「そんなことは自分なりにやってきたよ」と思われた方もいらっしゃるでしょう。そのような管理者は優秀であり、おそらく人望があり人材育成において豊富な実績をお持ちのはずです。
ただ、多くの企業で見られる困った問題は、優秀な管理者がスキルを発揮できている間は部下も育ち組織の成果も上がっていきますが、その人が異動したり辞めたりして組織にいなくなった途端に、部下のモチベーションも成果も下降線をたどることです。
「見える化」は「共有化」につながる
近年は、組織の運営について有効なやり方を「会議運営マニュアル」「資金管理マニュアル」などのマニュアルにまとめ、組織内の誰が見ても内容が分かり、担当者がいなくなっても後任者がすぐに引き継げるようになってきました。このような考え方や手法を「見える化」と呼び、見えるようになった物事の流れや上手くいく手順は、どの社員にも「共有化」されることで効率よく効果的な組織運営を実現できます。
相手のモチベーションアップをはかるペップトークも、「見える化」をお勧めしています。その手段としては、モチベーションアップのステップを用いながら、起承転結をベースとしたシナリオとしてまとめます。
シナリオの基本的な流れ
モチベーションアップのステップである各項目「現状の受け入れ」「とらえ方変換」「して欲しい変換」に「背中のひと押し」を加えて4項目とし、起承転結の流れに当てはめます。起:状況の受け入れ →相手の現状や行動を承認するトーク
承:とらえ方変換 →ポジティブな発想変換を促すトーク
転:して欲しい変換 →具体的な行動を指示するトーク
結:背中のひと押し →成果に向けて激励するトーク
この流れに沿って、シナリオの簡易的な例を見ていきましょう。場面は、競合他社とともに参加する新商品のプレゼンテーション会(商談会)を前にして、プレゼン担当の部下に上司がペップトークで激励するところです。
起:これまでは競合のA社が連勝している。
なぜだか分かるかい?
承:顧客ニーズに徹底して応えているからだよ。
それができれば、我が社にも勝機があるはずだ。
転:本番までに再度お客様のニーズを洗い直そう。
本当に求められているものは何か、追究しよう。
結:さあ、やるべきことはハッキリした。
今度こそ、A社に勝って祝杯をあげよう!
ここでポイントとなるのは、「起」で敵側のA社について「連勝している」という表現を用いていることです。もし「我が社は連敗している」と表現してしまうと、社員は「また負けるかも知れない」というマイナスのイメージを無意識に持つ危険性があります。
たとえ敵側のことであっても「勝つ」というポジティブなイメージを与えることによって、「今度こそ我らが勝つ」という意思を社員が抱きやすくなるのです。
残念な例、良好な例の比較
部下が提出してきた提案書が上司の期待レベルより低かった場合、どのような言葉がけで書き直させると良いのかについて、部下のモチベーションが下がる残念な例と、おそらくレベルアップしたものが再提出されるであろう良好な例を比較しながら見ていきましょう。(×残念な例)
起:昨日提出してもらった提案書だが、商品の特徴をダラダラと書いているだけだ。
頑張った割には、分かりにくいよ。
承:君が提案したいことを一方的に書いて、お客様のニーズを考えてるか?
結局、お客様の事なんて、これっぽっちも考えてないだろう。
転:そのお客様が知りたいのは、デザインの斬新さ……だけじゃないんだな。
分かってないなあ。
結:もっと、お客様の目線で書かないとダメだよ。
書き直し!
(〇良好な例)
起:昨日出してもらった提案書は、商品の特徴をトータルに書いてあるね。
よく頑張ったと思う。ありがとう。
承:あとは「提案する側の都合」も大切だが、「提案される側の気持ち」も重要だ。
要するに、お客様のニーズをもっと考える必要があるよ。
転:そのお客様が知りたいのは、デザインの斬新さ以上に、コストなんだよ。
その部分をもっと強調して書こうよ。
結:お客様の目線で書けるようになると、成果も上がり、やり甲斐もアップするぞ。
期待してるよ!
良好な例のポイントは、まず「起」の部分で、たとえレベルが低かったとしても頑張って書いてきたことに対しては承認してあげることです。具体的にどうしたら良いかは後の段階で指摘すればよいので、入り口の段階で相手が心を閉ざさないように注意します。
次に「承」では、自社の都合しか考えていない部下に対し、“お客様の目線”を思い出させることが部下の「とらえ方変換(発想変換)」につながります。また「転」では、コストを強調して書くよう告げており、これは「して欲しい変換(具体的指示)」を心がけた結果です。
最後に「結」において、相手がモチベーションを高くして取り組めるよう、ポジティブな激励の言葉で送り出します。
ミーティングの場でシナリオを共有化
部下の育成が得意な管理者の話を聞くと、共通しているのは「部下にポジティブな発想を促すこと」や「具体的な指示を与えること」といったように、ペップトークのシナリオと重なる部分が多いことに気づきます。したがって、社内に部下の動機づけで成功した管理者がいれば、その人のトークをシナリオに沿ってまとめることで、他の管理者が「発想変換の促し方」や「分かりやすい指示の出し方」を勉強できる実践的な参考書になります。
次回は、ペップトークの応用編として「マーケティングや問題解決の現場での活用」について解説します。現場で成果を挙げていくために、ペップトークを活用しながら、どのように発想し、どのように言葉がけをしていくと良いのかを考えます。
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