「高年齢者雇用安定法」の改正により発生した“70歳までの就業機会確保の努力義務”について、3回に渡り考える本連載。第1回・第2回と60歳以降を中心としたシニア社員の報酬制度設計について述べてきた。最終回である今回は、シニアも含めた全年代の社員が活躍し、企業が持続的に成長するため、個人と企業のより良いカタチを目指す“共創施策”について紹介する。
個人と企業の共創に必要となる、「自律したキャリア」を社員が形成するための支援策とは(第3回)

共創施策を考える際に気になる「シニア社員の報酬制度設計」の歯切れの悪さ

これまで述べてきた「60歳以降を中心としたシニア社員の報酬制度設計」は結局、“矛盾を抱えた中で、どう整合性を取るか”という取り組みだと言える。社員がミドル、そしてシニアへと年齢を刻むにつれ、個人の成果と報酬水準が逆転していくという前提があり、どのような対策をしても歯切れが悪い。特に報酬決定の前提が職務の現在価値となっていないことの影響が大きい。そうした中、ミドル・シニア社員を主な対象に、コロナ禍以前は黒字リストラが行われ、コロナ禍では業績不振の他、DXの進展による職務特性の変化も加わり、早期・希望退職を募集する企業やその人数が共に増えている。

キャリア自律を妨げる「総合職」という働き方の弊害

ミドル・シニアで顕在化する成果と報酬の逆転問題は、「総合職」という働き方と関係している。日本には、大企業を中心に「総合職」というコースが今も残る。多様な経験を積ませることで将来の幹部を計画的に育成する有効な制度ではあるが、悪い影響も出ている。

有望な学生を採用し、入社時研修で基本動作を学ばせ、定期異動により様々な職種を経験させながら上位の職務を担わせる。多彩な業務に就くことで多面的視点を獲得し、マネジメントの他、イノベーションを起こす人材づくりにもつながる。職務主義中心の海外では、このような芸当はできないだろう。

ただ、異動先を会社が一方的に決めるため、自分のキャリアを考えるタイミングが限られ、目の前の仕事をこなすだけの人間を生み出しかねない。組織内での適応力は高まるが、「組織を統率する力のない管理職」や、「深い専門性のない専門職」、「管理職一歩手前で留まり30歳前後の社員と変わらない仕事を続ける社員」が生まれている。彼らは過去の経験値を語りはするが、時にそれが弊害にもなる。

「総合職」という制度の中で、自身のキャリアを意識せず自律することもなく、仕事や上司、会社に対して不満を持つ一方で、給料はそれなりに上がり、転職すると損をするため、欝々とした感情を持ちながらも会社に留まる。そうした社員が増えることは企業としても好ましくないが、何より本人にとって幸せな状態とは言えない。

「総合職」コースがあるからと言って、必ず同様のことが起こる訳ではなく、各社で対策が打たれてはいる。とはいうものの、一方的に職務を付与することは、構造的に個人の自律を妨げる要因となることは押さえるべきである。さもないと「70歳就業」が現実化する中で問題がさらに大きくなる。

「自らキャリアを形成する個人」と「その機会を提供する組織」が共に成長する共創施策とは

事業活動に貢献する社員であれば、年齢に関係なく活躍してほしい。ただ、人は年を取るとどうしても体力や記憶力が落ちる。同じ職場にいると組織適応度ばかり高くなり、思考の柔軟性や新しいことへの挑戦心が失われやすい。

人の幸せの形はいろいろあるが、“組織に所属する個人が幸せを感じ、組織と良好な関係を築く”ために会社が取り組むべきことは、社員のキャリア自律を促すことだと考える。現在の混沌とした先の見えづらい世の中だからこそ、内外の環境や自身のキャリアを社員一人ひとりに意識させ、自分事として捉えてもらうことは重要だ。

会社は異動や研修などの「成長機会」を提供する。社員はそれに挑戦し、パフォーマンスを最大化させながら、自身のキャリアの在りたい姿をさらに模索する。その延長に選択の機会を設け、自らの意思で異動や転進を選べる状態を作る。そして社員は「自分のキャリアを自らの足で歩いている感覚」や「働きがい」を得て、会社は「高いパフォーマンスを通じた業績の向上」を享受することができる。このように、個人と組織が良好な関係を築き、共に成長する取り組みが「共創施策」である。

共創施策を支える「報酬制度」の考え方

共創施策を展開する上で大事なのが「報酬制度」で、職務の現在価値と報酬が一致していることが望ましい。年功的な報酬がベースでは、限られた総人件費を職務価値に関係なく“平等”に分配することになり、本来高く処遇すべき人材への配分は限られる。また、一度高く処遇をしてしまうと高いまま固定化してしまう。すると“貢献度の高い人”は不満に思い、社外に目を向けるようになり、“処遇に対し貢献度が低い人”は手厚い報酬から内向き思考になりやすい。昇給し続ける制度の中では「自身のキャリアを考えろ」と言っても本気で考えられなくなるのは当然である。

年功的報酬は一般に、社員の安心感とロイヤリティを高め、良好なパフォーマンスの実現を目指すが、「貢献度の高い人材の離脱」と「低い人材の定着」を促進してしまう面がある。シニア社員の報酬の観点でもそうだが、“職務と報酬を一致させる取り組み”は必要である。

