従業員の海外赴任時に発生する「年金保険料の二重負担問題」とは
日本企業が海外に営業拠点などを設けて社員を赴任させる際、発生しがちな2つの年金問題がある。1つ目は、「年金保険料の二重負担問題」である。日本と同様、諸外国にも公的年金制度が存在するケースが多い。そして、国は違えど、それらにはいくつかの“共通する考え方”が根差している。代表的なのは、下記のような考え方だ。
2.本国の国民は、他国で働くことになっても本国の公的年金制度に加入し続けること
例えば、A国の国民がB国で働くことになったとする。この場合、上記1のルールから、A国の国民はB国の公的年金制度に加入が義務付けられる。加えて、上記2のルールから、B国で働くことになった後も、A国の公的年金制度に加入を継続しなければならない。
つまり、母国と赴任国の2つの公的年金制度に、同時加入しなければならなくなるわけである。年金制度に加入すれば、当然その制度下において保険料負担が発生する。そのため、2つの制度に同時加入が必要となる海外赴任では、両国の制度に保険料納付を余儀なくされることになる。
このように、企業の海外進出時には、赴任する従業員の年金制度への二重加入に起因する「年金保険料の二重負担問題」を避けて通れないのである。
赴任国によっては「年金保険料の掛け捨て問題」が発生する可能性も
企業の海外進出時に発生しがちな2つ目の問題は、「年金保険料の掛け捨て問題」である。海外赴任を命じられて赴任国の年金制度に加入したとしても、将来、同制度の年金を受け取れるとは限らない。諸外国の公的年金制度では、次のようなルールを設けるケースも少なくないためである。
例えば、各国の年金制度の中には、老後の年金を受け取るための「必要加入年数」を“10年”と定めている制度がある。この場合、もしも海外赴任の期間が5年間であれば、赴任国の老後の年金を受け取るための、加入年数の条件を満たせないことになる。
つまり、海外赴任中は保険料納付が強制されるにもかかわらず、その間に納めた保険料が年金の受け取りに結び付かないという現象が発生する。いわゆる、“保険料の掛け捨て状態”になるわけである。これが、企業の海外進出時に発生することがある「年金保険料の掛け捨て問題」である。
社会保障協定によって「二重加入の回避」が可能になる
企業の海外進出時に生じる以上のような問題に対応するため、国家間で取り交わされるのが、「社会保障協定」である。締結する相手国によって協定の内容に相違があるため、一律ではないが、公的年金制度について「二重加入の回避」と「短期加入の年金化」を可能にする内容が多い。例えば、海外に進出した日本企業が、日本人社員を当該国に赴任させることになったとする。このような場合、日本と当該国との間で社会保障協定が締結されていなければ、赴任を命じられた社員は、「日本の厚生年金」と「赴任国の年金制度」に同時加入することとなり、両制度に保険料を納めなければならない。
しかしながら、国家間で社会保障協定が締結されている場合には、“赴任期間が5年以内”であれば、日本の厚生年金だけに加入すればよいとされ、赴任国の年金制度への加入が免除されるのが一般的である。また、“赴任期間が5年を超える”のであれば、赴任国の年金制度だけに加入し、日本の厚生年金への加入が免除される。
その結果、日本と赴任国の両方の年金制度に同時加入することがなく、年金保険料を両国の制度に同時に納める必要もない。これが、社会保障協定の「二重加入の回避」という効果である。
「短期加入の年金化」で海外の年金が受け取りやすくなる
また先述のように、日本と赴任国との間で社会保障協定が締結されていない場合において、海外赴任の期間が年金を受け取るための「必要加入年数」よりも短いときには、赴任国の年金制度に保険料を納めたのにもかかわらず、その分の年金を受け取ることが不可能になる。しかしながら、国家間で社会保障協定が締結されている場合には、「年金を受け取るための『必要加入年数』を満たしているかどうか」は、日本と赴任国それぞれの年金制度への加入期間を合算して判定される。
例えば、老後の年金を受け取るための「必要加入年数」を“10年”と定めている国に5年間赴任した場合には、日本と赴任国の両方の年金加入期間が合わせて10年以上であれば、赴任国の年金制度から5年の加入に応じた年金が受け取れるものである。これが、社会保障協定の「短期加入の年金化」という効果である。
以上のように、「社会保障協定」は、海外進出を行う企業が被りがちな年金トラブルを回避するために、非常に有用な仕組みと言える。次回の後編では、本年6月1日に発効されたスウェーデンとの協定の具体的な仕組みや留意点、手続き上のポイントなどを整理してみよう。
- 1