人材育成で重要な「自己認識」の意味や組織へのメリット
「自己認識」とは、自分自身を理解すること、自分が置かれている状況や精神状態に気づいていることを指す。英語では「Self-awareness(セルフ・アウェアネス)」と訳される(アウェアネスとは『意識』『自覚』『気づき』の意)。●ビジネスの現場において高まる「自己認識」の重要性
自身の性格、持っているスキル、思考における特徴、いま現在抱いている感情、組織の中での立ち位置などを明確に把握している人は自己認識力が高いといえる。自己認識力が高い人は「周囲からどう見られているか」や「何を期待されているか」をしっかりと理解し、感情や行動をコントロールしながら自分が果たすべき役割を全うできるため、仕事におけるパフォーマンスが高くなる傾向にある。周囲との円滑なコミュニケーションを実現し、良好な人間関係を築くことも可能だ。●自分の“内側”と“外側”を理解する2つの「自己認識」
アメリカの組織心理学者であるターシャ・ユーリックは「自己認識」を、以下の2種に分けて捉えている。・内面的自己認識
「内面的自己認識」とは、自分自身の能力、感情、価値観、願望といった“内面”と、それらがどのような影響・結果を周囲や仕事に及ぼすか、正しく理解していることである。
内面的自己認識力が高い人は「実際の自分」と「自分は『こうだ』という思い込み」のギャップが小さい。そのため業務では期待・予想した通りの結果を出すことが可能となり、「こんなはずではなかった」というストレスは減少し、満足度や幸福度は高くなるとされる。
・外面的自己認識
「外面的自己認識」とは、他人が自分をどう見ているか、どのような人物として捉えられているか、正しく理解していることである。
外面的自己認識力が高い人は「周囲の人たちが自分に対して実際に抱いている印象」と「自分は他人からこんな人間だと思われているだろう、というイメージ」のギャップが小さいといえる。「相手の立場になって物事を考えられる力」が高く、それぞれの人に合わせた適切な対応も実践できるとされる。
●「自己認識」ができている、できていないの違いとは
仕事で思ったような結果を出せなかったとき、あるいは同僚や後輩が自分以上の成果をあげたとき、「悔しい」という思いや嫉妬を感じてしまうのは、ある意味では当然である。そうした場合において「自己認識」ができている人とできていない人には、以下のような違いがあるといえる。・「自己認識」ができている人
「自己認識」ができている人であれば「自分の能力なら、もう少しやれたはず」、「自分には実現できなかったことを目の当たりにして悔しい」などと冷静に捉え、行動の改善、パフォーマンスを向上させるための工夫、成長のための取り組みを実践できるだろう。
・「自己認識」ができていない人
「自己認識」ができていない人は「悔しい」という自分の感情やその原因を客観視できず、焦り、怒り、妬みといった負の感情に支配され、ますます本来のパフォーマンスを発揮できなくなってしまう。たとえ上司・先輩・同僚から仕事ぶりを褒められた場合であっても、自分の働き方の特徴や是非、成長を自覚していないため、今後も同様のパフォーマンスを発揮できるか心もとないといえる。
●「自己認識」の能力が高い人は、組織にとってどのようなメリットがあるのか
自己認識力が高い人は、自分の仕事ぶりや周囲との人間関係に満足し、幸福度も高くなる。そうした“自分自身へのメリット”だけではなく、企業・組織にとっても多くのプラスをもたらしてくれる。・生産性の向上
自己認識力が高い人は自分の能力や得手不得手を正確に把握しているため、「いま何をすべきか」や「どの程度の成果を得られそうか」の見極め、不得手な作業をカバーするための段取りなど、業務を効率化し成果を最大化するための行動を実践できるようになる。いわば生産性の高い状態であり、そうした人物は組織への貢献度も大きい。
また自分に必要だが不足している能力を理解し、学習に取り組むことによって、将来的な生産性向上も期待できるといえる。
・管理職としてのスキル向上
自己認識力が高い人は、自分の影響力や「周囲の人たちが自分に対して実際に抱いている印象」を正しく理解している。そのため上司・同僚・部下とも誠実なコミュニケーションを図れるようになり、良好な人間関係を築きあげ、周囲の人物を正当に評価することも可能となる。これらはリーダーや管理職にとって特に欠かすことのできない能力といえる。部下に対する適切なアドバイス、仕事の割り振り、顧客の感情や要求を正確に読み取ったうえでの対応などが可能となるからだ。
「自己認識」の能力が低い場合のデメリットとは
前述の通り、「自己認識」には「内面的自己認識」と「外面的自己認識」がある。この双方を高めていくことが理想的といえる。優秀なリーダーには、「内面的自己認識」と「外面的自己認識」、どちらの能力も高い人材が多いといわれる。これら2つのどちらか、または両方が低いと、業務に支障をきたすこともある。ここでは、能力が低い場合のデメリットにフォーカスして解説していく。●内面的自己認識力は高いが、外面的自己認識力は低い人
