※1:【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第3回)】 「人的資本開示」に向けて実践すべき4つの問いかけとは何か
※2:【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第2回)】金融庁から示された「人的資本開示」の具体的な方法を、4つのポイントから解説
前回の連載では、一つひとつの経営戦略に対して、個別の人的対応を紐づけた形でストーリー仕立てにするというヒントを示しました。「エレベータートーク」のように、1分間といった極めて短い時間に、「要するに、会社が今取り組んでいる経営戦略を企画・実行するための人的な手当てとしては……を行っていて、これにより経営戦略は必ず成功すると確信しています」というコメントが感じ取れるストーリーになっていれば良いのです。
上記の「具体的な方法」と同じく1月31日に金融庁から公表された「記述情報の開示の好事例集2022」(サステナビリティ情報等に関する開示)(※3)に示された「好事例」は、「開示」の本質を理解し、単なる開示対応の先にある「今後HRをどうするのか?」を考える上でも有用な資料です。この資料の「2.『社会(人的資本、多様性 等)』に、開示例が転載されている17社は、いわば金融庁が人的資本の価値向上に対して進んだ取組みを行っていると認定している企業群と言っても良いでしょう。
※3:金融庁「記述情報の開示の好事例集2022」の公表(サステナビリティ情報等に関する開示)
丸井グループが示唆する「開示と経営戦略のリンク」の重要性
その中でも、今回の記事では、一例目にある丸井グループをとりあげます。同社は、2022年まで5年間「健康経営銘柄」や「なでしこ銘柄」にも選出されていて、ウェルビーイングや多様性に熱心な企業として名が通っている企業です。丸井グループは3月決算なので、上記金融庁の資料ではなく2023年3月期の有報をベースにその他HPに掲載されている資料を参照します。
同社開示の人的資本について、特徴的な内容は以下の通りです。
(1)有報の「サステナビリティ」の所に開示された内容の小見出しは
「 2.会社の考える人的資本経営」の一つ目として<企業文化変革のための取り組み>」について
1)企業理念、2)対話の文化、3)働き方改革、4)多様性の推進、5)手挙げの文化、
6)グループ間職種変更異動、7)パフォーマンスとバリューの二軸評価、8)Well-being
と経営全体にも関連し、かつ多方面で人的資本経営を推進している同社の状況について具体的に理解できるよう記述されている
(2)特に、企業理念としては、「お客さまのお役に立てるように進化を続ける」という顧客重視の理念と並んで「人の成長=企業の成長」という人の成長こそが企業成長の源泉という「人的資本経営」の神髄を明記している
(3)また「多様性の推進」では、「女性イキイキ指数」」として、開示義務のある「女性リーダー比率」(40%)、「男性の育休取得率」(100%)に加えて、「女性の上位職志向」(75%)、「男性の育休取得率(8週以内)」(80%)といった他社より一歩先を進んだ数値も示している
(4)二つ目の<企業文化変革を通じた社員エンゲージメントの向上>の項目にも、「働き方と組織のイノベーション」を作るための取組みとして「公認イニシアティブ(筆者注:プロジェクトのこと)の拡大」、「課長のいない組織」、「早期管理職登用」といった具体例を列挙している
(5)人的資本経営に関する「指標」については、40項目以上を掲載し、2018年度からの進捗度合いがチェックできるようにしている
金融庁の好事例の最初に掲載されているだけに、筋金入りの人的資本経営への取組みを感じることが出来ます。
本当に素晴らしい「人的資本経営への取組み」「開示内容」だと思いますが、証券アナリストとして、2005年から「人的資本経営」に長年取り組んできたという、その成果=業績への影響をどうしても気になります。
丸井グループの経営改善あるいは、経営理念にもある「人の成長」とも一体的な「企業の成長」を端的に表しているのが「株価」です。
丸井グループの企業価値(株価)は、リーマンショック前の2006年に一旦のピークをつけ、その後下落、そして現社長の青井浩氏が推進したクレジットカードビジネスで息を吹き返し、さらにインバウンド需要に支えられて最高値を2018年に達成しました。その後、コロナ禍の直撃があったものの、最近のコロナ終息の動きを経て、また回復の道を進み、2018年に記録した最高値を目指す動きになっています。
元々、スーパー、その後コンビニ、ネット通販の台頭によって構造不況が指摘されていた百貨店ビジネス(=小売り)の活路としてクレジットカードという金融ビジネスを採り入れた同社。そのことが他社を上回る株価動向を導き、そして今度はクレジットカードビジネスが頭打ちとなる中、2019年からは「小売り×フィンテック×未来投資」という3本柱を中期の経営戦略として掲げています。
小売りとはもちろん百貨店やECであり、フィンテックはクレジットカードを中心とした対応なのですが、これに2019年以降付け加わった「未来投資」の内容……実はこれこそが青井社長が「人的資本経営」を標榜する意味があるのです。
即ち、「未来投資によって切り拓く新たな事業開発、イノベーション」が丸井グループの今後の企業成長を達成する原動力であり、それを達成する担い手が「人」、それゆえの企業理念が「人の成長が企業の成長」ということなのです。
これについては、同社が人的資本開示において今後開示していく「人的資本投資」の範囲について、「再定義」していることが大きな意味を持っています。
未来の事業拡大を見据えた丸井グループの「人的資本投資」の内訳
丸井グループの2023年3月期有価証券報告書では、人的資本投資の内訳をSTEP1~3という形で示しています。「STEP1の人材投資」は、これまでも力を入れてきた一般的な人材投資に加えて「中計推進会議」や(各種)「プロジェクト」などへの社員の参加費用も入れています。こうした機会も人材育成の一環としても大いに活用していくのだという経営の強い意思を示しているといって良いでしょう。引用元:株式会社丸井グループ 有価証券報告書 2023年3月期「有価証券報告書(第87期)」P,26
引用元:株式会社丸井グループ IRライブラリー 人的資本経営「人的資本経営 #1 ~企業文化の変革~」P,30
この連載で何度も強調してきた、「経営に資するHR=人的資本経営」という姿が明確です。投資も増やし、経営改革に明確にリンクする……つまりHRがHR単独で変革するのではなく、経営と一体化したものとして、昭和のHRから変革していくのです。
前回、前々回で書いてきたように、これからは「経営戦略とウェルビーイング」を達成するためのHR、即ち「HR3.0」の時代です。丸井グループが示す人的資本経営、是非皆さんの会社も参考にしていただきたいと考えます。
丸井グループに限らず、多くの日本企業は、「失われた30年」からの脱却を図るために、新たな事業開発、イノベーションを積極的に行っていかなくてはならない状況です。
そうした今の状況に正に求められているのは、時代が要請する「経営改革」を推進する「人的資本経営」であり、これを一企業ではなく、日本の産業全体で「HR3.0」のような革新的なHRの刷新を進めていくことではないでしょうか?
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