「シエスタ」という言葉を聞かれたことがあるだろうか。これは、スペインで根付いている長めのお昼休憩を指す。実は、近年この制度を導入する日本企業が増えている。だが、人事担当者やマネージャーらの中には、「スペインと日本では国民性も価値観も違うのではないか」、「会社での仮眠に従業員が馴染めるだろうか」と危惧される方も少なくないかもしれない。そこで、本稿では「シエスタ」について理解を深めてみたい。意味やメリット、導入する場合のポイント、企業事例などをまとめて解説していこう。
「シエスタ(制度)」の意味やメリットとは? 導入のポイントや企業事例も紹介

「シエスタ」とは

「シエスタ」とは、スペインで習慣化している長いお昼休憩を意味する。現地では午後2時から5時の3時間程度を休憩時間とする店舗が多い。あくまでも、休憩時間であるので必ずしも仮眠時間を指しているわけではない。ただ、昼休みに仮眠の時間を確保することのメリットが多いのは事実だ。

●「シエスタ」の語源

「シエスタ(siesta)」の語源は、古代ローマで用いられていた「hora sexta(第6時)」という言葉に由来する。これは、日の出から6時間後。つまり正午当たりの時間帯を意味している。

「シエスタ制度」とは

「シエスタ制度」とは、スペインに由来する「シエスタ」を日本流にアレンジして、従業員のお昼休憩の時間を通常よりも長く取る制度を言う。一般的に企業の昼休みは45分~60分だが、「シエスタ制度」の下ではそれが2~3時間に延長される。あくまでも制度の一つなので、利用する・しないは従業員本人が判断することになっているケースが多い。

●「パワーナップ」との違い

「シエスタ」と類する意味で用いられる制度として「パワーナップ制度」がある。パワーナップは、米国の社会心理学者ジェームス・マースによる造語だ。15~30分程度の短い仮眠を意味しており、日本語では積極的仮眠と呼ばれている。あくまでも、仮眠を目的とするので、他の休み方をすることはできない。これに対して、「シエスタ」は長めのお昼休憩と捉えられている。そのため、仮眠以外に利用しても問題はない。

●「シエスタ制度」の目的

「シエスタ制度」を導入する目的としては、生産性の向上や業務の効率が挙げられる。人間の体には24時間を一つの周期とする体内リズムが刻まれている。そのリズムが上昇する時間帯は活動が活性化するが、逆に低下すると集中力や判断力が鈍ってしまう。その時間が昼食後の午後1時から午後4時頃と言われている。ここで敢えて仮眠を取ることで、体内リズムをリフレッシュし、午後の作業効率を高めたいと考える企業が増えている。

「シエスタ制度」が注目されている理由

ところで、今なぜ日本企業で「シエスタ制度」が注目されているのか。その理由を解き明かしたい。

●働き方改革の推進

まず、一つ目の理由は働き方改革の推進だ。労働基準法が改正されたことで、原則として残業時間の上限は月45時間、年間360時間に設定された。また、勤務間インターバル制度の導入も推奨されている。こうした状況下では、企業や従業員はいかに限られた時間で生産性を高めていくかを考えるしかない。といっても、人間は集中力をいつまでも維持できるわけではない。段々と集中力が下がり、ケアレスミスも多くなる。メリハリを付けた方が仕事のパフォーマンスを上げやすいという考えから、「シエスタ制度」が注目されている。

●人材の確保

労働人口の減少が加速しているだけに、どの企業も人材採用には苦労している。そうした中、人気が高いのは「福利厚生が充実している」、「労働条件が良く働きやすい」などといった企業だ。そのアピール材料の一つとなるのが、「シエスタ制度」と言える。従業員の多様なライフスタイルに応える企業であると提示することで、優れた人材の獲得につなげやすい。

「シエスタ制度」のメリット

企業が「シエスタ制度」を導入する際に想定されるメリットを整理してみよう。

●生産性の向上

最大のメリットは、生産性の向上だ。昼食後はお腹が満たされ眠くなるとともに、体内リズムが低下する。その一方、気温が上昇することでパフォーマンスがどうしても落ちてしまう。しかし、「シエスタ制度」を活用して、たとえわずかな時間でも仮眠を取ることで、脳の活力が戻ってくるとされている。

●体力回復

体力の回復も「シエスタ制度」のメリットだ。リモートワークが定着してきていると言っても、まだまだ出社を基本とする企業は多い。朝、満員電車に揺られて出社してくるだけでも疲れてしまう。しかも、連日長時間労働が続いていたりすると尚更だ。仮眠を取ることで体力の回復につなげられる。

