健全な企業経営を行うためにも、組織での不正行為は是が非でも未然に防がなければいけない。そのために、必要な体制管理を行うのが「ガバナンス」だ。企業では「コーポレートガバナンス」と言われており、経営の管理・監督を行う仕組み全体を意味している。この「ガバナンス」の重要性が最近とみに高まっている。そこで、今回は「ガバナンス」の意味やコンプライアンス、内部統制など類似した用語との違い、人事としてどう推進していくべきか、「ガバナンス」が効かないことでどんな問題が生じるかを詳細に説明していこう。
「ガバナンス」の意味や強化策とは? コンプライアンスとの違いなどもわかりやすく解説

「ガバナンス」の意味

「ガバナンス」(governance)とは、日本語では「統治・支配・管理」と訳される。対象が何であるかによって、その意味合いは変わってくるが、企業でのガバナンス、いわゆるコーポレートガバナンスという意味では、健全な企業経営を行うために求められる管理体制の構築や企業の内部統治を指すことが多い。

具体的には、取締役と執行役の分離、社外取締役の設置、内部統制やリスクマネジメントに特化した専門部署の設置、役割と指示系統を明確にする新たな仕組みづくりなどが挙げられる。企業とステークホルダー(利害関係者)とが強固な信頼関係を築いていくためにも、ガバナンス体制を築き、強化していくことは重要と言わざるを得ない。

「ガバナンス」の必要性

近年、なぜ企業や組織において「ガバナンス」の必要性が増しているのか。その理由についてもきちんと理解しておきたい。主な理由は以下の3つが挙がる。

●情報の価値向上

1つ目は情報の価値が向上してきていること。当然ながら、万が一流出した際のリスクもより深刻になってきているので、管理の徹底が必要になったといえる。

●社内情報の漏洩防止

2つ目は、社内の情報が発覚しやすくなったことだ。情報化社会では、誰もが簡単に情報の発信者となれるので、会社の良さも問題点も世間に伝えやすい。何らかの取り決めを社内に設けていなければ、重要な情報が次々と漏えいし会社の信頼を失いかねなくなっている。

●社会的な企業価値を高めるため

3つ目は、「ガバナンス」の強化が企業価値の向上につながるからである。社会的に優良企業として認められるようになると、従業員の意欲も高まり生産性が向上し、企業価値も高まる。こうした循環を創出していくためにも、企業が「ガバナンス」を重視するようになっている。

コンプライアンスや内部統制などとの違い

ガバナンスと類似した概念や言葉にコンプライアンスや内部統制、リスクマネジメント、ガバメントがある。それぞれの違いを紹介していこう。

●コンプライアンスとの違い

コンプライアンスとは、日本語では「追従、応諾、即応」などの意味を指す。ビジネス用語としては、企業活動における「法令遵守」を指すケースが多い。この場合、コンプライアンスが遵守するのは「法令」だけではない。社内規範、社会規範、企業倫理なども含まれている。コンプライアンスに対する意識を維持し、管理体制を整えていくのが「ガバナンス」であり、企業にとってはこの両輪が重要となる。

●内部統制との違い

内部統制とは、企業の不祥事を防ぎ、業務を適正に遂行していくための社内体制を意味する。もし、不祥事が明らかになれば、企業にとって相当な損害が発生してしまう。そうした事態を防ぐためにも、内部統制システムを整え、不祥事が起きないよう自浄機能を備えておく必要がある。その意味で、内部統制は「ガバナンス」の一要素として捉えることができる。

●リスクマネジメントとの違い

リスクマネジメントは、経営におけるリスクを事前に想定し、対応策を構築しておくプロセスを指す。「ガバナンス」を推進するうえでの手法のひとつであり、強化するために不可欠な項目だ。

●ガバメントとの違い

ガバメント(Government)は、日本語で「政治」や「政府」と訳す。ガバナンスと同様に「Govern」(統治する)が由来となっている言葉ではあるが、統治の対象が明確に異なる。企業での管理や監視を行うガバナンスとは違い、国家の統治を指す。

「ガバナンス」に関するキーワード

「ガバナンス」を理解するために、おさえておきたいキーワードがいくつかある。それらを解説していこう。

●ガバナンス強化

ガバナンス強化とは「企業価値の向上」、「エンゲージメントを高める」、「経済のグローバル化に応える」などを目的として、会社運営における管理体制、内部統制を強化することを言う。具体的には、組織のあり方を見直す、不正防止を徹底するなどの内容が含まれる。「ガバナンス」を強化することで、企業の信用価値が高まるとともに、企業への愛着が広がり従業員との関係性が強化されるので、不祥事の発生を未然に防ぎやすくなる。企業の経営戦略の視点からも重要な取り組みとされている。

●ガバナンス効果

日本でも「ガバナンス」が注目されるようになった背景には、企業不祥事の連鎖や増加がある。それらがガバナンス強化により改善され「顕在化」することをガバナンス効果と言う。結果として、株主や従業員、経営陣など、多くの関係者に利益をもたらすことになる。

●ガバナンス・プロセス

ガバナンス・プロセスとは、企業が目標達成に向けて、情報提供、指揮、管理、監視をするために実施する一連のプロセスを言う。

●ガバナンスモデル

企業が「ガバナンス」を実施するために設計した仕組みやアプローチ手法をガバナンスモデルと言う。企業の目標や目的が異なるため、それぞれに沿って意思決定や管理・監視方法を設定する。

