「個の侵害」に『該当すると考えられる例』と『該当しないと考えられる例』
厚労省の指針では、「個の侵害」に『該当すると考えられる例』および『該当しないと考えられる例』として、次のように挙げられています。(1)労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりする。
(2)労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露する。
(1)労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行う。
(2)労働者の了解を得て、当該労働者の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促す。
「個の侵害」が起こる理由 ~事実把握に留まらず「介入」すること~
厚労省の指針における、「個の侵害に該当すると考えられる例」に掲げられている行為は、当然ながら意図して行うようなことがあってはなりません。しかし、意図した行為ではなかったとしても、結果的に「個の侵害」としてパワハラだと捉えられてしまうことも考えられます。下記のように、仕事の指導が行き過ぎてしまったケースなどが代表例です。例えば、提出期限を過ぎても書類を提出しない部下がいたとします。その場合に、上司が次の1~4の順で部下に対して指導などを行ったとします。
2.「締切りを過ぎた原因は、忙しい時期に年次有給休暇を取得していることだ」と指導する
3.「年次有給休暇に何をしていたのか?」と聞く。
4.「遊びに行ったときの写真を見せなさい」と要求する。
ここでは、上記の1~4の言動をそれぞれ以下の言葉で定義づけて説明します。
2.「締切りを過ぎた原因は、忙しい時期に年次有給休暇を取得していることだ」→原因推測
3.「年次有給休暇に何をしていたのか?」→介入開始
4.「遊びに行ったときの写真を見せなさい」→具体的介入
この場合、「個の侵害」のリスクが高いのは、「3.介入開始」から「4.具体的介入」に至った時です。つまり、上司として部下に「忙しい時期に年次有給休暇を取得していること」を注意するために、年次有給休暇に関する執拗な介入を通じて、部下へ改善を促そうとする時なのです。
「個の侵害」の予防 ~介入せずに「問題解決を一緒に考える」こと~
「介入」という言葉は、「問題・事件・紛争などに、本来の当事者でない者が強引にかかわること」を意味します(『広辞苑』第七版より)。つまり、上司が部下に「年次有給休暇に何をしていたのか?」、「遊びに行ったときの写真を見せなさい」などといった質問や要求をすることは、「介入」にあたります。なぜなら、部下が年次有給休暇を過ごすにあたり、上司はその当事者ではないためです。そのため、部下には上記のような上司からの質問・要求に応じる義務はありません。では、上記のような「提出期限を過ぎても書類を提出しない部下」がいた場合に、上司としてはまず何をすべきなのでしょうか。それは、事実を把握し、その事実に基づいて部下を指導することです。このケースにおいては、「仕事の締切りが過ぎている」という事実を部下に対して伝えることでしょう。
とはいえ、「仕事の締切りが過ぎている」と伝えても改善できない部下もいるかもしれません。その場合には、上司が推測した「忙しい時期に年次有給休暇を取得している」との原因を手掛かりに、問題解決に向けて上司と部下が一緒に考えることが必要です。例えば、「年次有給休暇の取得時期を会社が指定する」などの方法が考えられます。
また、一緒に考えることで、実は仕事の締切りが過ぎている原因が「年次有給休暇」とは別にあることがわかるかもしれません。勘違いを起こさないために大切なことは、上司が「推測した原因」だけに固執しないことです。「推測した原因」はあくまで手掛かりの1つであり、それだけに固執してしまうことで、部下への過度な介入にもつながりかねません。そして、それが「個の侵害」の発端になってしまうのです。そうした固執を解消するためにも、「問題解決に向けて部下と一緒に考える」というプロセスが重要になります。
「働きやすい環境は人それぞれ」という意識を持つことが大切
一方で、「年次有給休暇に何をしていたのか?」や「遊びに行ったときの写真を見せなさい」といった言動は、仕事と切り離すことができれば必ずしも悪いこととは限らず、職場の雰囲気を良くする可能性もあります。例えば以下の例のように、人によってその捉え方はそれぞれです。
●私はあまり写真を見せたくないが、仕事仲間が「この前の休みに、遊びに行ったときの写真だよ」と写真を見せてくれた時の表情がすごく楽しそうで、元気を分けてもらえた。
●仕事とプライベートは完全に分けたいので、仕事仲間から「休みは何をしているの?」とは聞かれたくない。
「休みの日に何をしているか話す」、「休みの日に撮った写真を見せる」といったことに関して、捉え方に1つの答えはなく、すべてが正解です。大事なことは「その人にとって、働きやすい環境がどういうものか」ということ、そして「働きやすい環境は人それぞれである」ということです。つまり、「休みは何をしているの?」と聞くことが必ずしも問題なわけではなく、聞かれたくないと思っている人に執拗に聞くことが問題となるのです。
「働きやすい環境は人それぞれ」という意識を持つことができれば、仮にコミュニケーションで行き違うことがあったとしても、早い段階で修正することにつながります。
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