企業の経営を左右するグローバル・タレントマネジメントシステムの最前線〜IBMが提唱するSmarter Workforceとは何か〜

近年、グローバル企業において、優れた人材を国境を越えて発掘・育成・活用するためのタレントマネジメントシステムがますます重要性を増しています。そこでタレントマネジメントシステムの潮流をリードするキーパーソンの一人である日本アイ・ビー・エム株式会社の渡辺努氏に、タレントマネジメントシステムの現状とIBMが世界で提供しているサポートの特色、日本企業のめざすべき方向、タレントマネジメントシステムのこれからなどについて話を聞きました。

ITの進化がもたらしたビジネスの構造変化と、才能あるリーダーの重要性

まず、タレントマネジメントシステムが、どのように生まれ、企業経営の中でどのような役割を果たしているのかについて教えていただけますか??

タレントマネジメントシステムが生まれた背景には、ITがビジネスと人の関わり方を劇的に変えたことがあります。元々企業には様々な部署・チームがあり、その中で働く人にも様々な役割があって、それぞれが決められたルールや手順に則って連携しながらビジネスを遂行していました。しかしITが進化したことで、こうしたチームやその役割がITに置き換えられてしまったのです。組織の複雑なコミュニケーションや連携が果たしてきた役割をITが担うことで、才能ある1人の人材が様々なビジネスを開発し、展開していくことができるようになった。

ITは単にビジネスを効率化しただけでなく、ビジネスのやり方を大きく変えたということですか?

従来必要だったビジネス開発のプロセスが省かれ、リーダーがダイレクトにビジネスをドライブできるようになったことで、開発期間は5〜10年から1〜2年に短縮されました。もちろん組織は必要ですが、企業が競争を勝ち抜いていくには、いかに才能のある人材を見つけて権限を与え、様々なビジネスを素早く開発・展開していくかが極めて重要になってきた。そこからタレントマネジメントシステムという考え方が生まれ、重視されるようになってきたわけです。

才能ある人材を世界中から探し出すために、ITを使ったグローバルな仕組みが必要になってきたということですね?

地域を限定していたらそれだけ優れた人材を見つけ出すチャンスは少なくなります。同様に、人種や性別などの制約もありえない。地球をひとつのコスモポリスとして、ボーダレスに人材を探さなければならない。グローバル企業にとって、まず企業内にいる人材から、地域や人種、性別などを超え、いかに才能にフォーカスして人材を発掘するか、社内にいなければ社外からいかに見つけ出し、獲得するかが企業の存亡を左右する重要課題になっているのです。
それらを迅速に実現するのがタレントマネジメントシステムです。

ITと行動科学がタレントマネジメントの両輪

タレントマネジメントシステムを効果的に行うために必要なことは何ですか?

タレントマネジメントシステムを支えているのはITと行動科学(Behavioral Science)です。才能ある人材の発掘・活用はIT抜きにはあり得ませんが、対象は人ですから、人に関する的確な分析・評価がなければ成果を上げることはできません。
それを可能にするのが人間の行動を科学的に研究する行動科学です。
そこには心理学や社会学、人類学、精神医学など広範囲な分野が含まれ、人間の資質や経験、行動に関する的確な分析・洞察を可能にしています。
たとえば高いパフォーマンスを発揮する人材は、どのような資質や経験などのパーソナリティを持っているか、どのような行動をとるか、それはなぜかといったデータを蓄積し、分析・活用することで、トップパフォーマーを育てることにつなげていきます。

道具としてITを使い、グローバルな情報収集・分析・活用するけれども、そこにはもうひとつ「人」に関する科学があるわけですね。

個々の人材だけでなく、たとえばグローバル企業のこの部門がめざすパフォーマンスを出せていない場合、その原因は何かを分析し、解決策を導き出すといったことにも、行動科学は欠かせません。タレントマネジメントシステムはITと行動科学の両方を活用することで、ビジネスの問題点を調査・分析し、解決することができるのです。『フォーチュン・グローバル500』にランクされる企業では、こうしたタレントマネジメントシステムによる問題解決が当たり前になっています。

日本企業におけるタレントマネジメントの現状とめざすべき方向

タレントマネジメントシステムが世界的に普及している中で、日本企業の現状はどうでしょうか?

