3つの企業事例から浮かび上がる、「高年齢者雇用安定法」対応のための課題と解決策とは
「60歳超の人事制度設計」に関する書籍や記事は世の中に多くあり、参考になりそうな制度が紹介されている。一方で、報酬制度は改定したが問題を抱えたままの会社も多い。一般的に、よく問題には「技術的問題」と「適応課題」があると言われる。問題解決に必要な知識やスキルを身につければ解決できるのが「技術的問題」で、知識やスキルだけでは解決できない、自身の考え方や周囲との関係が絡んだ問題のことを「適応課題」と言う。人事制度の方法論が多く紹介されているのにも関わらず、報酬制度の問題が解決しないのは、人間関係も絡み一筋縄ではいかない「適応課題」であるからではないだろうか。そこで今回は、上手くいっていない事例を取り上げ、問題解決につながるヒントを考えたい。
●事例1)一律低減型
定年60歳:定年後は1年単位の再雇用(最大65歳)、定年時に役職は原則外れる
基本給は定年時の65%(上限あり)、住宅・家族手当停止、昇給なし、定額賞与あり
A社では再雇用後、契約更改ごとに基本給が5万円ずつ減額する。定年後は年齢と共にパフォーマンスが下がる前提なのである。業態上、クリエイティブ力が求められる職種が多く、60歳以降の雇用はできれば避けたいが、法律が求めるのでやむを得ず制度を準備した。
【運用の実態】
以前は定年を迎える社員が少なかったこともあり問題はなかったが、近年60歳を迎える社員が徐々に増え、問題が発生した。例えばシニア社員の中に特定分野の専門職がいたが、定年を機に他社へ転職したため、現場が混乱した。またある部門では部長の後任が育っておらず、定年を迎えた部長に賃金を変えずに残ってもらった。他にも例外措置が増え、本来の「一律低減ルール」が形骸化し始めた。
【成功へのヒント】
「一律低減型」の会社は意外と多い。似たパターンで、再雇用後は「全員定額」、「定年時の等級に基づき定額」などもある。ただ、個々の社員に期待する働きが一律ではない中、賃金を一律に変更する制度はやはり無理がある。70歳までの雇用を意識した場合、加齢によるパフォーマンスの低下や、健康問題や介護などに伴う働き方の変化にも対応できない。
こうした状況に、「職務に応じた報酬制度」は解決策のひとつとなる。また、パフォーマンスの低下に対しては「歩合給制」をあえて導入するのも良い。職種によるが、保険の営業などでは以前から行っており、運送業の運転手も工場の技能職も基準を定めれば実施できる。本人のやる気や納得感にもつながる可能性があり、一考の余地はある。
働き方の変化に対しては、「フルタイム以外の働き方(週3日や隔日勤務、短時間勤務など)選択制度」なども良い。会社で準備できるフルタイムの仕事がない場合などは、時間あたりの賃金水準をあまり変えず、日数や時間を減らすことで賃金総額を減らす方法もある。同時に副業を解禁すれば、賃金の減少によってプライドを傷つけることなく、本人のやりがいや生活を守ることにもつながる。65歳以降の雇用を考えると、自社以外での働き方を模索するきっかけともなり得る。
【その他のポイント】
A社では、再雇用者への住宅手当と家族手当の支給を停止している。「同一労働同一賃金」に対応する上で、諸手当は支給目的から慎重に検討する必要がある。過去の判例では、社員の生活事情に応じて差異を設けることは否定されていない。一方で、危険手当・精勤手当・交替勤務手当・営業手当など職務関連性の高い手当は、職務が定年前後で同じであれば否定されやすいので注意が必要だ。
●事例2)60歳以降は別制度(職務基準)
定年60歳;定年後は1年単位の再雇用(最大65歳)、パートであれば70歳まで就業可
正社員とは別の職務基準の等級制度を適用、評価に応じた昇給・賞与あり
B社は以前、賃金に上限ありの「一律低減型」の制度であったが、現在は正社員とは別の職務型の等級制度を導入している。等級は3段階のシンプルな制度。評価基準は「職務遂行」、「後進指導」、「協調性」の3項目だけで、運用のしやすさを重視した制度となっていた。管理職は定年後も続けることができ、上位等級に格付けされ、「一律低減型」の頃と比べ高い賃金水準を維持している。一方で報酬原資が増えた分は退職金の50代におけるカーブを調整し、生涯年収全体で多少増額することを前提に組合の了解を取りつけた。
【運用の実態】
担う職務に応じて等級を都度決めるはずが、現場の上長も人事も「判断できない」として、定年時の等級から自動で定年後の等級が決まっていた。なかには管理職の仕事をしていないのに、担当部長という肩書をつけ、最上位の等級に格付けするケースもあった。評価により多少の刺激はあったが、実際は「一律低減型」のパターンと変わらない状態であった。賃金水準は上がったので社員からの文句は多くないが、それでも個々人の賃金自体は下がるので「詭弁だ」という声も聞かれた。
