労働時間を労働者の裁量に委ね、ある一定の時間を労働時間とみなす雇用契約を「裁量労働制」という。労働力不足が深刻化する中、限られた人数で生産性を高めるため、従業員に「裁量権」を与え、自律的に働くことを促す企業は多い。本稿では「裁量労働制」の詳しい概要やメリット・デメリット、導入手順をわかりやすく解説。また2024年4月制度改正による変更ポイントについても紹介していく。
「裁量労働制」とは? 残業代と労働時間の仕組みやメリット・デメリットを解説【24年4月改正】

「裁量労働制」とは?

「裁量労働制」とは、労働者の実労働時間に関わりなく、事前に設定された一定の時間を労働時間としてみなし、それに値する給与を支給する雇用形態を指す。いわゆる、「みなし労働時間制」の一つと言える。例えば、定められた時間が8時間であった場合、それよりも短い時間で業務を終えても、反対にオーバーしたとしても、支給される給与は8時間分となる。また、基本的には出退勤や残業、休日出勤などを誰かに指示されることもなく、労働者本人が自分の意思に基づいて、働く時間帯や業務遂行のための手段や時間配分を決めることができる。

●そもそも「裁量」とは?

「裁量」とは、当人の考えに基づいて物事の判断や処理をすることである。ビジネスシーンでよく用いられる言葉であり、「裁量がある」とは、上司の指示や命令に従うのではなく、自分で考えて決めることができる状態を指す。「裁量」は立場に伴って大きくなるため、責任範囲が広い役職者の方が、より大きな「裁量」を持つことができる。

「裁量労働制」の目的

「裁量労働制」は、自由な働き方により生産性を高め、効率的な業務遂行を実現するための制度と言える。労働基準法では原則として「1日8時間、週40時間」と労働時間が定められているものの、高度な専門性を要する業務については、時間を規定することで効率が落ちてしまうケースがある。そこで従業員一人ひとりに裁量権を与えて、自ら業務遂行のタイミングや手段を決められるようにすることで、効率性を高めようとするのが狙いだ。

「裁量労働制」が適用される仕事

「裁量労働制」は「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」に大別される。まず、「専門業務型裁量労働制」とは、1988年に施行された制度で研究・開発職やクリエイティブな職種、士業などの高度な専門性が要求される職種に対して適用される。一方、「企画業務型裁量労働制」とは、2000年に施行された制度事業運営の企画や調査などの業務に従事する労働者に適用される。それぞれの業務を見ていこう。

●専門業務型裁量労働制

「専門業務型裁量労働制」における厚生労働省が指定する業務としては、下記の19種がある。

【専門業務型裁量労働制】の業務一覧
■新商品や新技術の研究開発、人文科学または自然科学に関する研究業務
■情報処理システムの分析・設計業務
■編集の業務
■デザインの考案業務
■放送番組、映画等のプロデューサー、ディレクターの業務
■コピーライターの業務
■システムコンサルタントの業務
■インテリアコーディネーターの業務
■ゲーム用ソフトウェアの制作業務
■証券アナリストの業務
■金融商品の開発業務
■大学における教授研究の業務
■企業の合併・買収(M&A)の助言に携わる業務(2024年4月に追加)
■公認会計士の業務
■弁護士の業務
■建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務
■不動産鑑定士の業務
■弁理士の業務
■税理士の業務
■中小企業診断士の業務


●企画業務型裁量労働制

「企画業務型裁量労働制」の対象となる業務は、経営企画、人事・労務、財務・経理、広報、営業企画、生産企画など、企業運営の中核となる部門の業務が中心の8種類となっている。

【企画業務型裁量労働制】の業務一覧
■経営企画を担当する部署における業務のうち、現行の社内組織の問題点やその在り方等について調査及び分析を行い、新たな社内組織を編成する業務

■人事・労務を担当する部署における業務のうち、現行の人事制度の問題点やその在り方等について調査及び分析を行い、新たな人事制度を策定する業務

■人事・労務を担当する部署における業務のうち、業務の内容やその遂行のために必要とされる能力等について調査及び分析を行い、社員の教育・研修計画を策定する業務

■財務・経理を担当する部署における業務のうち、財務状態等について調査及び分析を行い、財務に関する計画を策定する業務

■広報を担当する部署における業務のうち、効果的な広報手法等について調査及び分析を行い、広報を企画・立案する業務

■営業に関する企画を担当する部署における業務のうち、営業成績や営業活動上の問題点等について調査及び分析を行い、企業全体の営業方針や取り扱う商品ごとの全社的な営業に関する計画を策定する業務

