人的資本経営の一環である「シニアの戦力化・活性化」のために必要なシニアの「意識改革」をさらに一歩進めた「キャリア形成」では、「リスキリング」だけでは不十分です。シニアが企業で活躍するためには何が必要なのか、今回は「EQ」、「オープンマインド」などスキル以外に重要な要素に関して述べ、さらに企業の関与に関して記します。
【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第10回)】「シニア社員」の戦力化に向けて重要な「オープンマインド」
小寺昇二
著者:

株式会社ターンアラウンド研究所 共同代表、主席研究員/公益社団法人日本アナリスト協会認定アナリスト 国際公認投資アナリスト 小寺昇二

1955年生まれ。都立西高校、東京大学 経済学部を経て、1979年に第一生命入社。企業分析、ファンドマネジャー、為替チーフディーラー、マーケットエコノミスト、金融商品開発、保険商品開発、運用資産全体のリストラクチャリング、営業体制革新、年金営業などを経験。2000年、ドイチェ・アセットマネジメント(ドイツ銀行の資産運用部門会社/常務執行役員 営業本部長)を皮切りに、事業再生ファンド、CSRコンサルティング会社(SRI担当執行役員)、プロ野球チーム・千葉ロッテマリーンズ(経営企画室長として球団改革実行)、ITベンチャー(取締役CFO)、外資系金融評価会社(アカウントエグゼクティブ)、IT系金融ベンチャー(執行役員)、旅行会社(JTB)、埼玉工業大学(元教授、非常勤講師)、株式会社ターンアラウンド研究所(共同代表、主席研究員)へと転職する。転職回数は10回を超え、大手金融、外資、IT企業、ベンチャー、スポーツ組織、大手旅行会社、大学などさまざまなタイプの企業で、調査・企画・開発・財務・人事・総務・営業・経営、システムなど、会社内に存在するあらゆる業務を経験。42年のキャリアの中で、常にキャリア開発、教育、人財育成について実践を通して学び続けており、講演、研修実施多数。転職人生で獲得した多様な経験・スキルを用いて、社員の幸せと、会社と社員が共に成長していける企業社会作りを使命としている。

埼玉工業大学では人間社会学部 情報社会学科 非常勤講師を務める。2015年より同教授に就任し、2021年4月に定年退職した後も、引き続き教鞭を執っている。また、現在、横河武蔵野スポーツクラブ 理事(兼職)、東京武蔵野ユナイテッド 執行役員、日本証券アナリスト協会 検定会員、国際公認アナリスト。

主な著書として、単著に『実践スポーツビジネスマネジメント――劇的に収益性を高めるターンアラウンドモデル』(2009年、日本経済新聞出版)、『スポーツマネジメント最前線:スポーツの窓から、企業経営や地域が見えてくる』(2009年、時事通信ドットコム)、『GAFAとは何か?~企業DNAと成遂げてきたこと』(2019年、amazon KDP、POD)など。共著に『徹底研究!! GAFA』(2018年、洋泉社MOOK)、『スポーツ・マネジメント――理論と実践』(2009年、東洋経済新報社)がある。なお、ペンネーム・香西春明名義で小説作品『生命の環 いのちのサークル』(2018年、NextPublishing Authors Press/amazon KDP、POD)を発表。趣味はサッカー(プレイ)で、「杉並リベルタ」に所属している。
株式会社ターンアラウンド研究所

「シニア社員」の戦力化を可能にする「意識改革」の先にあるもの

前回、前々回と、「シニア社員の活性化、戦力化」のために必要な当事者であるシニア自身の「意識改革」について、企業が働きかけをして可能にする研修などについて具体的に記してきました。

今回から暫くは、「企業側」からの視点からは若干離れ、当事者であるシニア自身において意識改革がある程度できたその先について考えてみたいと思います。

人生100年時代、企業(ここでは主に大企業中心での記述)の中でシニア世代(やその前のミドル世代)が従来以上に前を向いて、リスキリングや目先の業務に向き合い、その結果「キャリア形成」が加速するとしたらもちろん会社にとって大変結構なことです。ただ、シニア当人にとってということでは、意識改革によって意欲が向上し、リスキリングの旗頭の下スキルがアップしたとしても、それだけでは同じ職場での延長線でない「新天地」でのキャリアという面では不十分です。

