選任する上でのポイント、会社にとってのメリットを解説します。
「育児・介護休業法」で定める「職業家庭両立推進者」はワークライフバランスの旗振り役。選任のポイントやメリットとは

育児・介護休業法で定める「職業家庭両立推進者」とは?

具体的には、次のような業務を行うこととされています。1企業につき1人選任となります。また、選任した場合は、都道府県労働局雇用環境・均等部(室)に届け出ます。

●労働者が妊娠又は出産等の事実を申し出た時の、育児休業に関する制度等の周知及び育児休業申出に係る当該労働者の「意向確認の面談等の措置」の運用

●育児休業等に関する「就業規則等の作成、周知」

●配置その他の雇用管理、育児休業等をしている「労働者の職業能力の開発」等に関する措置の企画立案、周知等の運用

「育児休業の取得の状況」の把握、公表

「所定労働時間の短縮措置」等の企画立案、周知等の運用

●職場における育児休業等に関する「ハラスメントの防止」のための措置や配慮について関係法令の遵守のために必要な措置等の実施

●就業の場所の変更を伴う「配置の変更をしようとする際の労働者に対する各種配慮」の実施

「再雇用特別措置」の企画立案、周知等の運用に係る業務

●上記のほか、子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる「労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られる」ようにするために講ずべきその他の措置の適切かつ有効な実施を図るための業務

「職業家庭両立推進者」の適任者は? 選任の3つのポイント

1)自己の判断についての責任を有している

厚生労働省ガイドライン(育児・介護休業法のあらまし)では、職業家庭両立推進者を選任するにあたり「本社人事労務担当部課長以上の者等、上記の業務を自己の判断に基づき責任をもって行える地位にある者」としています。職業家庭両立推進者は“ワークライフバランス”の仕組みをつくることが主な役割ですので、ある程度の裁量が求められることになります。

また“ワークライフバランス”を推進する組織風土づくりにあたっては、会社のトップの方針に大きく左右されますので、方針を具体化するにあたり、自己の判断についての責任を有している地位にある者が円滑に遂行することが必要ともいえます。

2)法律だけでなく「こども」、「介護」に関する知識・経験などを有している

育児・介護休業など“ワークライフバランス”に関する制度はとても複雑です。育児・介護休業法だけでなく、「労働基準法」、「労働契約法」などの労働法規についての基本的な理解が必要となります。

また、法律への理解だけでなく、「こども」、「介護」に関する理解を深めることも必要です。例えば「こども」であれば『こどもの成長過程』、『こどもを取り巻く社会的な問題』、『こどもに関する施策』など、「介護」であれば『介護保険の概要』、『認知症などの疾病への理解』などへの理解を深めることです。「こども」、「介護」に関する理解を深めることは、法令を遵守しているかという視点だけでなく、それぞれの会社風土に合った独自の“ワークライフバランス”の仕組みをつくる上で不可欠な要素となります。

3)「聴く力」、「コミュニケーション能力」を有している

「こども」、「介護」に関する理解を深めることが不可欠な理由は、それらの知識・経験などを基盤に、従業員の声を「聴く力」、従業員や関係者などと連携して“ワークライフバランス”の仕組みをつくるための「コミュニケーション能力」を養うことにつながるからです。

“ワークライフバランス”の仕組みをつくることは、新たな課題が表出する機会でもあります。仕組みをつくることだけが目的ではなく、その仕組みを通じて表出した課題に対し、また新たな仕組みを考えるような“PDCAサイクル”を実践することが真の「職業家庭両立推進者」の役割ともいえます。そのためには、事務処理能力などだけではなく、新たな課題を把握できるための「聴く力」、「コミュニケーション能力」が必要となるのです。

「職業家庭両立推進者」の選任で何が変わる? 会社にもたらす3つのメリット

1)「誰が“ワークライフバランス”を推進するか」が明確に

日々の業務に追われ、頻繁に法改正が行われると、どうしても方針や規程などを策定したままになってしまうことがあるかもしれません。また、法律による定めがあると「やらなければならない」という義務感、それが努力義務であれば「やらなくても」という思いなどもまた生まれるかもしれません。

まずは、過度に構えすぎずに「職業家庭両立推進者」を“ワークライフバランス”の推進役として選任することから始めてみましょう。そして「職業家庭両立推進者が誰か」を明確にすることで、社内外においても“ワークライフバランス”の視点を常に忘れない強い意思表示へとつながっていきます。

2)『こども』、『介護』に関する最新の動向把握につながる

特に「こども」については、2023(令和5)年4月より、こども家庭庁設置・「こども基本法」施行などにより、こどもに関する施策の動向を注視する必要があります。しかし、会社は「こども」のことだけを注視すれば良いわけではありませんで、その動向を見落とすおそれもあります。

都道府県労働局雇用環境・均等部(室)では「職業家庭両立推進者」に対し各種セミナーの開催案内を始め、情報や資料の提供を行っていますので、「こども」、「介護」に関しての施策の動向も知ることができます。何より、会社が「職業家庭両立推進者」を選任することで、その推進者は「こども」、「介護」に関しての施策の動向を知ることが業務として位置付けられますので、動向を見落とすことが避けられます。

3)“ワークライフバランス”の視点から、経営戦略へつなげる

また近年の施策の動向からも、「こども」に関する会社の取り組みへの支援が強化されることが見込まれます。実際に、2023(令和5)年10月2日「こども未来戦略会議(第7回)」が開催され、共働き・共育ての推進として『男性育休の取得促進』、『育児期を通じた柔軟な働き方の推進』などに関する具体的な取り組みについて審議されるなど、数多くの場面でこどもに関する施策が見直されてきています。

これらの動向は採用戦略・人材確保・助成金活用など、さまざまな経営場面でも影響することが考えられます。だからこそ、「職業家庭両立推進者」が“ワークライフバランス”の仕組みをつくるだけでなく、経営に関して“ワークライフバランス”の視点から参画することができれば、経営戦略の幅を広げる役割を果たすことにもつながっていくのです。
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