■生産に関する企画を担当する部署における業務のうち、生産効率や原材料等に係る市場の動向等について調査及び分析を行い、原材料等の調達計画も含め全社的な生産計画を策定する業務


「裁量労働制」の労働時間と残業代の考え方は? 36協定は必要か

次に「裁量労働制」における労働時間や残業代の支払いについての考え方や、休日出勤や深夜労働に関する仕組み、36協定を結ぶ必要があるかどうかについて説明する。

●「裁量労働制」の労働時間について

「裁量労働制」では、労働者自身がすべての労働時間を決めることができる。出退勤、始業や終業時刻だけでなく、フレックスタイム制度におけるコアタイムもない。あくまでも、みなし労働時間となる。

●「裁量労働制」の残業代について

「裁量労働制」では、あらかじめ決められた労働時間分で給与が設定されているため、基本的には、時間外労働をしたとしても残業代が支給されることはない。ただし、労働基準法に基づく法定労働時間である「1日8時間、週40時間」を超えるみなし労働時間が設定されている場合、超過分については、基礎賃金の1.25倍に相当する賃金を含め、給与として支払われる必要がある。さらに、深夜や休日に勤務した場合は手当の対象となる。具体的には、深夜10時以降から翌日朝5時までの時間帯や法定休日の労働に対しては、深夜手当として基礎賃金の1.25倍、休日手当として基礎賃金の1.35倍の割増賃金がそれぞれ支払われることになる。

●36協定は必要か

36協定とは、労働者に法定労働時間を超えて労働させたい場合や休日に労働させたい場合に、企業と労働者の代表が結ぶ労使協定のことだ。「裁量労働制」を導入する場合でも、みなし労働時間が1日8時間の法定労働時間を超える場合、または深夜労働や休日労働を行う場合は、36協定を締結する必要がある。

「裁量労働制」とその他労働制度との違い

「裁量労働制」とその他の労働制度とでは、どのような点が異なるのか。フレックスタイム制度、高度プロフェッショナル制度、変形労働時間制、事業場外みなし労働時間制との違いを見ていこう。

●フレックスタイム制度との違い

「裁量労働制」は、始業と就業の時刻を労働者が決められる点で「フレックスタイム制」と混同されることがあるが、「裁量労働制」はあくまで成果を出すことを前提とする働き方であり、総労働時間が月毎に計算されるので、1ヵ月の労働時間が規定時間を超えない限り残業代は支払われない。これに対して、「フレックスタイム制」は、労働者が自由に出退勤時間を決められるものの、会社が定めたコアタイムにはオフィスにいることが求められる。さらに、残業をした場合には時間外手当が支給される。

●高度プロフェッショナル制度との違い

「高度プロフェッショナル制度」は、高度な専門性を持ち1,075万円以上という年収要件を満たす労働者に対して、労働基準法で定められた労働時間規制を適用しないという制度だ。「裁量労働制」とは、労働の成果で報酬が評価される点で同様だが、対象者の職種や業種が限定されている点、年収要件がある点で、労働基準法の適用がない点で異なる。「裁量労働制」は、対象業種の範囲が広く、定めたみなし時間に応じて時間外労働や深夜労働などに伴う割増賃金が支払われるが、「高度プロフェッショナル制度」にはそれがない。

●変形労働時間制との違い

「変形労働時間制」は、1週間、1カ月間、1年間などの一定の期間における労働時間を、その平均が法定労働時間を超えない範囲で変更できる制度だ。例えば、月初は労働時間を減らし、繁忙期の月末は法定労働時間を超えて働くというようなことができる。職種や業務に制限がなく、法定労働時間を超過した分は時間外手当が支払われる点で「裁量労働制」と大きな違いがある。

●事業場外みなし労働時間制との違い

「事業場外みなし労働時間制」は、外勤業務など事業場外で働く場合に、所定労働時間で働いたとみなす制度で、「裁量労働制」と同様にみなし労働制度の一つだ。「裁量労働制」が対象となる業種が定められているのに対し、「事業場外みなし労働時間制」は業種に規定はなく、「使用者の指揮監督が及ばず、労働時間の算定が困難な業務」であれば、業種に制限はない。

「裁量労働制」のメリット

「裁量労働制」のメリットの主な3点を紹介する。

●人件費の管理がしやすい

「裁量労働制」だと事前に設定した労働時間で給与を計算できる。月ごとに人件費が変更しないので、コスト管理がしやすいと言える。

●多様な人財を採用しやすい

「裁量労働制」は、育児や介護、リモートワークなど、柔軟な働き方を求める労働者にもニーズが高い。そのため、多様な背景を持つ人材の確保にも有効である。

●仕事の自由度が高く成果を出すことに専念しやすい

「裁量労働制」では出社時間や退社時間を自由に決めることができる。成果を出しさえすれば、早く帰ることも可能だ。どうやって成果を導くかも労働者の自由なので、より仕事に専念できる。

