ビジネスシーンにおいて、社員に対して指示を出したり、重要な局面で激励する場合、言葉の内容によって社員の思考が大きく左右され、指示通りに動くか否か、モチベーションが上がるか否かの分かれ道となります。
職場で見かける、意図が伝わらない残念な場面
さて、多くの職場で社員のモチベーションが下がったり、組織風土が暗くなる場面を見かけます。その主な原因としては、上司が部下に対して、あるいは同僚同士の会話において、相手にどうなって欲しいのかを問うよりも、欠点や不足部分の指摘や感情的な放言であることが目立ちます。例えば、提案書を書いた部下に対して「書いている量は多いが、自分の書きたいことばかりダラダラと書いているだけだ。これじゃダメだ。書き直し!」という言い方をよく耳にします。
おそらくこの上司は意地悪で言っているのではなく、「鍛えてやる」「自力で考えろ」という思いが強いのでしょう。むしろ熱心で親心に満ちているケースが多いのです。しかし、多くの部下は「えっ、具体的にどう書き直せばいいの?」と迷ってしまい、少なくとも意気揚々と書き直そうとはしないはずです。
このように、自分が発した言葉が、自分が意図した方向とは違う意味合いで相手に伝わってしまうと、逆効果になりかねないのです。ここに言葉がけの難しさがあり、多くの経営者や管理者などリーダーが悩むところです。
行動と結果を左右する、右脳と左脳の仕組み
では、どうして人は自分の気持ちとは裏腹に、相手のやる気を削ぐようなネガティブな発言をしてしまうのでしょうか。その原因を知るために、脳の仕組みを簡単に見ておきましょう。よく知られているところでは、右脳と左脳では役割が異なり、右脳は感性をつかさどり、直感や芸術的感覚に富んだ思考をするよう働きます。また、左脳は論理性をつかさどり、理屈や学術的論法に富んだ思考をするよう働きます。
さて、話は原始時代に遡りますが、私たちの祖先は常に命にかかわるような危険と隣り合わせで生きていました。例えば、草原で遠くにライオンが見えた場面を思い描いてください。
「右に逃げたら丘がある。左に逃げたら川がある。丘を登っても脚力の強いライオンに追いつかれるだろう。しかし、ライオンが川で水を浴びているところは見たことがないから、川に飛び込んだら助かるかも知れない。」と左脳によって理詰めでじっくり考えていると、ライオンが素早く向かってきて食べられてしまいます。
ここは、右脳で「丘か、川か?川だ!」「飛び込む?どうする?飛び込む!」と直感で考えた方が助かる見込みは高いでしょう。
その後、安全を確保してから「やはり川に飛び込んだ人が多く助かっている(統計的情報)」「ワニがいるから素早く岸に上がれ(付随情報)」と左脳で分析し、知識を蓄積することにより、次の機会では危機回避の確率がさらに高まります。こうして私たちの祖先は“種の保存”を果たしてきたのです。
職場でも重要な局面で“右脳”が先に作動
現代は原始時代と比較して生きる上での危険性は減少したものの、脳の働き自体はそれほど変わらず、右脳と左脳を比較すると、現代においても右脳の方が先に作動し始めると考えてよいでしょう。したがって、例えば会議において経営幹部から「来期は売上を10%アップするぞ!」という言葉を聞いたとき、すなわち新たな業務や負荷が発生して日常とは違った局面になりそうなとき、まず右脳が作動します。
このとき、右脳で「ムリ!」と思う習慣が身についている社員は、後から作動した左脳によって「うちは人がいない、物がない、金がない、だからムリ」とムリな理由を論理的に正当化しようとする姿勢が生まれるのです。
おそらく、この社員はいつまで経っても「ムリ」と思い続け、成果を上げることはできないでしょう。つまり「ムリ」というネガティブな言葉で自分や組織の可能性を封じているに等しく、言葉の力を敵に回していると言わざるを得ません。
逆に、売上がアップして給料が増えたり、社内の雰囲気や顧客との関係が良好になることを想像して、「できる!」または「そうなりたい」と思う習慣が身についている社員は、後から作動した左脳によって「人がいない分は効率化しよう、物を使わない方法を考えよう、金はスポンサーを見つけて出してもらおう」と、できるための方策を考え始めるのです。
この社員は、「できる」を前提に何をすべきかを考えますので、成果を上げる可能性が高まります。つまり「できる」というポジティブな言葉で自分や組織の可能性を広げており、言葉の力を味方につけていると言えます。
ポジティブな発想が生み出す言葉がけ“ペップトーク”
多くのリーダーが「うちの社員も、何かあれば『できる!』と発想し、できるための方策を考えてほしいものだ」とお考えでしょう。また、そのような組織にするために、どのような施策を打ち、どのように伝えていくかを模索していらっしゃると思います。このような時に役立つのが、ペップトークと呼ばれる「相手のやる気を引き出し、勇気づけるショートスピーチ」で、アメリカのプロスポーツ界で生まれたモチベーションアップに効果のある手法です。
最高峰の技術と肉体を持つ一流のアスリートたちが、同じくトップクラスのチームや選手と大切な試合で激突するとき、互角の試合運びでなかなか勝負がつかないことも多々あります。
このような場面で、最後に明暗を分けるのは「日頃のトレーニングの成果を、本番で十分に発揮するためのメンタル・コントロール」です。ここ一番の勝負所で集中力を維持して最高のパフォーマンスを発揮するには、強い精神力がモノを言います。
したがって、監督やコーチが試合前や最中にアスリートたちに送る、精神力を高める勇気づけのメッセージ、すなわちペップトークが勝敗を左右する場面も多いのです。一説には17兆円産業ともいわれるアメリカのスポーツ界においては、試合に出る本人たちと同じくらいに監督やコーチなどリーダーの“言葉の力”が重要視されています。
ビジネスシーンで成果を生む“ペップトーク”
近年では、ペップトークはスポーツのみならず、ビジネス、教育、医療、地域コミュニティーなど様々な分野で使えることが分かってきました。上司が部下に、教師が生徒に、医師が患者に、リーダーが住民に、勇気づけの言葉を送って集団・組織を盛り上げるといった数々の成果が報告されています。日本では、一般財団法人日本ペップトーク普及協会(代表理事:岩﨑由純氏)の活動により、各地でペップトークを題材にした講演会や研修が開催され、分野を問わず次第に広がりを見せています。
ビジネス分野では、戦略を立てる際、営業活動を進める際、商品開発に取り組む際など、出来ない理由を並べるのではなく、どうしたら出来るのかというポジティブな発想と姿勢をペップトークによって生み出すことができます。
つまり、組織のリーダーが言葉の力を味方につけるための手法であり、本コラムでは、リーダーがペップトークを使いこなし、部下と組織を「ポジティブにするための発想の仕方」と「具体的な言葉がけの改善法」を詳しく紹介します。
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