【成功へのヒント】
たしかに、他人の賃金を変える判断をするのは心理的に抵抗がある。ただ、「定年」という一度立ち止まれるせっかくの機会を活用できないと、そのままずるずると70歳まで同じ処遇を続けてしまう可能性がある。
ある会社では、定年前の人事評価と役職に応じたコースを設定し、それに本人希望を加えて、定年後の働き方と賃金を決めている。判断基準を定めるのは一案である。また、会社が各人の仕事を決めて与えるのではなく、定年前からキャリア教育を実施し、自分の働き方を考えてもらうと共に、専門員などがカウンセラーとして相対して、「定年後の働き方」を一緒に考える取り組みが増えている。本人が納得する、満足度の高い働き方を実現したいものである。
【その他のポイント】
B社では、65歳以降はパートでの就業が可能である。次に挙げるC社では65歳を定年とし、それ以降は人事評価や健康状態などの選定基準を定め、該当者のみ雇用している。こうした取り組みは製造業でよく見られるが、自身の会社でも適用できるものがあれば参考にしてほしい。
●事例3)65歳定年制
定年65歳:60歳時点で制度変更あり、65歳から70歳までは再雇用制度
60歳前半は職務型の等級を適用。等級別の基本給は固定額、評価に応じた賞与あり
C社では65歳に定年を延長する前に、正社員の制度を職務型の人事制度に改定していた。管理職か高度な専門職には高い処遇を与え、それ以外の一般職は、年功要素を弱め、ある程度のところで昇給が止まるようにした。
正社員の新制度が導入された後、65歳まで定年を延ばすことになった。ただ、正社員(一般職)の賃金水準はまだ高く、65歳定年制による人件費増を賄うことはできないと判断し、60歳時点の8割程度の水準を目指すことになった。管理職や専門職としての働きから定型業務まで4段階の等級を設定し、次年度の職務内容に応じ等級変更を行う制度とした。人件費増に関しては、65歳定年制に伴う賃金水準の改善を前提に、50代の定期昇給の抑制を、組合交渉を経て実施することとなった。
正社員の制度が職務型の制度に改定されていたこともあり、65歳まで定年が延長し、職務と頑張りに応じ一定の賃金が保証されるということで、社員からはわりあい好意的に受け止められた。
【運用の実態】
社内を見渡すと、65歳まで元気に働いている社員がいる一方、63歳くらいで明らかに息切れしている社員もいた。制度をきちんと運用していれば等級を変えて基本給を減額するのだが、実際は「変えづらい」という理由で今まで等級が変更されたことはない。
【成功へのヒント】
C社では正社員の制度において職務評価をしていたこともあり、現在、簡易な職務評価の基準を別途作り、等級変更の根拠として使用する方向で検討している。いわゆる「ミッショングレード制」で、毎期末に次年度のミッションを上長と話し合い、重みを測定して等級(グレード)を決める方法である。現在設計している基準は細かなものではなく、「重要度」、「難易度」、「影響度」といった簡易な基準を基に職務の重さを測定するもので、情が入りやすい日本の人事運用において意外と良いのかもしれないと感じる。
【その他のポイント】
65歳定年制に移行する際、退職給付制度について考える必要がある。60歳時点で据え置くケースが多いが、65歳まで積み増す方向で、制度改定することもある。どちらにせよ、規程類の改定は必要となるので注意しておきたい。
シニア社員の報酬制度設計・人事制度設計だけを改定しても「高年齢者雇用安定法」には対応できない
第1回・第2回とシニア向けの報酬制度設計について見てきた。ただ、人事制度設計に携わる者としては、シニアだけの制度を改定するのは避けたいと思っている。60歳までの正社員の制度と切り離された制度は「後付け」したものに思え、残念な印象がある。筆者がコンサルティングを行う際は、シニア向けの制度改定を、正社員の制度設計と併せて行うことが多い。正社員の制度設計では、例えば管理職や専門職コースの登用厳選化や、職務・役割に基づく等級制度を設計しつつ、全体の人件費変化をシミュレートした上で、シニア向けの人事制度を検討する。制度改定直後は人件費が膨らむ可能性もあるが、3年後・5年後・10年後どう推移するかを確認した上で、覚悟をもって取り組んでいただいている。
ここまでは、報酬制度に特化した解説をしてきた。次回は報酬制度だけではなく、また60歳前後だけで対応することを考えるのでもない、会社全体で捉えた「望ましい人事施策」を模索していく。
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