自分自身の能力、性格、感情、価値観といった“内面”を正確に把握し、その理解に基づいて仕事を進められるため、自分に与えられた業務においては、しっかりと成果を出しやすい。一方、「周囲からどう思われているのか」をイメージしたり、他者の感情・考え方を理解したりすることができない。そのため、周囲と協力して進めなければならない作業には向かず、コミュニケーションに失敗して良好な人間関係を築くことも難しくなる。●外面的自己認識力は高いが、内面的自己認識力は低い人
「周囲からどう思われているのか」や他者の感情については敏感で、コミュニケーション面での問題は少なくなる可能性はあるものの、周囲の目を気にするあまり、過度に遠慮したりストレスを溜め込んだりする恐れもある。また自分自身の内面を正確に把握していないため、自分の過大評価・過小評価、目標やモチベーションの喪失などにつながることもありうる。●内面的自己認識力も外面的自己認識力も低い人
自分自身を正確に把握しておらず、また「周囲からどう思われているのか」も理解できていないと、想像・思い込みと現実とのギャップが大きくなる。仕事の成果にもコミュニケーションにも支障が生じ、モチベーションは下がり、人間関係も上手くいかなくなるだろう。「自己認識」の能力を高めるための具体的な施策
「自己認識」は個人のパフォーマンスを左右し、生産性や組織への貢献度、チーム内の人間関係にも大きな影響を及ぼす。そのため人事には、従業員の自己認識力を高めていくための有効な施策を実践することが求められる。ここでは、具体的施策として、次の2つを紹介したい。●「自己認識」研修やサーベイの活用
多くのHRサービス提供企業やeラーニングシステムのプラットフォームが、「自己認識」の能力を高めるための研修、セミナー、講座を提供している。学術的に「自己認識」を分析・定義するほか、自己認識力を高めるためのシステマティックな取り組み、その実践方法などについてのアドバイスもあり、これらの活用をまずは考えたい。セミナーやグループディスカッションなどを通じて組織全体が「自己認識」の重要性を共有し、ともに歩む土壌を作ることができれば、大きなパフォーマンス向上にもつながるはずだ。
また公平・公正な基準によって個人の能力をランク分けする仕組み、何らかの理論に基づいて性格や価値観を分類するサーベイなどを利用することで、自分自身を客観視し、「実際の自分」と「思い込み」のギャップを小さくすることもできるだろう。
●「360度評価」の導入
「外面的自己認識」の能力を高めるためには、他者からのフィードバックによって自分を客観視する作業が必要となる。その仕組みの1つに、上司、同僚、部下など自分と関わりのある人から多面的に評価してもらう「360度評価」がある。自分の言動、働きぶり、部下に対する指導方法などについて、さまざまな立場から率直な意見を聞くという方法論であり、直接述べてもらうほか、アンケートに匿名で記入してもらうこともありうる。「ランチの機会に聞く」といった軽い手法ではなく、フォーマットや評価軸などを設定し、1つの人事施策として採用している企業も多い。
周囲からのフィードバックは、リーダーや管理職にとってはとりわけ重要だ。「360度評価」によって外面的自己認識力が高まり、周囲とのコミュニケーションが円滑化し、職場にオープンな空気が作られて、さらに正直な評価を得られるようになる。
ただ理解しておかなければならないのは、そもそも「自己認識」は多くの人にとって実践の難しい取り組みであるという点だ。人間は「周囲の人から良く思われたい」と考えるものであり、自分を取り巻く状況や外部からの刺激に対して感情的に反応してしまう存在でもある。客観的に自分と周囲を認識することは極めて難しく、高い精度で「自己認識」できている人は想像以上に少ない。多くの人が自分を過大評価・過小評価し、自身の立場を楽観視・悲観視し、「実際の自分」と「思い込み」のギャップ、「周囲の人たちが自分に対して実際に抱いている印象」と「自分は他人からこんな人間だと思われているだろう、というイメージ」のギャップに悩んでいるのである。
とはいえ自己認識力が高い人の、パフォーマンス、組織への貢献度、幸福度が大きいこともまた事実である。自己認識力が高ければ、自身のレベルアップにも積極的に取り組むようになり、周囲との人間関係も円滑なものとなっていくだろう。個人のパフォーマンス向上と成長、職場環境の改善などのメリットが大きい分、ぜひ本記事を参考にしながら、従業員個々としても、人事としても、自己認識力を高めるための施策に取り組んでいただきたい。
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