タレントの活用ということ自体、日本企業はグローバル企業に大きく遅れていると思います。日本の企業はずっと新卒採用で人材を獲得し、10年かけて育成することでパフォーマンスを得てきました。しかし、これでは画一化された人材しか獲得・育成できず、魅力的な資質・経験を持つ人を排除してしまうことになります。欧米では新卒に限定せず、才能のある人を広く柔軟に採用しています。

日本の企業にそれができないのはなぜでしょうか?

新卒採用に限界があるとわかっていても、ほかの獲得方法でよい人材を見つける手段や尺度がないからだと思います。たとえばタレントマネジメントシステムの基盤のひとつである行動科学を信用していない企業が多い。行動科学は確立されたアカデミックな科学であり、これを活用すればより効果的に優れた人材を獲得できることが多くの企業で実証されているのに、なかなか採用に踏み切れない。

グローバルにビジネスを展開している日本企業でも、人材の活用には日本的なやり方が残っていると思いますか?

日本のグローバル企業の人材活用は、日本国内と海外で大きく異なっています。海外ではそれぞれの拠点に裁量権を与えることで地域に対応していこうとしているようです。しかし、そもそも国内と海外で異なるやり方をしていること、ボーダーがあること自体、今の経営の趨勢から見ると時代遅れと言わざるを得ません。海外の企業がグローバルにフラットな組織・仕組みでスピーディーなビジネスをしているのに対して、日本企業は古い組織・仕組みによって、人材獲得チャンスを失っている。たとえば海外の拠点で才能ある人材が必要になっても、組織や仕組みがフラットでなく、旧式な日本型の組織が存在していると、海外の優秀な人材から敬遠されます。能力があっても平等にチャンスが与えられないのではないか、活躍して会社に価値を提供しても評価されないのではないかと考えるからです。

外国の方からは、「日本の企業は横並びで、実力を評価してくれないし、仕事をがんばっても給与が上がっていかない。海外の企業のように成果の分だけ高いリターンがないと、チャレンジする気になれない」という話をよく聞きます。

たしかに給与も大切ですが、これは企業の業績による部分が大きいので、HRだけで変えていくのは難しいところもあるでしょう。しかし、待遇は給与だけではありません。人材のモチベーションを生み出すために重要なのはむしろ、機会の与え方や成果に対する評価がフェアかどうかです。自分の専門性が発揮できる仕事ができるか、才能を発揮して成果をあげたら上に立てるかといったことが、グローバルに優れた人材を獲得するための最重要ポイントです。

日本の企業にとって、日本型雇用を変えるのはなかなか難しいようですが、それが人材発掘を阻害しているとなると、世界との人材獲得競争に勝てない。日本は雇用をどのように変えていったらいいでしょうか?

雇用には働き方や文化、法制など様々な要素が絡んできますから、それをすべて変えるというのは難しいですし、必ずしもすべて変えなければいけないということではないと思います。たとえばドイツは、法的に外国人の雇用を制限するなど国民の雇用を守っている部分もありながら、企業が組織をフラットにするなどの改革をして、成長を続けています。日本の企業も終身雇用など、人材のモチベーションにつながる部分は、必ずしも国際基準に合わせる必要がないかもしれません。要は何が日本の強みなのかをしっかり棚卸しして、新しい日本の人事制度を作っていけばいいのです。一番まずいのは何もしないことです。


インタビューはまだ続きます。
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  • 日本アイ・ビー・エム株式会社
    ソフトウェア事業本部 ICS事業部インダストリー営業部 Smarter Workforce担当
    渡辺 努氏

    旧Kenexaのシニアコンサルタントとして、グローバル化を加速させる企業に対し、人材に係る各種ソリューションを提案する。主なコンサルティング領域は以下の通り。 1.国際採用コンサルティング 2.タレントマネージメントプラットフォーム構築 3. 従業員リテンションコンサルティング 顧客は、自動車メーカー、ヘルスケア、製薬、エレクトロニクス、リテイラー等多岐に渡る。 タレントマネジメントプラットフォーム構築およびビヘイビアーサイエンスのエキスパートとして、 IBMが推奨する『Smarter Workforce』を通じて、企業パフォーマンス向上のための人材戦略を提案する。