「裁量労働制」のデメリット

続いて「裁量労働制」のデメリットも、主な3点を紹介していこう。

●導入のハードルが高い

「裁量労働制」では、労働管理が難しくなる。労働者が自由な時間で働くことになるし、それぞれに決められた時間に見合う仕事を割り振らないといけないからだ。それだけに、導入のハードルが高い。

●長時間労働が生じやすい

「裁量労働制」だと労働者が自ら労働時間の管理を行うので、ともすると長時間労働をしがちだ。それが常態化してしまうと、労働者の心身に何がしかの影響をもたらす可能性がある。

●チームビルディングが行いにくい

それぞれが自分の好きな時間帯で働くようになると、労働者同士でコミュニケーションを取る機会が減る可能性がある。自ずと組織作りがしにくくなってしまう。

「裁量労働制」の実態は? 問題点と対策

柔軟な働き方と生産性の向上を実現しうる「裁量労働制」は効果的に運用することで、企業と従業員双方にメリットのある制度だが、実情は問題点が数多く存在する。それだけに従業員側に立った時に「デメリットしかない」と言われることもあるのだ。ここでは、その問題点と対策を挙げていく。

●「残業時間がいくらでもできる」制度だと勘違いされている

「裁量労働制」は労働時間の長短にかかわらず、一定の時間が働いたものとみなされる制度だが、これが「残業し放題」と捉えられてしまうことがある。そのせいで、従業員が長時間労働を強いられ、健康を害するリスクが高まってしまう。企業側が正しい運用を徹底し、労働時間の管理を行わなければならず、従業員に対して制度の趣旨と自身の権利についてしっかり説明する必要がある。

●適用外の業種がある

「裁量労働制」は特定の職種に限定されているため、適用したくてもできないケースや、誤って適用されるケースが見られる。企業は適用可能な職種を細分化したり、時には専門家の助言を受けたりすることも必要だ。

●長時間労働や休日出勤が常態化する

「裁量労働制」は、本来、労働者が自分の裁量で働く時間を調整できる制度だが、現実には長時間労働や休日出勤が常態化しているケースが少なくない。健康への悪影響や生産性の低下を招くため、業務の適正な配分や、従業員の健康状態のモニタリングを強化し、労働時間の実態に即した改善策を講じることが重要となる。

●評価や管理ができていないケースがある

「裁量労働制」は従業員の労働時間に関する管理が難しいため、適切に評価が行われていないケースがある。成果だけでなく、労働プロセスの質も評価されるべきだが、実際には成果のみが重視され、努力や工夫が評価されにくいという側面もある。従業員のモチベーションを維持するために、企業は評価基準を明確にし、プロセス評価を取り入れたり、定期的なフィードバックを通じて、従業員とのコミュニケーションを図ったりしていかなければならない。

●労働者に裁量がないことがある

従業員が自身の働き方を自由に決められるはずの「裁量労働制」だが、実際には上司や企業の指示が優先され、裁量がほとんどない場合がある。従業員にとってはメリットがなく、過度な労働を強いられることすらあるのだ。対策として、企業は従業員に対して実質的な裁量を与えるための環境整備が必要となる。具体的には、業務の進め方やスケジュールに関する意思決定を従業員に委ねる機会を増やすとともに、業務量を適切に管理し、従業員が自己管理できる範囲を広げることが求められる。

2024年4月の「裁量労働制」の改正について

多くの問題点が残る「裁量労働制」だが、2024年4月にその制度が見直され、改正された。実際にはどう変わったのか、いくつかのポイントを解説していく。

●改正の背景

「裁量労働制」に関する制度を巡っては、長時間労働の常態化や規定外の職種への適用などが課題として指摘されてきた。これを受け、2024年4月の法改正では、制度の運用面での見直しが行われることになった。

●改正による変更点

主な改正ポイントは以下の通りである。

【専門業務型・企画業務型共通】
・健康・福祉確保措置が強化され、以下の措置が求められるようになった
事業場の対象労働者全員を対象とする措置(以下から1つずつ以上)
(イ)勤務間インターバルの確保
(ロ)深夜労働の回数制限
(ハ)労働時間の上限措置(一定の労働時間を超えた場合の制度の適用解除)
(ニ)年次有給休暇についてまとまった日数連続して取得することを含めたその取得促進

