2020年から不定期的に現在まで4回、NHK BSプレミアムで放映された「魔改造の夜(※)」は、日本の超有名メーカー、町工場、ベンチャーが入り乱れて「魔改造」を競う人気番組です。この「魔改造」とは、フィギュアや自動車などに、機能性を求めるのでなく、無意味・悪趣味とも思える形で、大幅な改造を加えることです。
※:NHK BSプレミアム「魔改造の夜」
日本企業に必要な「破壊的イノベーション」へのシフトチェンジ
この「魔改造の夜」では、例えば、下記のような、番組から与えられた魔改造の課題にエンジニアたちが取り組み、3社のコンペティションで順位を争います。

 ・ポップアップトースター(側だけ残したもの)で食パンをどこまで高く飛ばせるか
 ・扇風機(の体裁だけ残したもの)を風力のみで走らせて50mをどれだけ速く走らせるか
 ・太鼓を叩くクマの玩具(の体裁のもの)が瓦を何枚割れるか
 ・赤ちゃん人形(の体裁のもの)で8mの綱をいかに速く登るか
 
改造予算は5万円以内、開発期間は1ヵ月などの縛りがあって、参加企業のエンジニアたちがチームを作って頭をひねり、手を動かしながらの試行錯誤の中で開発してきます。その様子を映す、この「イノベーションエンターテイメント番組」は、テレビ界における各賞を受賞する人気番組となりました。

例えば、太鼓を叩くクマの玩具(の体裁のもの)が瓦を大きな力で割る、その枚数を競うという内容は、ビジュアル的にもインパクトがあります。それだけでなく、一流のエンジニア達が、少年・少女に還った感じで、朝から晩までチームで試行錯誤を苦労しながら開発していくのですから、面白くないわけがありません。

参加企業も、NHKらしく企業名をぼかすことはあっても、トヨタ自動車が「Tジドウシャ」というように類推でき、そのほか日産自動車、本田技研、リコーといった大手メーカーが参戦しています。

こうした大企業が「負け」のリスクも顧みずに参加し、実際大企業がボロ負けを喫することも多いこの番組は、ある種露骨に日本のイノベーション、あるいは技術開発というものを考える上で示唆深い番組なのです。

さらには、2022年の4月から、これまで4回放送された「魔改造の夜」を題材とし、「魔改造の夜 技術者養成学校」として8回、Eテレでレギュラー番組的にゲストを招いて、日本の技術開発、ものづくりに関して深堀りをしています。

「魔改造」の夜から考察する日本企業のイノベーションの現状とは

さて、それではこれらの番組から透けて見える日本のイノベーションの現状はどういうものなのでしょうか?

まず、恐らく視聴者なら一様に感じたであろう一つ目は、「エンジニアは、こんな風に職人芸的な泥臭い試行錯誤をしながら商品開発、技術開発をしているんだ……」という一種の驚きです。

「魔改造の夜」で出されるお題は、「高く飛ばす」とか「早く進む」という「動力系」の技術が中心なので、結局「モーター」あるいは「エンジン」がメイン機能となり、動力増幅のアウトプットを制御するための「センサー」などを使いながら、分析やアイデアで材料、構造などを決めていく感じです。

上記のような開発そして、開発費用、期間の縛りの下では、巨大な資本力・設備力、蓄積された分厚い技術力など大企業のアドバンテージ発揮の場面も少なく、ベンチャーも町工場もさほど変わりがない結果となりました。開発では、参加したエンジニアの経験や勘、そしてチームワークといったものが問われたように思います。

そして、視聴者が共通して感じるであろうことの2つ目は、「日本のものづくり、未だ健在なり」ということでしょう。

エンジニアが粗末な材料と格闘しながら懸命に開発を続けている様は、「日本のものづくり」の優位性を感じさせるのに十分であったように思います。

ただ、筆者としては、「待て待て、そういうことでは現代の『ものづくり』、今の時代の言葉で言えば、より広い用語である『イノベーション』は語れないだろう」と言いたいのです。

「魔改造の夜」で、テレビ画面の中で奮闘していたエンジニアたち(多くは比較的若い人、そしてチームリーダーは大体、経験豊富な中堅やベテラン)は、賦与された開発を「業務」として行い、そしてその開発の「お題」そのものも既に「与えられて」います。

少しでも良いものにしようとする工夫を極める開発は、前回整理したイノベーションの定義では「創造的イノベーション」(持続的イノベーション)に属するものであって、日本が「失われた30年」で大きく劣後してきた「破壊的イノベーション」とは大きく異なるものです。

