集団の規模が大きくなるほど、“誰かが何とかしてくれるだろう”という「手抜き」や「他人任せ」の心理が働きやすい。その心理は無意識であることも多いため、かなり厄介である。企業においてもこのような心理が働いてしまうケースは少なくなく、放っておけば業務量の偏りや個人的なストレスの原因となり、業績にも影響が出るだろう。今回は、このような集団心理に対応するための方策について考察する。
「無意識の手抜き行動」を組織から排除するには? “リンゲルマン効果”がもたらす企業への悪影響を考える

“個人の利益”と“集団の利益”に矛盾が生じる「社会的ジレンマ」

このような経験はないだろうか? コロナ禍でめっきり機会も減ってしまった「飲み会」の場。「割り勘」での飲み会だとしよう。この場合、参加者全員が同じくらいの量でお酒を飲んだり、料理を食べたりする分にはそれほど問題は起こらない。しかしこれが不均一であれば、「割に合わない」と感じる参加者が現れ、行動も変わってくる。

例えば、アルコールが苦手な人であればソフトドリンクを飲むことになるが、ソフトドリンクはアルコール飲料に比べて価格が安いため、これをアンフェアだと捉えて「高い料理ばかりを頼んで、元を取ろう」と考えるとする。また、料理をあまり食べない人が「高いアルコール飲料を間断なく飲んでやろう」と考えれば、どのような事態になるだろうか? 当然、全体の飲食代が高騰し、一人当たりの「割り勘」も高くなる。参加者一人ひとりが自分の利益を最優先して取った行動が、結果的に自分たちのコストを増加させてしまうことになるのだ。このような集団心理的な現象を「割り勘のジレンマ」と呼ぶ。

これと似たような現象に、「合成の誤謬(ごびゅう)」という経済学の概念がある。例えば、今日のように経済情勢が厳しく、物価が高騰している環境の中で、生活者一人ひとりによる合理的な経済行動は「財布のひもを締める」ことだろう。しかし、そのような生活者ばかりになってしまえば、全体として消費の規模が小さくなり、経済環境が悪化のスパイラルに陥ってしまう。これが「合成の誤謬」である。

“自分が動かなくても誰かがやるだろう……”という「リンゲルマン効果」とは?

先述の例のようなジレンマを、心理学では「社会的ジレンマ」と呼ぶ。フランスのリンゲルマンが実証実験を行った「リンゲルマン効果」では「集団になると人は手を抜き、1人で作業する際に発揮する力よりもパフォーマンスが減少してしまう」ということが明らかとなった。

1913年に行われた、有名な「綱引き実験」がある。この実験により、作業人数が増えるに従って、1人が発揮する力が減退することが分かった。それによると、1人で綱を引くときの力を100%とした場合、2人で綱を引くときに使う力は93%、3人で綱を引くときに使う力は85%……と人数が増えることに減っていき、8人で綱を引いた場合は49%になるというのだ。

このように、人数が増えるに従って、役割や責任感も分散してしまいがちである。敢えて表現すれば、「誰も率先して動かないのは、自分が動かなくても良いだけの人数がいるから……」だろうか。

「リンゲルマン効果」を放置すれば組織の成長は止まる

「誰かが何とかしてくれるだろう」という心理を放置してしまえば、組織内あるいはチーム内に意識の齟齬が生じ、個々人のストレスも蓄積されていく。さらに、落ち込んだ生産性を責任感の強い人や管理職といった一部の人だけがカバーしていくようになれば、その人たちもまた疲弊してしまい、悪循環に陥る。よく似た例として、「プレゼンティーイズム」を思い起こさせる。

下記の図は、「プレゼンティーイズム」の悪循環を表したものである。疾病就業者の増加が、組織全体のパフォーマンスを低下させているのがわかるだろう。
「プレゼンティーイズム」の悪循環

厄介な「リンゲルマン効果」を防ぐにはどうすればよいのか?

リンゲルマン効果が発生する理由は、様々な捉え方があるようだ。例えば、「当事者意識の低下」や「周囲との同調行動」、「貢献意欲の低下」などだ。これらの原因が明確に分かればよいのだが、それは難しい。従って、マネジメントにあたっては、以下の2点を頭に入れておくべきだろう。

●集団化された組織内では、手抜き行動は必然である
●リンゲルマン効果は組織の発展を阻害し、衰退を招く恐ろしい病巣である

そして、その対策を「トライアル&エラー」で継続的に実施していくことが必要となる。その要諦は、個人の「責任」と「成果」、それに対する「評価」の明確化である。大きな集団下の「個人」というのは、ある意味で孤独でもある。そのような、個々の深層心理に寄り添った対策を考えていきたい。

まずは、大きな集団を細分化し、チームの編成を可能な限り少人数にすべきだ。そうすれば、個人の責任が希薄化することも少なくなる。次に、少人数のチーム内で求められる「役割」を明確化する必要がある。それにより、「誰かがやってくれるだろう」という意識を排除することができる。そのような意味で、チームリーダーの育成はすこぶる大切なのだ。

最後は、「公正な評価」に徹することである。チームメンバー一人ひとりの役割や貢献を多面的に評価することで、「自分の貢献が上司や周囲に見えていない」と感じるメンバーを減らすことができる。また、普段からメンバー同士で「感謝カード」を贈るなど、仕事場におけるお互いの存在を認め合うような方策を取ることも有用だ。

個人の孤独感を解消する効果的な方法の一つに、「身近な応援者」の存在があるのではないだろうか。社員も現代社会を生きるひとりの生活者であり、その疎外感を払拭する手助けをすることも、「企業の社会貢献」と言えるのかもしれない。
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