プロフィール
服部 泰宏 氏
神戸大学大学院
経営学研究科 教授神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。国立大学法人滋賀大学専任講師、同准教授、横浜国立大学准教授、神戸大学准教授を経て、 2023年4月より現職。日本企業における「個人の優秀さ」をコアテーマに、人材の採用や評価、スター社員の発見と育成、そうした人材の特別扱いに関する研究に従事。2010年および2022年に組織学会高宮賞、 2014年に人材育成学会論文賞、2020年に日本労務学会学術賞などを受賞。
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人事プロフェッショナルの「持論とエビデンスの一致」「概念理解」「知識形成」を調査
――まずは、「日本の人事パーソンの知識に関する調査」の概要について教えてください。3つのことを調査することが目的です。1つ目は、経営学の科学的エビデンスと、日本の人事プロフェッショナルの持論が、どの程度一致しているのかを見るためです。人事の方々は、経験や学習から、例えば「リストラはこう進めた方がいい」などの持論を形成していきます。その持論と、経営学のデータ分析などからたどり着いたエビデンスは、どちらが正しい・誤りということはありません。ただ、同じ真実に分析してたどり着くこともあれば、現場での経験や学習から到達することもあります。その一致度合いを調査したいと考えました。
そして2つ目は、例えば「自己都合バイアス」などの学術概念や「パーパス経営」などのビジネス用語といった人事管理に関わる概念が、日本の人事プロフェッショナルにどのくらい認知され、活用されているのかを確認することです。
3つ目は、そうした人事管理に関わる概念が、どのようなルートを通じて獲得されているのか、そして持論と科学的エビデンスの一致はどのような要因によってもたらされるのかを見るためです。
――そもそも、なぜこの調査を実施することになったのでしょうか。
2011年にアメリカの経営学会に参加したセッションで、当時のアメリカ経営学会プレジデント Denise Rousseau氏が宣言した言葉を思い出したのがきっかけです。それは、「経営学は実践が重要な世界。にもかかわらず、私たちアカデミアが研究していることは、現場で知ってもらったり活用してもらったり、実践に対する貢献性が低いのではないだろうか」ということでした。この原体験から、もっと人事パーソンを巻き込んで実態を知りたいと考え、今回の調査を昨年実施することになったのです。
――調査はどのような人を対象に実施したのでしょうか。
私たちが直接データを取ったのは3つのカテゴリーの日本人です。1つ目は、日本の人事プロフェッショナル231名。ここでいうプロフェッショナルとは、企業の人事関連の職能に一定期間従事していることを指します。2つ目は、人事以外の日本のビジネスパーソン314名。そして3つ目は、ビジネスパーソンとしての経験を持たない神戸大学経営学部3年生124名です。また、アメリカとの比較をするために、アイオワ大学のSara Rynes教授が同様の調査で取得した959名のデータを拝借しました。
社員に対して「性善説的」な前提を置いている国内の人事
――では、実際の調査結果について順番にお伺いしたのですが、「人事プロフェッショナルの持論」と「科学的エビデンス」は、どの程度一致していたのでしょうか。まず、「科学的エビデンス」について簡単に説明をします。これは研究者が科学的な手続きを経て分析をした結果です。そのため、絶対に真実とまでは言えないのですが、それなりに正しいとされていることです。
そのうえで、16個の科学的エビデンスを、正しいものだけではなく誤っているものも含めて調査対象者に提示し、自身の持論をもとに正誤を回答してもらいました。そして、その回答内容と科学的エビデンスとの一致率を、それぞれ出しました。
下表の青と黄色マーカーの部分が、特に私が注目したところです。青は、どのカテゴリーであっても、科学的エビデンスとの乖離が見られる項目。一方、黄色は、日本の人事プロフェッショナルの持論と科学的エビデンスとの不一致が特に顕著だった項目でした。「従業員の削減が必要であると感じた場合、企業業績の改善に最も効果的な方法は、自然淘汰を待つことではなく、決め打ちでリストラを行うことである。」というのは、科学的エビデンスとしては正しいです。しかし、半数以上の日本の人事プロフェッショナルは、そうではないと考えています。
また、「ほとんどの人が、自分自身がどの程度成果をあげているかということについて、過大に見積もる」も、科学的エビデンスでは正しいのですが、多くの日本の人事プロフェッショナルは誤りだとしています。
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