「採用戦略」と「退職者のケア」は、一見すると相反することです。しかし、相反することを掘り下げていけば、現代の労働に関する課題が浮かび上がっていきます。今回は、「令和4年版 労働経済の分析(労働経済白書)」の内容を手掛かりに、“退職者のケア”の必要性を考えていきます。
“退職者のケア”はなぜ必要なのか? 採用戦略にもつながる理由を解説

キーワードは「労働移動」

厚生労働省の「令和4年版 労働経済の分析(労働経済白書)」では、『労働者の主体的なキャリア形成への支援を通じた労働移動の促進に向けた課題』として、「労働移動」を大きく取り上げています。

白書では「実質賃金の増加には労働生産性の上昇が重要であること」、そして「労働生産性の上昇と労働移動の活発さには正の相関が見られること」について触れられており、アメリカ・カナダ・スウェーデンなどの諸外国と比較し、日本の労働移動の活発さが低水準となっていることが示されています。

また、「労働生産性」と「労働移動」に必ずしも因果関係が存在するわけではありませんが、「労働移動が活発であると、企業から企業への技術移転や会社組織の活性化につながり生産性の向上にも資する可能性がある」と述べられています。

実際に、政府の全世代型社会保障審議会議がまとめた「令和4年12月16日 全世代型社会保障構築会議 報告書」では、今後「労働移動円滑化に向けた指針」を官民で策定し、構造的な賃上げにつなげていくことが必要であるとされています。

転職に関する実態の把握 ~「令和4年版 労働経済の分析(労働経済白書)」より~

それでは次に、白書に掲載されている、主な調査報告の内容を取り上げます。

●入職者に占める「転職入職者の割合は6割程度」

入職者に占める転職入職者の割合をみると、企業規模計では、1991年~2006年にかけてやや上昇した後、6割程度を横ばいに推移。規模が小さいほど入職者に占める転職入職者の割合が高い傾向だが、長期的に、企業規模1,000人以上の企業において上昇傾向がみられ、2020年時点ではいずれの企業規模においても、入職者のうちの半数以上を転職入職者が占める。

●転職希望者は「就業者のうち4割程度」

2018年12月時点において、転職希望者は就業者のうち37.6%。転職希望者のうち、転職活動している者は15.2%、2年以内転職者は20.5%。転職希望者のうち、実際に転職活動を行う者や転職を実現する者は1~2割程度。

●転職活動へ移行する要因は「仕事の満足度が低い」、「ワークライフバランスが悪化」、「キャリアの見通しができている」など

「仕事そのものに満足していた」、「職場の人間関係に満足していた」など、仕事に対して満足感がある場合は、転職希望者や転職活動している者の割合が低い。「処理しきれないほどの仕事であふれていた」、「仕事と家庭の両立ストレスを感じていた」など、仕事に対して負担やストレスを感じている場合は転職希望者の割合が高い。また、「今後のキャリアの見通しが開けていた」場合も高い。

なぜ“退職者のケア”が採用戦略のポイントとなるのか?

●必ずしも、すべての従業員が「終身雇用」を求めているわけではない

白書にもあったように「就業者のうち4割が転職を希望」しています。少子高齢化・社会構造の変化により、「終身雇用」という仕組みが必ずしも安泰とは限らず、配偶者や子どもを養うための収入や、老後の安定した生活が保障されるわけでもなくなってきています。

転職活動へ移行する理由にもあったように、今後は「ワークライフバランス」や「キャリアの見通しができる」ことなどを重要視する傾向がまずます強くなると考えられます。「終身雇用」はとても大切な仕組みですが、少なくともそれだけに固執する必要はありません。むしろ“転職をすることも1つの選択肢”といったゆとりを会社側が持たないと、組織内でワークライフバランスを実現することも難しくなります。そうなると、より多くの退職者を出してしまうことになりかねません。

●“退職者のケア”を通じて、「会社の課題・本質」が見えてくる

退職する理由というのは、必ずしも前向きなことばかりではありません。白書の調査にもあったような「仕事・人間関係の満足度が低い」ということも多いと思います。そうなると、会社側も離職した理由について従業員に深く聞くことが難しくなるのも事実です。

しかし退職者であっても、退職日を迎えるまでは、所属している会社へ最大限貢献する使命があります。従業員にとっては、退職の意思を会社へ申し出てから退職するまでの期間だからこそ「会社へ伝えたいこと・伝えやすくなったこと」が必ずあるものです。会社として退職者の意見に蓋をしてしまうことは、「会社の課題・本質」に踏み込む機会を逃していることになります。その機会を逃がさないためにも、ぜひ“退職者のケア”を通じて、退職者の話に耳を傾けましょう。

“退職者のケア”というのは、このような話を聴く機会をつくることなどにより、会社が「退職者の新たな人生を全力で応援する姿勢」となります。その会社と雇用関係を解消したとしても、退職者と会社が違う形で良い関係をつくることにもつながっていくでしょう。

●「会社の課題・本質」が見えれば、採用戦略も見えてくる

“退職者のケア”により「会社の課題・本質」が見えることこそが、採用戦略のポイントです。会社の課題解決につながる人材や、会社の本質・理念に合った人材を確保するためには、会社としてどのような戦略を立てたらよいのかということが見えてくるのです。

会社の規模などにもよりますが、そもそも白書の調査にもあった「転職入職者の割合は6割」ですので、新入社員の過半数は転職者ということになります。つまり、入職日の前日までは“他の会社を退職した人”です。自らの会社の退職者に対して「退職者の新たな人生を全力で応援する姿勢」が職場風土として根付いていけば、それは新たな入職者に対しても「入職者の新たな人生を全力で応援する姿勢」に結び付き、誰もが働きやすい環境へとつながっていくはずです。

●会社内の“労働移動の充実”を目指そう

最後に「労働移動」について触れておきます。そもそも「労働移動」は転職に限ったことではありません。社内で仕事が変わるのも「労働移動」です。従業員が「現在の仕事では、能力を十分に発揮できない」と考えている場合、他部署への異動や転勤などにより能力が十分に発揮できるのであれば、生産性向上につながります。

従業員がその能力を更に発揮する場が“会社の外”であれば、転職・兼業などによる労働移動をぜひ応援してほしいものですが、その場を“会社の中”に作れるのであれば、社内の労働移動の仕組みの充実を図ることをおすすめします。

すべての従業員の人生を全力で応援することで、「生産性の向上」を目指しましょう。


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