●集中力アップ

午後になると仕事に対する集中力が低下しがちだ。注意力も散漫になってくるので、ミスや間違いも増えてしまう。「シエスタ制度」は、その解消に役立つ。たとえ10~20分程度でも良いので仮眠を取るだけで眠気対策につながり、集中した状態を維持しやすくなる。

●モチベーション向上

仮眠を取ることで仕事の効率が上がると、従業員は気持ちが良くなる。また、「シエスタ」の時間をどう活用するかも従業員本人に任せることで、それぞれのライフスタイルに合った働き方がしやすくなる。自ずと、仕事に対するモチベーションが向上すると言っていいだろう。

●ストレス解消

仕事に追われると、どうしてもストレスが溜まり精神的にもイライラしがちだ。部下や同僚に対して思わず感情的な言動をしてしまう。当然ながら、この状態で仕事をしても成果を導くことはできない。むしろ、そうしたタイミングには適度に仮眠を取った方が良い。脳がクールダウンされ、ストレスをリセットできるからだ。45分〜1時間程度の休憩では、昼食を摂るだけで休憩を終わってしまう。「シエスタ制度」が導入されていれば、仮眠はもちろん、散歩や体操、マッサージなどによっても気分をリフレッシュできる。

●睡眠不足の解消

「シエスタ制度」は、近年多くの日本人が悩んでいる睡眠不足の解消にも役立つ。健康維持にとっても効果は大きいと言っていい。睡眠不足に陥ると注意力や仕事のパフォーマンスが低下するだけでなく、ストレスも増長される。また、免疫力も弱まるので、病気にもかかりやすくなる。わずかでも良いので、仮眠する時間を確保したいものだ。

●働き方改革につながる

企業として「シエスタ制度」を導入していても、利用するかどうかは本人に委ねられる。なので、集中力が落ちている日だけ利用し、用事がある場合は「夕方に早く帰らないといけないので今日は利用しない」ということも可能だ。このように、社員の事情に柔軟に応じられるだけに、働き方改革にもつながりやすい。

●求職者へのアピール

「シエスタ制度」があれば、求職者に柔軟な働き方を実現しやすい会社だとアピールできる。イメージアップも期待できるので、採用にも良い影響をもたらしてくれそうだ。

「シエスタ制度」の注意点やデメリット

「シエスタ制度」はメリットばかりというわけにはいかない。注意しなければいけない点やデメリットも幾つかある。ここでは、それらを取り上げていきたい。

●寝すぎると逆効果

実は、仮眠も長ければ良いというわけではない。むしろ、眠りすぎてしまうと脳内の血管が急に収縮したり、自律神経に支障をもたらしたりしがちだ。その結果として、気だるさが感じられたり、休憩前よりも眠くなるといった症状が見られる人もいたりする。個人差があるものの、一般的には10~20分程度が良いと言われている。

●退社時間が遅くなる

「シエスタ制度」を導入すると、どうしても退社時間が遅くなりやすい。残業が多い企業だと尚更と言っていい。問題は、それによって家族や友人と過ごす時間が取りにくくなったり、夕食や就寝の時間が遅くなり生活が夜型になったりしがちなことだ。仕事に悪影響を及ぼす可能性も高くなってしまうので注意を要する。

●体内時計の乱れ

仮眠の時間が長すぎる弊害は、夜に眠くなくなり、睡眠の質が低下してしまうことだ。それによって、体内時計が乱れ、却って睡眠不足に陥ってしまう可能性もあり得る。さらには、その睡眠不足を昼寝で補おうとしてしまうと、ますます悪循環となりがちだ。適度な時間を心がけるようにしたい。

●頭痛の恐れ

仮眠が頭痛をもたらすこともあり得る。その原因としては以下の2つが想定される。一つは、緊張性頭痛だ。これは、筋肉が緊張することによって生じるもので、頭部を締め付けられるような痛みが感じられる。もう一つは偏頭痛だ。これは寝過ぎを原因として血管が拡張したり血液が変化したりすることによって起きる頭痛を言う。

●外部とのやり取りに影響が出る

「シエスタ制度」を導入している企業もあれば、していない企業もあるので、外部とのやりとりに影響が出ると予想される。仮眠中に連絡が取りにくくなってしまうからだ。

「シエスタ」の適切な時間は?

