
調整の基準は「50万円」から「51万円」に
老齢厚生年金を受給するシニア層が厚生年金に加入しながら企業勤務をすると、実際に受け取れる年金額がマイナス調整されてしまうことがある。このような仕組みを在職老齢年金制度と呼び、2024年度は「50万円」を基準に年金のマイナス額が決定されていた。この基準額は、厚生年金に加入しながら働いている現役男性社員の「賞与を含んだ平均月収額」を基準に設定される。そのため年度が替わる際には、名目賃金の変動状況に応じて見直される仕組みである。
2025年度の数値については2025年1月24日に厚生労働省から見直し結果が発表され、前年度よりも1万円引き上げて「51万円」を基準とすることが明らかになった。2023、2024年度に引き続き、3年度連続の基準額引き上げが決定したところだ。
それでは、在職老齢年金の具体的な計算を、2025年度の基準額「51万円」を用いて行ってみよう。2025年度の在職老齢年金は「会社の報酬の1ヵ月分」と「年金の1ヵ月分」とを合算して「51万円」を超過した場合に、超過額の半分を1ヵ月分の年金から差し引くことがルールとされる。「51万円」を超えなければマイナス調整は行われず、通常どおりの年金が受け取れる。
例えば、「会社の報酬の1ヵ月分」が38万円、「年金の1ヵ月分」が15万円のシニア社員がいるとする。このシニア社員の年金が2025年度に調整される金額は、次のように計算をする。
={(会社の報酬の1ヵ月分+年金の1ヵ月分)-51万円}÷2
={(38万円+15万円)-51万円}÷2
=(53万円-51万円)÷2
=2万円÷2
=1万円
従って、このシニア社員が実際に受け取れる1ヵ月の年金は、15万円から1万円を差し引いた14万円とされる。年間の年金マイナス額は12万円(=1万円×12ヵ月)にのぼるわけである。
年金のマイナス計算に使用する給与は “額面” でも “手取り” でもない
在職老齢年金の計算には、使用する数値を誤りやすいという特徴がある。例えば、「会社の報酬の1ヵ月分」に相当する数値は、“額面の給与額”と“手取りの給与額”のいずれでもない。使用するのは標準報酬月額である。標準報酬月額が38万円であれば、実際の給与額は37万円以上39.5万円未満の金額になる。また、標準報酬月額は月々の給与額の変動を反映しないのが原則だ。これらの事情から、実際の給与額と標準報酬月額とは、通常は一致をしない。さらには、「会社の報酬の1ヵ月分」の計算には、賞与も一定のルールに則って加味しなければならない。
しかしながら、“額面の給与額”や“手取りの給与額”を計算に用いたり、賞与の支給を考慮しなかったりなどの誤りが多いようだ。
加えて、「年金の1ヵ月分」についても、単純に「1年間の総受取額を12で除す」という方法で計算をする誤りが後を絶たない。在職老齢年金の計算に使用する「年金の1ヵ月分」は、老齢厚生年金の加給年金額や経過的加算、老齢基礎年金の額を除いて算出をする必要がある。
以上のように、在職老齢年金の計算を企業内で行おうとすると、根拠数値の使用誤りが非常に多くなりがちだ。十分に注意をしたいものである。
再雇用されたシニア社員は低額の給与でも年金がマイナスされる?
次に、給与額が決して高くないにもかかわらず、年金がマイナス調整されてしまうシニア社員の事例を紹介しよう。このような現象は、定年退職の直後に再雇用・継続雇用されたシニア社員について、再雇用などから1年以内に発生しやすい。理由は定年退職前に支給された賞与が、年金額のマイナス調整に影響を与えるためである。在職老齢年金で「会社の報酬の1ヵ月分」に相当する数値を算出する際、計算に加味する賞与額は“過去1年間の標準賞与額”である。そのため、定年退職から1年に満たないシニア社員の場合には、再雇用・継続雇用の“前”の標準賞与額を計算に用いることになる。
その結果、定年退職前に支給された賞与額が高額である場合には、再雇用・継続雇用の“後”の給与額が低額でも在職老齢年金の「会社の報酬の1ヵ月分」に相当する数値が高くなる現象が発生するのである。
具体例で考えてみよう。例えば、定年退職後に再雇用されたシニア社員の標準報酬月額が24万円、「年金の1ヵ月分」が15万円だとする。ただし、当該社員は再雇用から間がないため、過去1年間に150万円の賞与を2回受けているとしよう。このケースでは、「会社の報酬の1ヵ月分」は次のように計算される。
=標準報酬月額+(過去1年間の標準賞与額の合計)÷12
=24万円+(150万円+150万円)÷12
=24万円+300万円÷12
=24万円+25万円
=49万円
この数値に「年金の1ヵ月分」を合算し、51万円を超過した額の半分は1ヵ月分の年金から差し引かれる。従って、このシニア社員の年金が2025年度にマイナス調整される金額は、次のとおりとなる。
={(会社の報酬の1ヵ月分+年金の1ヵ月分)-51万円}÷2
={(49万円+15万円)-51万円}÷2
=(64万円-51万円)÷2
=13万円÷2
=6.5万円
計算の結果、このシニア社員が実際に受け取れる1ヵ月の年金額は6.5万円減り、8.5万円とされるのである。
月々の給与と年金額だけを見た場合には39万円(=24万円+15万円)なので、2025年度の調整額51万円よりもかなり低い。そのため、年金は全額受け取れるようにも思えてしまう。しかしながら、賞与の支給はその後1年間、在職老齢年金の計算に影響を与え続けることになるので、留意していただきたい。
在職老齢年金制度はシニア社員の労働参加に大きな影響を及ぼす傾向にある。人事労務担当者としては、しっかりと理解したい仕組みといえよう。
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