個々の対象労働者の状況に応じて講ずる措置(以下から1つずつ以上)
(ホ)一定の労働時間を超える対象労働者への医師の面接指導
(ヘ)代償休日又は特別な休暇の付与
(ト)健康診断の実施
(チ)心とからだの健康問題についての相談窓口設置
(リ)適切な部署への配置転換
(ヌ)産業医等による助言・指導又は対象労働者に産業医等による保健指導を受けさせること


【専門業務型】
・対象業務に「銀行または証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査または分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務(M&Aアドバイザー)」が対象業務に追加された
・制度導入の際に、対象労働者に対して同意を得ることと、同意しなかった場合に不利益取り扱いをしないことを労使協定に定めることが必須となった

【企画業務型】
・運営規定に以下の記載が必要になった
・対象労働者に適用される賃金・評価制度の内容についての使用者から労使委員会に対する説明に関する事項(説明を事前に行うことや説明項目など)
・制度の趣旨に沿った適正な運用の確保に関する事項(制度の実施状況の把握の頻度や方法など)
・労使委員会を6カ月以内ごとに1回開催すること

・専門業務型と同様に、同意の撤回の手続きと、同意とその撤回に関する記録を保存することを労使協定・労使委員会の決議に規定がすることが義務付けられた

「裁量労働制」を導入するための手続き

実際に「裁量労働制」を導入するためには、どんな手順で行えばいいのか。「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」では、それぞれ手続きが異なるため注意が必要だ。以下で解説しよう。

●専門業務型裁量労働制の手続き

「専門業務型裁量労働制」を導入するためには、まずは下記の項目について労使協定で定める必要がある。その上で所轄の労働基準監督署に届け出を行う。

①制度の対象となる業務
②対象となる業務の遂行手段や方法、時間配分等に関し労働者に具体的な指示をしないこと
③労働時間としてみなす時間
④対象となる労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉を確保するための措置の具体的内容
⑤対象となる労働者からの苦情処理のために実施する措置の具体的内容
⑥制度の適用に当たって労働者本人の同意を得ること
⑦制度の適用に労働者が同意をしなかった場合に不利益な
取扱いをしないこと
⑧制度の適用に関する同意の撤回の手続
⑨協定の有効期間(3年以内とすることが望ましい)
⑩労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況、苦情処理措置の実施状況、同意及び同意の撤回の労働者ごとの記録を協定の有効期間中及びその期間満了後5年間(当面の間は3年間)保存すること

●企画業務型裁量労働制の手続き

「企画業務型裁量労働制」を導入するためには、下記の条件を踏まえて手順を進めなければならない。

①労使委員会の設置
②労使委員会での決議
・委員の5分の4以上の多数決
・下記の決議項目が満たされている
 1)制度の対象とする業務
 2)対象労働者の範囲
 3)労働時間としてみなす時間(みなし労働時間)
 4)対象労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉を確保するための措置
 5)対象労働者からの苦情の処理のため実施する措置
 6)制度の適用に当たって労働者本人の同意を得ること
 7)制度の適用に労働者が同意をしなかった場合に不利益な取扱いをしないこと
 8)制度の適用に関する同意の撤回の手続
 9)対象労働者に適用される賃金・評価制度を変更する場合に、労使委員会に変更内容の説明を行うこと
 10)労使委員会の決議の有効期間
 11)労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況、苦情処理措置の実施状況、同意及び同意の撤回の労働者ごとの記録を決議の有効期間中及びその期間満了後5年間(当面の間は3年間)保存すること
③労働基準監督署への届け出
④対象労働者の同意

まとめ

「裁量」が大きい仕事では、多岐にわたり自らの判断で業務を進めることができるため、働きやすさ、やりがいを感じやすいといえる。一方、責任も大きくなるので、プレッシャーも大きく、成果を出すために自分に無理を強いる可能性もある。それが結果的に長時間労働につながることも多いだろう。メリット、デメリットがあること、さらには今会社がどのようなステージにあるのかも踏まえ、効果的に「裁量労働制」を導入するようにしたい。



よくある質問

●裁量労働制とみなし残業の違いは?

「裁量労働制」は、特定の職種に適用され、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ定めた時間を働いたとみなす制度である。一方、みなし残業は、残業代として一定の時間分の賃金を固定で支払う制度で、実際の残業時間がその時間を超えると追加の残業代が発生する。「裁量労働制」は労働時間の管理が難しい職種向けで、みなし残業は通常の労働時間に対して残業を見込む場合に用いられる。
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