「シエスタ」として、どれくらいの時間を取るかは導入企業の判断に委ねられている。10~20分程度という例も少なくない。実は、これぐらいの短い時間の仮眠でも効果は得られると言われている。脳が十分に休息を取れるし、浅い眠りからの目覚めとなるのですぐにでも動き出せるからだ。

「シエスタ制度」の導入方法

「シエスタ制度」を導入する多くの日本企業では、休憩時間を増やすために退社時間を遅くしている。それで、1日8時間の労働時間を確保しているわけだ。法律面から見ても、労働時間が8時間を超える場合には1時間の休憩を取るように義務付けているが、それが1時間を超えても何も問題はない。また、休憩時間は基本的に無給となるが、「シエスタ」の時間を企業として有給にすることもできる。

ただし、従業員が導入に対してどんな反応を示すかを検証しつつ、ライフスタイルや体調に合わせて制度の利用を従業員の判断に委ねるのが良いだろう。

「シエスタ制度」の運用ポイント

どうしたら、「シエスタ制度」を上手に運用していけるのか。ここでは、そのポイントを取り上げたい。

●外部との連携に影響が出ないように調整する

「シエスタ制度」を導入する際には、外部とのやりとりに影響が出ないように配慮したい。特に顧客には迷惑が掛からないようにすることが重要だ。そのためにも、以下の施策を講じるようにしたい。

・仮眠する時間には相手から電話が入らないように事前にアナウンスしておく
・仮眠に入る際には周囲に一言伝えておく。
・「シエスタ制度」を利用する時間を社員によってずらす
・繁忙期には制度の利用を控える

●制度を利用しやすい環境を整える

「シエスタ制度」が設けられたとしても、その制度を利用しにくい環境だと何も意味がない。そうでなくても、「職場で仮眠を堂々と取って良いのか」と悩む従業員もいることであろう。看板倒れにならないようにするためには、現場の意識改革が欠かせない。それだけに、できれば人事部や部署の上長が自ら「シエスタ制度」の実践者となるくらいであってほしい。従業員に「制度を使っても問題ない」と信じ込ませることがポイントとなってくる。

●退社時間を厳格に管理する

「シエスタ制度」のデメリットとして、退社時間が遅くなることは既に指摘した通りだ。結果的に、ワークライフバランスが崩れた、睡眠時間が少なくなり健康を害したとなっては制度導入の意味は全くなさない。そうならないためにも、「シエスタ制度」を利用した従業員の退社時間は厳格に管理するようにしたい。

●休憩スペースを設ける

「シエスタ制度」が導入されていたとしても、周囲の目が気になり、自社のデスクでは仮眠を取りにくい従業員もいることであろう。それだけに、可能であれば休憩スペースを確保したい。足を伸ばせるだけでも疲れを和らげることができるので、そう大きなスペースでなくても効果を発揮してくれるはずだ。

「シエスタ制度」の導入事例

最後に、実際に「シエスタ制度」を導入している日本企業の事例を紹介しよう。

●三菱地所

三菱地所は2018年1月から、仮眠ブースを設置して30分単位で利用できるようにしている。ニューロスペースとの共同で効果を検証したところ、社員の3分の2が「仮眠を取ることで生産性が高まった」と回答したという。そのほか「会議中の眠気がなくなった」、「やる気が持続するようになった」という声も挙がったそうだ。仮眠ブースはリクライニングソファが設置され、寝すぎないような工夫が施されている。

●GMOインターネット

GMOインターネットグループでは、クリエイティブな発想が生まれるよう、20分程度の昼寝を社員に推奨している。平日の昼間12時30分から1時間は、会議室を昼寝スペースとして開放し、誰もが気軽に休める環境を整えている。また予約制のマッサージスペースを設置し、業務の合間にプロによる施術を受けられるようにしている。

●ヒューゴ

ヒューゴは2007年から「シエスタ制度」を導入している。昼休みを午後1時から3時間確保し、社員は昼寝の他、ランチや映画、ジムなどで自由に時間を過ごしている。なお、3時間の休憩を取った場合、帰宅時間は20時になるため、早めに帰宅したい社員は休憩を取らない場合もある。実際にシエスタ制度を導入してからは、成長期と重なったこともあり5年間で売り上げが6倍以上に伸びたという。また柔軟な働き方が、中途採用の応募者数も増え、人材獲得にも効果を得られたそうだ。

まとめ

「シエスタ制度」にはメリットとデメリットの両面があることを指摘した。ただ、そのデメリットも企業としての取り組みを工夫することで克服できる余地がある。それだけに、大手企業でも導入するケースが増えている。労働人口の減少に伴い、採用がますます困難となってきている中、企業としてはまず現有のメンバーが有する能力をいかに最大化させ、生産性を向上していくかが問われている。働きやすい職場を作るために効果が期待できる「シエスタ制度」の導入を検討してみてはどうだろうか。恐らく、どれくらいの時間を休憩に充てたら良いのかは、各社とも悩みどころではないだろうか。まずは、トライアルで15分程度の仮眠タイムを設けるところからスタートしてみることを推奨したい。

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