2023年3月期から義務化された「人的資本の開示」に続く、日本企業が直面する「人的資本の強化」。この内、手つかずで放置されてきた「シニアの戦力化・活性化」または「シニアのキャリア活用・支援」については、この分野での先進的な企業が、新たな施策を続々とスタートさせようとしています。今回は、ソニーグループや厚労省の事例などをもとに、シニア活用のカギとなる「社外インターンシップ」の可能性について考察していきます。
【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第6回)】シニア活用のカギとなる「社外インターンシップ」の可能性

「社外インターンシップ」の可能性と課題

前回(※)紹介したソニーグループのキャリア形成に関する下記資料にある支援について、一歩進めて他社が参考にするべき重要な点を箇条書きで列挙してみましょう。

【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第5回)】先進的なソニーグループを例に「シニア活用」の重要な視点を読み解く
【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第6回)】シニア活用のカギとなる「社外インターンシップ」の可能性

引用元:厚生労働省HP「新しい時代の働き方に関する研究会 第8回資料」資料2 ソニーグループの人材施策~個を「求む」「伸ばす」「活かす」~ p,37

【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第6回)】シニア活用のカギとなる「社外インターンシップ」の可能性

引用元:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構HP「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム配布資料」生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成 事例発表 ベテラン・シニア社員へのキャリア支援施策について~社員の自律を支援する“Career Canvas Program“~ ソニーピープルソリューションズ株式会社 p,19

(1)シニアを含めた全世代について、その世代に相応しい形でキャリア支援を実現していること
(2)シニアの場合には、定年後のキャリア支援に繋がるような制度(「アシストファンド」……退職金加算)、すなわち福利厚生の文脈で理解できるような制度だけでなく、会社の経営戦略に資する形でのシニア活用を意図した制度(「シニアプロ」……高い専門性に相応しい専門職)をも用意していること
(3)シニアのためのインターン制度が存在すること、それも社内外両方のインターンが存在すること

それぞれについて、少し詳述します。

(1)シニアを含めた全世代について、その世代に相応しい形でキャリア支援を実現していること
こちらは、教育対象が若年層に偏っている日本企業においては画期的な取組みです。これまでの日本企業では、シニアは教育を「行う側」であって、「受ける側」ではありませんでした。ソニーグループの取り組みは、「リスキリング」や「シニアの学び直し」といった世間の潮流を具体化した好事例だと言えましょう。

(2)シニアの場合には、定年後のキャリア支援に繋がるような制度(「アシストファンド」……退職金加算)、すなわち福利厚生の文脈で理解できるような制度だけでなく、会社の経営戦略に資する形でのシニア活用を意図した制度(「シニアプロ」……高い専門性に相応しい専門職)をも用意していること
こちらについても、シニアが(一部の幹部を除き)、定年まで大過なく働いてもらう存在ではなく、大きく社業に貢献するような仕事を担う存在として位置付ける点で重要です。シニアの社員構成上のシェアが上がってくるにつれて、必要になってきます。

(3)シニアのためのインターン制度が存在すること、それも社内外両方のインターンが存在すること
こちらについては、(1)や(2)に比べて実現のハードルは高いように思います。社内については、それまで属していた職場でそれなりに尊重され時には大きな顔をしていたシニアが、他の部署で「新人のように教えを請う」ことを本人が謙虚に行えるのか、と言う点です。社外でのインターンとなると左記のような懸念は少ないものの、そもそも、そういうシニアインターンを受け入れるような「会社対会社」の関係を築いている会社がどれ位あるのか、と言う疑問です。

さて、上記(3)のシニアの「社外インターン」については、シニアを活性化し、戦力化していく上で非常に有効であると筆者は考えていますが、実施について考えてみると、さらに以下の難点も存在します。

●シニアの意識の問題
他の会社で「教える」というなら喜んで行くシニアも、「教えてもらう、学びに行く」となると、会社からは既に「見捨てられた戦力外人財」と感じてしまう可能性が高いでしょう。もちろん、「手挙げ制」にすればそうした懸念はなくなりますが、そもそも手を挙げるシニアが多いのかについては疑問があります。自ら手挙げをするような積極的な人財は「2:6:2」の内で言えば、一番右側の最も優秀な人財でしょう。そのため、会社にはしっかりした居場所があり、また副業がOKな会社であれば、自ら既に副業やプロボノなどにもチャレンジしていて、必ずしも会社が社外インターンシップの制度を設ける必要はないのかもしれません。問題は一番左の2と、ボリュームゾーンの6ということになります。

●受入れ先の企業における問題
親密な他社があって、社外インターンの受け入れ先になってもらえた場合でも、実際に相手企業での職場における状況を考えると、中々難しいのではないかと考えざるをえません。「完全アウェー」の状態で、高齢のシニアが「教えを請う」というのは、受け入れ側の職場にストレスをかけることになります。もちろん長年いる今の会社にあるような居場所がなく、人脈もない中で、シニア社員本人にもストレスがかかることは言うまでもありません。心配しすぎかもしれませんが、プライドばかり高くて自分から動いたり手足をこまめに動かしたりすることから離れてしまったようなシニアでは、相手の職場に迷惑をかけ、場合によっては会社と会社の関係に何か問題を起こしてしまうことも考えられます。

