2018年「副業・兼業ガイドライン」が制定されたことにより、「副業・兼業」を取り巻く環境が大きく整備されました。このガイドラインは、2020年9月、そして2022年7月に改正され、副業・兼業の「原則禁止」から「原則許可」へと動きに拍車がかかっています。そして「副業・兼業」は、単に収入増を図る手段としてだけでなく、自らのキャリアプランを構築する「自律心を目覚めさせる仕組み」として活用することも注目されています。企業には、この変化を「社員の育成強化を図るチャンスの到来」と捉え、支援していく度量が求められます。
社員の育成を強化しキャリア自律を実現する「副業・兼業」のすすめ。企業がすべき支援とは

「副業・兼業」をめぐる従来の常識と状況の変化

戦後、日本の企業では「終身雇用」が基本的な考え方とされてきました。「Japan as No.1」と言われた1970年頃は、この終身雇用制による社員のモチベーションの高さこそが、高度経済成長の原動力と称えられたのです。

終身雇用の下、一度正社員として「就社」したからには、その企業一筋で脇目も振らずに働き続けることが求められました。そして企業は、社員に家族を十分養っていけるだけの給与を支払い、それぞれのキャリアプラン実現を支援します。従って、社員は「一所懸命(中世の武士が、1つの所領を命にかけて生活の頼みとしたこと。「一生懸命」の原義)」であるべきで、「副業・兼業をするなどはもっての外」との発想が一般的でした。

そのような中で、「副業・兼業」に対する考え方を大きく変化させた出来事がありました。2008年のリーマンショックと、ここ数年来の新型コロナウイルス感染症拡大です。売上が大幅に落ち、休業せざるを得なくなった企業が続出しました。大手企業でも、休業中に他社に出向させたり、雇用を必要とする企業への転職を展望して副業させたりする例もありました。

「働き方改革」の推進とガイドラインの制定で「副業・兼業」が大きく転換

日本ではオイルショック後の経済的低迷が長期間続き、途中バブル期などがあったものの、経済成長から取り残された国となってしまいました。そこで反転攻勢のために打ち出されたのが、2019年の安倍内閣による「働き方改革」です。これは、従来の労働慣行を「同一労働同一賃金」の観点から見直したり、「労働時間の削減」による企業の労働生産性向上を求めたりするものです。

相前後して、2018年1月に厚労省が「副業・兼業に関するガイドライン」を制定しました。これにより、副業・兼業が従来の「原則禁止」から「原則従事できる」と大きく転換しました。また、2020年9月には、副業・兼業をさらに推進するための改正が行われました。

職種や労働時間など、「副業・兼業」の現状は?

では、副業・兼業の現状はどうなっているでしょうか。株式会社パーソル総合研究所の「第2回 副業の実態・意識に関する定量調査」(2021年3月調査)に基づいて見てみます。

●副業を行っている正社員の割合
・「現在している」…9.3%
・「過去したことがある…」9.5%
若い社員ほど副業を行っている割合が高い傾向

●副業の職種
・「WEBサイト運営」…12.6%
・「配送・倉庫管理・物流」…11.2%
・「WEBライター」…8.6%
・「インターネット通販・ネットショップ店舗販売」…7.7%
他は、事務アシスタント、専門職等

●副職の理由
・「副収入を得たいから(趣味に充てる)」…70.4%
・「現在の仕事での将来性に不安」…61.2%
・「本業の収入だけでは不十分」…59.8%
・「自分が活躍できる場を広げたい」…50%
・「本業では得られないスキル・経験を得たい」…48.9%
・「副業では好きなことをやりたい」…48.2%

●副業の時間と収入
・「日数」…1ヵ月当たり平均9日
・「労働時間」…1ヵ月当たり平均29.5時間
・「月収」…平均4.1万円
・「時給」…平均1,883円

●副業のプラス効果
・スキル・知識向上
・創意工夫
・成果意識・自律性向上
・変化容認意識の向上 他

●副業の課題
・過重労働になり体調を崩した
・本業が疎かになった 他

「副業・兼業」の支援で実現する人材育成

これまでは「就社」により、企業も社員も“社内のキャリアプラン”だけを考えて能力開発を行ってきました。「我が社の常識は、世間の非常識」などと言われることがありますが、その企業規模が大きい程、世間との乖離が出やすい傾向にあるようです。公務員や、業界のリーディングカンパニーなどがその例に挙げられます。そして、組織の規模を問わず「井の中の蛙、大海を知らず」の傾向は、どこにでも見られます。それを排する手段として、他流試合ともいえる「副業・兼業」が大いに役に立つのです。

一方、社員も自己のキャリアプランについて、「企業に任せておけば安心」という時代が過ぎ去ったことを思い知ることも必要です。昨今「リスキリング」という言葉がよく聞かれるようになりました。これは、社員自身が主体的な判断で「何を学び直すべきか」を熟考することが前提となります。その結果、本人が求める分野の業務を行っている企業で「副業・兼業」することで、生きた「リスキリング」ができるのではないでしょうか。

例えば、昨今のデジタルトランスフォーメーションの進化に追い付くことが、多くの企業で求められています。机上で学ぶより、この分野に「副業・兼業」で飛び込むほうが、効率的な能力取得方法と言えますし、そのような成長は、当該社員の勤務企業にも貢献できる能力となります。

また、高齢化により「長く続く退職後の人生をどう充実させるか」も大きな課題になってきました。退職してから、いざ「何をすべきか」が分からなくなる人たちが増えています。その時に備えて、定年退職後に挑戦したい分野の仕事について、退職する前に「副業・兼業」として体験しておくことは大変役に立つ経験と言えるでしょう。そのような自律的な退職者は、勤務企業にとっても歓迎すべきではないでしょうか。

しかしながら、いきなり「副業・兼業」を大幅に認めることに躊躇する場合もあると思います。そのような場合には、「副業・兼業に類似した制度」を活用することで、そのハードルを下げることができます。

下記は、いずれも実例のある取り組みです。このような制度を企業が積極的に採用することで、1社のみに依存しない「自律的な社員」を育成できるのです。

●社内副業
自社内において、勤務時間の一定時間以内で今後挑戦したい部署の仕事ができる仕組み。社内FA制度に類していますが、副業的な取り組みにより、気軽に体験ができます。

●社内起業
退職せずに新しく起業して、自ら当該企業に出向する制度です。事業戦略や資金調達など、経営者としてのノウハウや視点を身につけるのに最適な仕組みです。

●週末に複業(パラレルキャリア)
本業の定休日となる週末など限定で、社員がやってみたかった職種に勤務する。脱サラのリスクを軽減しつつ、本業では得られない情報や人脈を得ることができます。

企業には今後、社員自身に「自らのキャリアプランを構築し、実践する力」を身に付けさせ、それを会社に還元する仕組みとして「副業・兼業(類似制度も含め)」を活用することが望まれます。


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