「人事労務デューデリジェンス(人事労務DD)」とは、企業買収(M&A)の際、買い手企業が売り手企業に対して実施する調査のひとつです。対象企業の価値を正確に把握し、経営統合をスムーズに進めるため、従業員の雇用状況、労働条件、コンプライアンス状況などを確認し、人事労務関連の潜在的なリスクを評価します。しかし「人事労務DD」は、M&Aだけでなく株式上場(IPO)や通常の事業活動における労務リスク対策としても不可欠なものです。この記事では、「人事労務DD」の目的、調査項目や進め方について解説します。
【資料チェックリストあり】人事労務デューデリジェンスとは? 目的や進め方、ポイントを解説

「人事労務デューデリジェンス」を行うタイミングと目的

「人事労務DD」を行うべきタイミングには、次の3つが挙げられます。

●企業買収(M&A)時
●株式上場(IPO)の申請前
●通常の事業活動の中で定期的に

それぞれのタイミングで目的も異なります。

M&A時に行う「人事労務DD」の目的は、買収先の企業価値の把握と、買収後の組織構造や人事制度変更の必要性の把握、労務トラブルの可能性の排除などです。

IPOの場合は、上場準備の段階で自社の信頼性や透明性を示すために実施します。法令違反があると上場できないので、上場基準を満たしていない項目を調査で洗い出し、改善に取り組まねばなりません。

通常の事業活動では、労務コンプライアンスを確保するために実施します。労務コンプライアンスとは、労働条件や労働時間、社会保険の加入状況、ハラスメント防止措置など労働関連の法令遵守を指します。ブラック企業化の回避、補助金や助成金申請に向けた準備にも、「人事労務DD」の定期的な実施が役立ちます。

「人事労務デューデリジェンス」における調査項目

「人事労務DD」では、規則や協定、人事制度から、企業風土、コンプライアンス、福利厚生まで、さまざまな項目で調査を行います。M&Aの際は、対象企業は必要資料をそろえて調査機関に提出します。

主な項目と必要書類をまとめたのが下のチェックリストです。
人事労務デューデリジェンス 必要書類リスト
これ以外の書類が必要となる場合もあります。また、法定保存文書については、法定保存期間を守っていなくてはなりません。

「人事労務デューデリジェンス」の流れ

「人事労務DD」は、M&Aの際は買い手側が依頼した調査機関、IPOでは自社が依頼する社外専門家、定期的な実施の場合は社外の専門家あるいは社内の監査部門が実施します。いずれのケースでも、次のような流れで進めます。

1)労務管理の現状の把握
2)管理運用実態の調査
3)関係者へのヒアリング
4)レポートの作成、報告会の実施
5)改善・解決策の実施

まずは、資料をもとに労務管理の内容を把握し、制度の運用や法令遵守についての実態を調査していきます。

「長時間労働が常態化していないか」、「未払い賃金がないか」、あるいは「適正に労働保険・社会保険に加入しているか」など、一つ一つの項目を精査します。

資料から確認できない内容は、担当者にヒアリングを行います。M&Aであれば、買収後の従業員への影響を最小限にするため、企業風土や労使関係についても確認します。離職率が高い場合や従業員満足度が低い場合、企業風土や職場環境に問題があると見なされます。

調査後、分析結果や問題点をレポートにまとめ、報告会を実施します。レポートには一般的に、財務面・非財務面それぞれの問題点を記載します。財務面の問題とは主に、未払い賃金や退職金などの簿外債務を指します。一方で非財務面の問題とは、コンプライアンスや離職率、労使トラブルなどです。

問題があった場合、M&Aであればクロージングまでに是正するのが基本です。難しい場合はスキームの変更、取引価格の見直しなどの調整を行います。IPOなら申請前に解決し適切な労務管理体制を構築、運用できるようにしておかなくてはなりません。

人事労務デューデリジェンスは、企業買収や株式上場の成功だけでなく、健全な企業経営に欠かせないプロセスです。潜在的な労務リスクを正確に把握するためには、専門的な知見が必要となります。必要に応じて、社会保険労務士や弁護士、コンサルティング会社などの専門家を活用すると良いでしょう。
【参考】
●『M&Aを成功に導く 人事デューデリジェンスの実務』マーサージャパン(編)
●『IPOの労務監査 標準手順書』M&AとIPOの人事マネジメント研究会(著),野中 健次 (編集)
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!