2023年4月より「月60時間超の時間外労働の割増賃金率」が一律50%に
2022年5月現在、労働基準法では、法定時間外労働に対する割増賃金率が以下のように定められています。●月60時間以内の時間外労働:25%以上
●月60時間超の時間外労働:50%以上
元々、月60時間超の法定時間外労働の割増賃金率は25%以上と定められていましたが、2010年4月より50%以上へと引き上げられました。しかし、中小事業主に対しては、この引き上げが2023年3月31日まで猶予されています。つまり、今から約1年後の2023年4月1日からは、月60時間を超える法定時間外労働に対しては、企業規模に関わらずすべての事業主が50%以上の割増賃金を支払う必要があることを意味します。また、労使協定を締結した上で労働者の希望があった場合には、引き上げた25%の支払に代えて有給の休暇を与えることも可能です。これを、「代替休暇」と呼びます。
この割増率の引き上げに関し、既に対応済みの事業主は追加で行うべきことはありませんが、まだ引き上げ対応をしていない事業主は、給与計算方法の変更対応、代替休暇の導入や運用の検討、就業規則や賃金規程等の改定、といったことが必要になります。
なお、労働者に1ヵ月60時間を超える法定時間外労働をさせるためには、当然、特別条項付きの「36協定」が締結、届出されていることが前提です。その点はきちんと確認しておきましょう。
「割増率改正への対応」を、「長時間労働を見直す機会」に
割増率の引き上げ対応だけであれば、1年前から対応を考えるのは早いと思うかもしれません。しかし、割増率の引き上げの背景には、「長時間労働の削減」という意図があります。長時間労働は、様々な問題を引き起こす要因になります。1番の懸念は、「労働者の健康悪化」です。事実、WHO(世界保健機関)がILO(国際労働機関)と共同で実施した調査によれば、週55時間以上働くと、週35~40時間働く場合に比べて、脳卒中を起こす確率が約35%、心臓病で死亡する確率が約17%高くなるとされています。
また、ペンシルベニア大学での実験では、労働者の睡眠時間が6時間の状態が2週間ほど続くと、徹夜後と同等の生産性になるとの結果も出ています。長時間労働による心身の疾病が、労災や会社への損害賠償に繋がるおそれがあることも、ご存知の通りだと思います。このように、長時間労働が体調不良や生産性低下に繋がり、それが更なる長時間労働を生むという悪循環が起こります。
さらに、内閣府の調査では、16~29歳の約6割が「仕事よりも家庭・プライベートを優先する」と回答していることから、長時間労働は社員の定着にも悪影響を及ぼします。
長時間労働の見直しは、一朝一夕でできるものではありません。そのため、2023年4月の「月60時間超の法定時間外労働の割増賃金率」の引き上げを機に、少しずつ改善していくことを推奨します。
改善への最初の一歩は現状の把握と分析
まずは、自社の時間外労働がなぜ発生しているのか、どのように発生しているのかを社内でヒアリングし、分析します。例えば、以下のような状況を把握します。●自社の長時間労働は、特定の部門や人に偏って発生しているのか
●自社で長時間労働をしている労働者は、なぜ長時間労働をしているのか
次に、把握した状況を元に、解決に向けた取り組みを考えます。特定の部門や人に業務が集中しているのであれば、業務内容を可視化し、業務負荷の均一化に取り組む、あるいは採用・異動などの人員計画を立てるなどの対策が考えられます。
また、「他の人が退社しないため帰りにくい」という労働者が多いのであれば、組織風土を変えていくことが有効かもしれません。長時間労働をしている人の仕事量が多いのであれば、効率化できる部分がないか、他の人に任せられるものがないかなど整理するために、該当者の業務の棚卸をするのがはじめの一歩になります。
このように、自社の現状がどのようなものかによって、取り得る選択肢が異なります。いずれのケースでも、「長時間労働がなぜよくないのか、なぜ改善したいのか」という経営陣の強いメッセージを労働者に伝えていくことが大切です。このようなメッセージは、1度出せばよいのではなく、何度も繰り返し伝えていくことで、より労働者に強く伝わるものになります。また、労働者の健康を守るために、退社してから次の出社までに一定時間を設けるという「勤務間インターバル制度」を導入することも、国は推奨しています。
前半でもお伝えした通り、約1年後の2023年4月には、すべての企業で「月60時間超の法定時間外労働に対する割増賃金率」が50%以上になります。これを機に、自社の働き方を見直してみませんか。
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