上記2つの難点を示しましたが、筆者は、依然社外インターンの持つメリットには魅力を感じています。と言うのも、筆者自身が10回以上の転職をしながらスキルやコンピテンシー(行動特性)を磨きながら感じたことは、「とにかく、完全アウェーのシビアな状況の中で、本気で与えられた仕事に向き合うこと以外に、シニアが本当の意味で『学び直し』『キャリア形成』を行うことは出来ない」ということです。長年同じ会社の、同じ文化・風土の中だけにいたのでは、定年以降の新たな仕事に適応することは出来ないからです。

シニア人財にマッチした「社外インターンシップ」とは

では、どうやって社外インターンの仕組みをワークする仕組みにすれば良いのでしょうか?

9月20日の日経新聞(※)に、「厚労省がデジタル分野の職業訓練を受ける中高年層向けに、最長ヵ月のインターンシップのような形で、企業への派遣制度を新設する」という内容の記事が掲載されていました。
日本経済新聞 2023年9月20日「中高年をデジタル人材に 厚労省、企業で長期インターン」

このスキームでは、シニアは既に会社を退職し一旦人財サービス会社で雇用され、デジタル分野での訓練が行われるインターン企業に派遣されます。「企業が」主語のソニーグループ、あるいは同記事で紹介されているサッポロビールやANAとは根本的に違います。このスキームを円滑に回すために、国が人財サービス会社への資金投入も行います。また、デジタル人財育成に焦点を絞っているところにも特徴があります。

筆者としては、ソニーグループと厚労省の2つの事例を掛け合わせることによって、社外インターンという仕組みをワークさせるヒントがあるのではないかと考えています。

元々筆者は、本来的には、労働法制、もっと直接的に言うと解雇規制を緩和して、企業の中に閉じ籠っているシニアの流動性を高くすることが最も実効性があると考える者です。しかしながら、現在のシニアの意識、スキルや経験・コンピテンシーの状況などを考えるにつけ、直ぐに労働規制を変えることは、寒風吹きすさぶ真冬の荒野にこれまでぬくぬく守られていたシニアを叩き出すようなもので、犠牲者を徒に増やすばかりのように感じます。

シニアが激増するという近い将来について、いずれは日本の労働法制も欧米的な形を採り入れざるをえなくなるとしても、現状では、企業、そして政府によってシニアが自社以外でやっていける準備段階としての手助けが必須だと考えます。では、それをどうやって実現するか。下記に箇条書きにしてみました。

(1)
シニアが「人生100年時代」に、定年後に仕事をしていく場合、企業のような一つの企業に雇用されるということではなく業務委託などの形態で、「自分で全ての責任を負い、自分の頭と身体で仕事を行っていく主体性」を身につける以外はない。そうした厳しさを身につけるためには、実際に完全アウェーの場所に身を置いて苦労するしか方策がない。ソニーグループの事例にある「社外インターン」は、派遣されているとしても雇用は保障されているわけであり、上記「寒風吹きすさぶ……」とは全く違う。社外インターンを出したり、受け入れたりという企業間での仕組み(厚労省など公的な存在の斡旋、親密グループ間での互助などによる)があれば良い。

(2)
確かに、デジタル人財が不足するのは事実であろうと考えられ、それをシニアで賄うということであれば一石二鳥の取組みとなる。直感的には、ただでさえITスキルが低いシニアにデジタル系の学び直しを迫るというのは空論のような気がする。しかしながら、生成AIの登場によって、シニアに一日の長がある「テキスト」でプロンプトを操るのであれば、「ブラックボックス」で勝手に回答を導いてくれるAIはひょっとするとシニアに対して、デジタルの世界に誘う有効なツールになり得る。つまり、やり方次第で厚労省の試みはシニアの学び直しに有力なヒントを与えるものではないか。

(3)
但し、国の予算に依存するのでは持続的、継続的なものとはならず、あくまでもシニアの戦力化についての注意喚起という位置づけで考えるべきである。まずは企業の中で、シニアに関する位置づけを、「お荷物」から「戦力になりうる磨かぬ人財の宝庫」と捉え直し、企業内で試行錯誤的に活性化、戦力化についてのトライを行うべきである。

(4)
これまで企業内で言葉は悪いが「ぬくぬく守られていた」シニアを活性化、戦力化しようとすることは、当然多くの面で軋轢やストレスを生じさせることになる。しかしながら、そうしたものを乗り越えてこそ、シニアの活性化、戦力化は進んで行くという認識を、産業界全体の共通認識として取組みを改善していくしかない。

如何でしょうか。高齢化が拡大していく時代には、「シニア」という今後その価値が重要となってくる「資本」を産業全体として、社会として活用していくことが大切。人手不足が深刻な現在だからこそ、そのようなことをきちんと考えていく必要があるのではないでしょうか。
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