賃金が「88,000円以上」でも社会保険の対象にならないケース
2022年10月からの社会保険適用拡大により、現在は「従業員数101人以上500人以下の企業で勤務する短時間労働者」についても、次の4つの要件の全てを満たした場合には社会保険に加入することが義務付けられている。(2)月額賃金が88,000円以上
(3)2ヵ月を超える雇用の見込みがある
(4)学生ではない
上記(2)が「賃金の要件」である。この要件は、上記(1)の「労働時間の要件」と同様に2022年9月までの基準と相違はないが、取り扱いを誤りやすいので注意が必要である。特に気を付けたいのは、短時間労働者に支払う1ヵ月の賃金が88,000円以上でも、社会保険加入の対象にならないケースがある点である。
例えば、1ヵ月の賃金が「89,000円」のパートタイマーがいるとしよう。この金額には「3,000円分の通勤手当」が含まれているとする。この場合、1ヵ月の賃金は88,000円以上なので、他の要件も満たすのであれば社会保険加入の対象になると思えるかもしれない。ところが、このケースは社会保険加入の対象にはならない。理由は、「賃金の要件」は通勤手当を除いて判断するためである。
上記パートタイマーの月額賃金は、通勤手当を除外すると「86,000円」(=1ヵ月の賃金89,000円-通勤手当3,000円)である。88,000円以上には該当しないので、「賃金の要件」は満たさないと考えるのが正しいわけである。
他にも、時間外手当や精勤手当など、最低賃金の対象とならない賃金は除外して「月額賃金が88,000円以上か」を判断しなければならない。しかしながら「賃金の要件」は、往々にして賃金の支給総額で判断しがちである。前述のケースのように支給総額の中に除くべき手当が含まれている場合には、誤って社会保険対象外の者の資格取得手続きを進めかねないため、注意が必要である。
所定労働時間が週単位のときは、賃金額を月額に換算して判断する
次は、所定労働時間が週単位で定められているケースを考えてみよう。企業と短時間労働者が週単位で労働時間を契約しており、それに基づいて賃金額が定められている場合、月額賃金が「賃金の要件」を満たすかはどのように判断すればよいのだろうか。このような場合は、「週の所定労働時間に応じた賃金額を月額に換算した場合に、88,000円以上になるか」で判断をすることになる。具体的には、1年間を「52週」と考え、まずは週の所定労働時間に応じた賃金額に52週を乗じて年間の賃金額を算出する。次に、算出された年間の賃金額を12ヵ月で除することにより、1ヵ月の賃金額に相当する金額を導き出すのである。
具体例で考えてみよう。例えば、「週4日・1日5時間勤務、時給1,080円」の契約で雇用するパートタイマーがいるとしよう。このケースでは、1週間の所定労働時間は「20時間」(=4日×5時間)であり、1週間の所定労働時間に応じた賃金額は「21,600円」(=1,080円×20時間)となる。この場合、21,600円に52週を乗じた年間の賃金額は「1,123,200円」であり、1,123,200円を12ヵ月で除した1ヵ月の賃金額に相当する金額は「93,600円」となる。88,000円以上なので、「賃金の要件」を満たすと判断できるわけである。
社会保険加入後に月額賃金が88,000円を下回っても資格は喪失しない
最後は、「短時間労働者を社会保険に加入させた後、月額賃金が88,000円を下回ったケース」を考えてみよう。雇用契約に基づけば月額賃金は88,000円以上なのだが、遅刻や欠勤が発生したために実際の支給額が88,000円を下回ったような場合である。このようなケースで、当該労働者を社会保険から抜く手続きを取るのは誤りである。社会保険加入後は、雇用契約が見直された結果として、月額賃金が88,000円を下回ることが明らかにならなければ、原則として社会保険から抜けることはないためである。仮に、遅刻や欠勤などで実際の支給額が88,000円を下回ったとしても、雇用契約どおりに勤務が行われれば月額賃金は88,000円以上になるのだから、誤って資格喪失手続きを取ることがないように注意をしたい。
ただし、雇用した短時間労働者が契約どおりの勤務を全く行わず、月額賃金が常態として88,000円を下回ることがあるかもしれない。そのような場合には雇用契約を見直した上で、厚生年金・健康保険の資格喪失手続きを取ることを検討すべきであろう。
社会保険の適用拡大は、短時間労働者の「将来の年金増額」を可能にする、極めて重要な社会保障施策である。従って企業の人事労務担当者には、誤りのない対応が必要となる。
なお、まだ解説をしていない要件のうち「雇用期間の要件」の考え方については、下記の関連記事を参考にしていただきたい。
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