2019年末に始まった新型コロナウイルス感染症による様々な社会の混乱、いわゆる「コロナ禍」はほぼおさまったといっていいでしょう。しかし、新型コロナウイルス感染症は終わっていません。毎年2月と8月に感染のピークを迎えます。2025年2月もやはり感染者が増えました。社員が新型コロナウイルスに感染することは、当人が辛いだけでなく、企業の力に影響を及ぼす可能性があります。今回は「職場での感染対策の重要性とそのやり方」のお話です。
“認知機能の低下”が新型コロナウイルス感染症で引き起こされる。今こそ会社ぐるみの「新型コロナ対策」を

なぜ今でも新型コロナ対策が必要なのか

厚生労働省の発表によると2020年1月の国内初患者の発見から5年間における国内の新型コロナウイルス感染症による死亡者数は13万人に上り、そのうち半数近くは2023年5月の5類移行後に生じています。

新型コロナ感染による死亡者の95%は65歳以上の方ですが、65歳未満であってもやはり感染することはなるべく避けるべきです。その理由のひとつは、「新型コロナウイルス感染症は認知機能の低下を引き起こすから」です。

代表的な実験を紹介しましょう。イギリスで行われた人工的に感染させる実験です。34名の若くて健康なボランティアの鼻の中にコロナウイルスをスプレーしました。そのうち18名が感染しましたが、全員無症状か軽い症状ですみました。若い人はほとんどが軽症ですむのです。

ところが「感染した人」と「感染しなかった人」の認知機能を調べてみると、感染した人はわずかではあるが確実に低下しており、しかも本人はそのことに気づいていない。この状態が少なくとも1年は続くという実験結果が出ました。

さらに、中高年では認知力の低下、つまりある意味での老化を引き起こし、平均すると4年早く老化することにつながるという論文もあります。自覚できない認知力の低下だけでなく、long-COVIDと呼ばれる、疲労や記憶力の明らかな低下などの症状を引き起こす病態に移行する方も、年齢が高くなるほど多くなります。

以上のことから、社員が新型コロナウイルスに感染することは、当人にとって辛いだけでなく、会社にとってもかなり大きな労働生産性の低下、ひいては会社の力の低下につながることが十分考えられます。会社として感染を防ぐことは重要な課題なのです。

感染を防ぐために会社ができること

さて、では感染を少しでも防ぐにはどうすればいいのでしょうか。ご存じの方も多いとは思いますが、この機会にあらためて復習しましょう。

主な感染経路は2つです。1つは「エアロゾル感染」と呼ばれる、密な空間での感染です。もうひとつは「飛沫感染」と呼ばれる、しゃべったりするときの小さな水滴が相手の鼻や口に飛び込むことによって起きる感染です。後者は相手から2m程度離れているとおきません。前者は密な空間では相手の後ろ側にいても起きます。特にこちらがメインの感染経路と考えられています。

ここで重要になるのが換気です。

会議など狭い空間に人が集まる場合は、きちんと換気をしないと感染が起きやすくなります。会議室などには市販の二酸化炭素計をおいておくとよいでしょう。密になって室内にエアロゾルが溜まってくるのと同時に吐いた息の中に含まれる二酸化炭素も溜まってくるので、二酸化炭素濃度が換気の目安を教えてくれます。

また、デスクのパーティーションの置き方にも工夫が必要です。前・左右の合計三面を塞ぐようにパーティーションが置かれていることがありますが、これは良くないのです。その席に座った人が感染者である場合、目の前の空間にはその人の呼気が溜まることになります。呼気中に含まれたエアロゾルの塊が何かの拍子で隣の人のところに移ってその人を感染させる危険があります。

新型コロナウイルスに感染している人は、自覚症状が出現する前から他人に感染させる力を持つ呼気を排出していますから、このようなパーティーションの配置は危険です。むしろ、左右のパーティーションを外して空気の通りを良くするべきです(図1)。詳しくは厚生労働省「感染拡大防止のための効果的な換気について」をご覧ください。


出典 厚生労働省:感染拡大防止のための効果的な換気について

出典 厚生労働省:感染拡大防止のための効果的な換気について

最近のワクチンは感染を予防する効果は非常に弱くなっていますが、重症化予防効果は1年以上続きます。若い人については積極的にワクチン接種を勧める意義は以前よりは少なくなっています。それでも、先ほど述べたlong-COVIDの予防効果はあるので、接種することも考慮に入れるという考え方が一般的です。なお、持病のある人や高齢労働者については、自治体が秋冬にワクチンの定期接種を実施していますので、対象者の方は、お住まいの市区町村にお問い合わせください。

アルコール等による手の消毒については、第3の感染経路である「接触感染」を防ぐという意味ではやる価値はありますが、重要性はそこまで高くないと思われます。

感染が疑われる社員が出たとき

感染した可能性がある社員をいつから出勤させて良いか、マスク使用の有無などの法令上の決まりはなくなりましたが、感染を拡げないため、会社としての方針が必要です。

私が産業医として勧めているやり方は次の通りです。

●基本的に発熱などの症状がある時期は新型コロナウイルス感染症であるかどうかに関わらず自宅療養しましょう。
●発熱してから1週間は出勤しても、他の人と一緒の飲食は避け、マスクを着用しましょう。

若くて症状が軽い場合、新型コロナウイルス感染症かどうかを調べるために受診させるのは不要なので勧めないようにしましょう。このような場合、受診しても特段治りを早くする薬はありません。

従業員の健康を守るとともに、高い労働生産性を維持するため、会社でもしっかりとした感染対策を行いましょう。
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