「創造的イノベーション」は、昔から日本企業の「現場」、特に技術開発の現場では日常的に活発だったことであり、開発が本分であるエンジニアにとっては、「お手のもの」。それもオモチャなどの小さな物体であり、動力系のものであればなおさらです。

既存の概念にとらわれない新たな発想で新製品や新サービスを生み出していく、「破壊的イノベーション」については、「魔改造の夜」では発揮されません。あくまでも泥臭い手作業的な職人芸の延長線上です。

「魔改造の夜」の中の、創造的イノベーションにおいても、例えば、分析や開発においてAIや3Dプリンターなどインターネット時代の最新のテクノロジーが使われたことは筆者の記憶ではありませんし(材料費に金額的な縛りはありましたが、分析機器には縛りはないはずです)、あくまでも、旧来の(昭和からの)連綿と続くテクノロジーでのイノベーションの範囲の話です。

ところで「魔改造」というものは、本来の機能や見かけとは全く違う、「ぶっ飛んだ」改造のことを言います。「何でもあり」の漫画の中で試みられ、YouTubeなどの動画世界で活発になったようです。そして、工夫の好きな日本人YouTuberの間で盛んになっているようです。

当番組のファンとしては、イノベーションというものを扱うのであれば、新型コロナ前に多かった「日本スゴイ」の民放番組とは一線を画し、日本人の「破壊的イノベーション」に刺激を与えるような「ぶっ飛んだ」改造、もしかすると、日本の過去のものづくりの良かった点と悪かった点が浮き彫りになるような整理が欲しかったように思います。ないものねだり、かもしれませんが……。

安くてスペックを絞ったものが好まれるアジア市場においては、自己満足的な機能テンコモリの高価格商品が多い日本製品は、中国製品や韓国製品の後塵を拝してきました。ぶっ飛んだ「創造的イノベーション」の範疇では、ガラケーがスマホに負けたように、ここでも「失われた30年」では分の悪い戦いを続けてきました。

一つ間違えば、「日本のものづくり礼賛」になりかねないこの番組が象徴しているように、日本経済には過去からの踏襲をベースにした「ものづくり信仰」にも似た奢りが居座ってきたようにも思えます。もちろん、コロナ禍で露になった「DXへの遅れ」で、そうした信仰や「日本スゴイ」発想はすっかり影を潜めています。

日本経済が求められるのは「破壊的イノベーション」です。とはいえ、破壊的イノベーションは難しいものですから、まずは、そのものづくり自体について、多面的に見直すことが重要でしょう。スティーブ・ジョブスが、そのときにはまだニーズが世界にはなかったiPhoneを生み出したような「破壊的イノベーション」というものを意識し、そうしたイノベーションを今の日本社会ではどうやったら生み出すことが出来るか。このようなことを、社会を挙げて追求することが大事なのではないでしょうか?

その点、先日最終回の第8回が終了した「魔改造 技術者養成講座」には、多様性があり、中々興味深い回もありました。大概は、これまで4回放送された「魔改造の夜」についての追体験であり、厳しい言葉で言えば、日本のイノベーションの過去を是としその優秀さに学ぼうとするものの方が多かったように思います。ただ、アンドロイドで有名なロボット工学の権威・石黒浩教授登場の第6回(※)では、「人間のようなロボットをどう作るのか?」という問いが発せられ、エンジニアを志す若者が、「人間らしい動作を機械にさせる」という、この難問に関する端緒となるような課題に対し、各人各様のチャレンジをしていました。
※:NHK Eテレ 第6回「魔改造 技術者養成講座」

これは可能性を感じさせる内容です。第7回も「アイデア出し」の具体的な方法を伝授するような優れた内容であり、今後の日本企業が取組んでいかなければいけない最重要課題の一つが「イノベーション」であることを明確に示していました。

「魔改造の夜」の番組で語られる「技術者」(エンジニア)、「ものづくり」、そして「イノベーション」といった、今の日本の企業社会において、絶対的に強化すべきものについて、沢山の人が考え、そして社会、産業のあり方を変えていく。そのような、イノベーション、それも破壊的イノベーションを是とするような社会の方向性を歓迎します。

そして、過去の「ものづくり大国」の美名に胡坐をかくことなく、イノベーションの重要性、とりわけ「破壊的イノベーション」の発現を奨励し、イノベーション人財を意識的に育成していくような時代の到来を期待いたします。
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