給与計算で知っておきたい法知識
給与計算のミスが発生した場合、翌月の給与支給時に清算するケースは多いと思う。しかし、この処理に問題はないのであろうか。「労働基準法第」24条では賃金について次の定めがあり、いわゆる「賃金支払いの5原則」といわれている。なお、この5原則に違反した場合には、罰則として30万円以下の罰金が適用される。1)通貨払いの原則
給与を金融機関の口座に振り込むことにより支払っている企業がほとんどだと思うが、実は賃金は現金で支払わなければならないとされている。例外として、「労使協定を締結」し「本人の同意」を得た上で金融機関の口座に振り込むことができるとされている。なお、「同意」については、本人が振込口座の指定をすれば、同意が得られているとみなすことができる(S63.1.1基発1号)。現物支給については原則できないことになるが、こちらについても、労働組合がある企業において労働協約に定めがある場合は可能となる。
2)直接払いの原則
賃金は本人に直接支払わなければならないとされており、本人の親権者その他法定代理人に支払うことも違法となる。ただし、代理との区別が難しいところだと思うが、使者に支払うことは差し支えないとされている(S63.3.14基発150号)。3)全額払いの原則
賃金は全額支払わなければならない。税金や社会保険料など法律上認められているものは控除することができる。よって、社宅の家賃等を勝手に控除することはできないが、労使協定に定められている場合に限り控除することができる。4)毎月1回以上払いの原則
賃金は毎月1回以上支払わなければならない。給与支給日が金融機関の休業日である場合、支給日を翌営業日にするケースがあるが、月末を支給日としている場合に翌営業日払いにすると翌月に支払うことになり、毎月1回の支払いができなくなってしまう。その場合は、休業日前の営業日に支払う必要がある。5)一定期日払いの原則
賃金は毎月一定の期日を定めて定期的に支払わなければならない。支払日の特定は「毎月20日」と暦日を指定するのが一般的である。「毎月第1月曜日」のような指定方法は月によって変動するためできない。ケース別で見る、ミス発生時の対応
過払い分の清算について
給与計算のミスにより多く支払ってしまっていた場合、過払い分を翌月の給与で控除することは問題ないのだろうか。先述の「賃金支払いの5原則」によれば、過払い分といえども、控除については労使協定が必要だといえる。しかし、判例(福島県教組事件、最高裁S44.12.18判決)では、以下の3つの要件を満たす場合は、労使協定がなくても控除することを認めている。
●あらかじめ労働者に通告しておくこと
●その額が、多額にわたらず、労働者の経済生活の安定を脅かすおそれがないこと
行政上も、「前月分の過払賃金を翌月分で精算する程度は、賃金それ自体の計算に関するものであるから、法第24条の違反とは認められない(S23.9.14基発第1357号)」としており、労使協定がある、もしくは3要件を満たす場合では大きな問題は生じないように思われる。
しかし、過払い分の清算のための賃金控除については、「民法第510条」(差押えを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止)、「民事執行法第152条」(差押禁止債権)の適用を受け、通勤手当、および公租公課を除外した賃金額の4分の1までしか控除できないので注意が必要だ。
なお、過払い分の返金を従業員が拒絶する場合、会社は返金して貰うことはできるのであろうか?
従業員は過払い分の支払いを受ける権利はなく、「民法703条」(不当利得の返還義務)に定める不当利得の返還義務があるといえる。このあたりについても、従業員には十分な説明した上で、対応したい。
不足分の清算について
給与計算のミスにより、支払った給与の額が本来支払う額よりも少なかった場合はどうだろうか。この場合は、先述の「賃金支払いの5原則」の「全額払いの原則」にも反し、従業員本人にも迷惑を掛けることになる。できるだけ速やかに清算払いし対応するのが良いといえる。春は社会保険料の変更、昇給、異動等、給与計算においてミスが生じやすい時期である。また2023年4月からは、中小企業においても60時間超の割増賃金率が50%以上となる。給与計算においてミスが生じないよう十分な注意を払い、万が一ミスが生じた場合でも、まずは従業員に謝罪をした上で適切な対応を行っていただきたい。
- 1