共創施策のキーワード:
キャリアを考える「きっかけ」、「機会」、「選択」

共創施策の取り組みは様々だが、「きっかけ」を作り、「機会」を与え、「選択」させることで、社員が自身のキャリアを自分事化していくのが大きな流れである。

●きっかけ

自身のキャリアを考える「きっかけ」は、日常の中に多々ある。期ごとの人事評価や日頃の1on1も有効だろう。その他、施策として「セルフ・キャリアドック」と言われるキャリア研修やキャリア面談の取り組みがある。キャリア研修などの対象を“シニア社員から”とするのでは遅い。組織適応度が高まるほど思考の柔軟性は衰える。「鉄は熱いうちに打て」として、20代・30代から始めることを推奨する。

キャリア研修では、自身のキャリアの棚卸しを過去・現在・未来の観点から行い、行動計画を立てるのが一般的である。また年代別にテーマを定めて実施すると効果が増す。例えば、入社後の急成長期を過ぎた30歳前後で「プロ人材」をテーマに行う。40歳前後では組織を牽引する「リーダー」を、50歳前後では「総仕上げと次への準備」をテーマにすると、受講者の目的意識を高め、自分の提供する価値(何に対価が払われるか)を検証しやすくなる。

アセスメントを行うことも有効である。自らの行動特性や仕事への興味を把握し、得意なことや好きなことを客観的に見出すことはキャリア形成上、意義深い。なお、興味や志向については抽象度の高いアセスメントでは議論がしづらい。厚生労働省の「職業情報提供サイト(日本版O-NET)」に紐づくアセスメントなどを活用すると、具体的な職務をイメージしながら自身を見つめ直すことができる。

一方、自身のキャリアを振り返ったとしても、次の行動を描けない人は多い。その際に参考になるのが「ジョブ・クラフティング」という考え方である。仰々しいキャリア・ビジョンを描くのではなく、働き方を工夫することで働きがいを醸成する手法だ。「仕事のやり方」、「周囲との接し方」、「考え方」を少し工夫することで、パフォーマンスを高めることが可能になる。文字数の都合によりここでは詳細に触れないが、大きな成果をいきなり目指すのではなく、スモールチェンジを得ることがキャリア自律の近道になることもあるので、参考にしてほしい。

さらに、キャリア研修と同時にキャリア面談を行うと効果が高まる。ちなみに「キャリアコンサルタントに社内と社外どちらの人間を充てるのが良いか」については様々な議論があるが、社内のシニア社員を抜擢するのは有効だと感じる。ある企業では、50歳以上を対象にキャリアコンサルタントの募集を行い、育成を進めている。社内事情を理解した上で、面談者の悩みに対して親身になって寄り添えるメリットがあり、60歳以降の雇用確保の意味でも良い。サントリーホールディングスの「TOO(隣のおせっかいおじさん・おばさん)」制度などは好例だろう。

●機会と選択

社員は「きっかけ」を経て、何に取り組み、何を学ぶ必要があるかを意識する。そのタイミングで、活躍や教育の「機会」を提示できると良い。上司が個々のメンバーの状況を把握し、適切な役割や機会を提供するのが大前提であるが、限界があり、組織的な施策も重要である。

活躍の「機会」では、社内外に労働市場を形成する取り組みがある。社内であれば、「社内公募制」、「社内FA制」、「社内短期留学制度」といった、自分の意図に基づく異動を実現する仕組みがある。社外では「副業」の解禁がある。また、社員の業務委託化による多様な業務経験の蓄積も一考の余地がある。教育の機会では、「選択型の研修制度」や、「個々人に教育予算を与えて自主的な学びを支援する制度」などが有効だ。経験や知見のダイバーシティを進め、イノベーションを起こす素地を築くことにつながる。

「機会」を準備したら、今度は本人に「選択」させる。社員は、活躍や教育の機会を自ら選択すると、キャリアをより自分事として捉えるようになり、仕事への本気度は高まり、パフォーマンスへのこだわりが強くなる。“自分のキャリアは自分で築く”という意識が醸成されれば、早期退職優遇制度といった外部に転身する「機会」を準備し「選択」させる取り組みも意味が出てくる。会社都合ではなく「本人を応援する制度」として、40歳くらいから手を挙げられる制度とするのも良い。外部連携のきっかけとなれば、オープンイノベーションにもつながる。

共創により意義のあるキャリアを形成し充実した人生を

健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間を「健康寿命」という。2016年の厚生労働省による調査では、男性72.14歳、女性74.79歳だった。今後70歳まで働く社会が当然となると、男性は仕事を終えた後、生活を楽しめる期間はある意味で約2年間しかないと言える。そのことを思うと、働いている時間を意義あるものにしなくてはいけないと感じる。

シニア社員の「報酬制度」から「共創施策」まで紹介した本連載も、今回が最終回である。全編を通じて筆者がお伝えしたいことの根底にあることは、「一人ひとりが持てる力を十二分に発揮し、充実した職業人生を送るにはどうしたらよいか」である。この連載が、個人と組織の持続的成長の一助となることを祈念する。

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