新天地とは、定年後のキャリア、あるいは(定年後に拘わらず)転職、起業を指しますが、同じ会社でも、かなり業務内容やカルチャーが違う他部署の場合への異動も、ある意味新天地と言えましょう。

「意識改革」「スキル」に加えて必要な「感情/感覚」

筆者が大企業の方々、それも順調に出世の階段を登っている「エリート」と接して感じることは、同一企業の中だけで長年やっているうちに「社内の常識」が「社会の常識」であると勘違いしがちなことです。

シニアになってピカピカの出世コースから外れたとしても、こうした傾向は変わらない場合が多いと感じます。自分のキャリアや会社での新たな役割に意識面で向かい、新たなスキルを身につけたとしても、いざ上記で挙げた「新天地」では、上手くいかないことが多いでしょう。

ちょっと、突飛なアナロジーですが、つい最近まで日本企業が海外に進出する場合に大きな壁となってくるときに求められることに似ています。

例えば、機能重視で高価格な日本製品ではなく、現地のニーズは「機能はあまりついていないでいいから安い製品」だった、言葉を換えれば、日本でのやり方が正しくて、外国でも通用すると、モノカルチャーで育った日本企業が勘違いしてしまったということです。

今流行りの言葉では、異文化を理解し、多様性を受け入れる、そんな「国際感覚」が不可欠なのです。

シニアの「新天地」の場合も同じで、この場合は「国際感覚」ではなく、「社際感覚」とでも言うべき問題です。

新たなキャリアを開拓するうえで重要な「オープンマインド」

学卒でシニアになるまでにずっと同一の会社だけで過ごしてきた日本の多くの大企業社員は、キャリアにおける新天地では、意識改革、スキル以外のことが必要になってきます。

人事評価や能力開発においては、「スキル」以外の能力に関しては「コンピテンシー(行動特性)」という言葉で整理される場合も多いようです。但し、このコンピテンシー、最初に提唱したスペンサー夫妻によるものはハイパフォーマーとローパフォーマーとの比較分析から得られた「課題遂行のために有効な能力」です。日本企業の各社で行われているコンピテンシー(能力評価)では、やや定性的なものも交えたその「企業独自」の企業理念や文化に即したものであり、キャリア形成や新天地対応での必要な要素とはなりません。
【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第10回)】「シニア社員」の戦力化に向けて重要な「オープンマインド」

スペンサー&スペンサーのコンピテンシー

コンピテンシー同様に、日本において過去その重要性が喧伝されたものとして、「EQ」があります。

EQはIQが「(頭脳の)知能指数」であるのに対し、「自身や周囲の人達の感情を適切に察知し、うまく扱う能力」、すなわち「こころの知能指数」と定義されます。具体的には、例えば、「柔軟性、共感力、傾聴力、ストレス耐性、率直、粘り強さ……」などと表されます。
「リスキリング」が主に知識中心のものであるとして、それを補完するものとしてEQのようなものが必要と理解していただいても良いでしょう。

ただ、EQのように「……力」というものの羅列ではまどろっこしいので、もっと端的に一語で表すと、筆者は「オープンマインド」という言葉を使いたいと考えています。

具体的には、対人関係では、同じ文化や風土を共有しない人と交わっていく、仕事を一緒にしていくときに、心を開いて自分を曝け出し、相手を受け入れることです。また、自分の経験やスキルについても、そこに安住するのではなく、一度客観的に見つめ、謙虚に新たな学びや経験にチャレンジすることも重要でしょう。

サポートが十分に得られる状況にはない「新天地」で新たなキャリアに踏み出す場合には、オープンマインドによって他人と繋がり、仲間を増やし、互いに助け合いながら物事を成し遂げていくことが重要になってきます。

自分のことを素直に表現し、情報を出し惜しみすることなくgive することによって、相手も心を開いてくれるでしょう。互いに相手をrespect し合い、協調できる道を作っていくことが力となっていくのです。

では、新たなキャリアを新天地で開始する場合に、従来の会社や職場とは違う環境で、仲間を作り、巻込んでいくための「オープンマインド」は、どのような学習、あるいは経験をすれば身に付くのでしょう。

ここでも、企業が果たす役割は重要です。

この点については、次回具体的に考えたいと思います。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!