「ガバナンス」が効くことによるメリット

「ガバナンスが効いている」とは、管理体制が構築され統制が取れている状態を意味する。「ガバナンス」を効かせることによって、企業にはどのようなメリットがあるのか。主な5点を紹介していく。

●企業価値の向上

「ガバナンス」を強化することで、対外的な評価が高まり、企業の社会的価値を向上できる。結果として、株主やステークホルダーの利益を守るとともに、企業の中長期的な発展につながっていく。

●企業の持続的な成長力や競争力の向上

「ガバナンス」を強化することで、企業経営が円滑に進めば、中長期的に成長力を向上させることができる。自ずと、新規事業への投資や優秀な人材の獲得もしやすくなるだけに、競争力がより高まっていくだろう。雇用も安定するので、従業員は能力を発揮しやすくなり、成果を伸ばすことができるはずだ。こうした好循環を生み出していけるのも「ガバナンス」強化のメリットだ。

●株主からの投資

「ガバナンス」が効いている企業は、健全な経営が行われるとあって、株主は安心して投資できる。結果的に株価が上昇すれば、社会的に企業価値が高い企業として認知されることになる。

●企業の不正防止

日本では、バブル崩壊後に企業の不祥事が相次ぎ、株主や顧客、社員などに大きな損失をもたらした。本来、企業の管理体制が徹底されていれば、組織内部の腐敗や企業の私物化、不正会計などさまざまな問題を未然に防止できたはずだ。そうした失態を繰り返さないためにも、ガバナンスの強化が必要となってくる。

●財務強化

企業が規模を拡大していくには、金融機関から融資や出資を受ける必要がある。その点、「ガバナンス」を効かせている企業は企業価値や信用度が高く、出資や融資を受けやすい。自ずと財務状況も良くなってくるわけだ。

「ガバナンス」が効かないことで生じる問題

次に「ガバナンス」が効かないことでどんな問題が生じるのかをそれぞれ説明していきたい。

●社会的信用の失墜

「ガバナンス」が効いていないと、企業内の監視体制が不十分となり、経営や業務のプロセスにおいて不正や不祥事が発生するリスクが高まる。万が一、不祥事が発生してしまうと、社会的信用は大きく失墜せざるを得ない。最悪のケースでは、消費者や投資家からの批判が経営不振をもたらし、倒産に陥るという可能性もあるだろう。

●グローバル化への遅れ

近年は、国内市場の飽和もあって多くの企業が、海外への市場拡大や事業展開を加速させている。だが、世界経済は目覚ましい勢いで変化を遂げており、「ガバナンス」が効かない状態のままで乗り込んでも、経営の健全性や透明性、業務執行の効率性を確保することはできず、大きく遅れを取ってしまう。また、価値観や文化の差で生じるリスクも多々あるだけに、経営状態が悪化する可能性がある。

ガバナンスコード(コーポレートガバナンス・コード)とは

ガバナンスコード(コーポレートガバナンス・コード)とは、企業がガバナンス体制を構築する際に遵守しなければいけない基本的な原則・指針を指す。2015年3月に金融庁と東京証券取引所が中心となって策定した。その目的は、上場企業における不祥事の防止や日本の国際的な競争力向上だ。具体的には、「株主の権利と平等性の確保」、「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」、「適切な情報開示と透明性の確保」、「取締役会の責務」、「株主との適切な対話」などの基本原則が盛り込まれている。また、上場企業にはガバナンスコードに関する報告書の提出が義務付けられている。もし、これらの基本原則が遵守できていない場合には、コーポレートガバナンス報告書で理由を説明する必要がある。

さらに、2021年6月には改訂版が公表され、「取締役会の機能の発揮」、「企業の中核人材における多様性の確保」、「サステナビリティを巡る課題への取り組み」などの原則が補充された。

●コード改訂で人事が対応すべきこと

2021年6月に公表されたコーポレートガバナンス・コード改訂版が、人事労務にどのような影響を与えるのか、人事としてどう対応すべきかを解説したい。

人事労務に影響を与える改訂が盛り込まれている箇所は2点ある。1つが、「原則2-3. 社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題」。上場会社は、サステナビリティを巡る課題に対する適切な対応を行わなければならないと記載している。その課題として「従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇」が追加されている。上場企業に限らず、中小企業でも同一労働・同一賃金や健康経営について、積極的に取り組んでいく必要がある。

もう一つは、「原則2-4. 女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保」。多様な視点や価値観が存在することは、会社の持続的な成長を確保する上での強みとなり得るとの考えに基づき、多様性の確保を推進すべきであると記載している。具体的には、上場企業は女性・外国人・中途採用者の管理職への登用など、多様性の確保に向けた基本的な考え方と目標および状況を開示すべきであるとしている。

「ガバナンス」を強化する方法

最後に、「ガバナンス」を強化するための方法を解説していく。コーポレートガバナンス・コードの原則に基づいた具体的な対応策も提示しよう。

●行動準則や倫理憲章の定義と周知

企業のガバナンス強化は法令などを遵守していることが大前提である。そのうえで、社内で遵守すべき行動準則や倫理憲章を設定し、それを基に従業員の業務を監視・監督する体制を構築する。

設定した行動準則や倫理憲章は取締役会が策定・改訂の責務を担い、従業員に周知し、コンプライアンスを徹底する。内部統制が機能していれば、社内外に対して透明性の高い情報を開示でき、信用を獲得することができる。

●内部監査の実施

「ガバナンス」の強化において内部監査の実施は極めて重要だ。内部監査とは、企業内の独立した監査機関が、公正かつ客観的な立場からガバナンスのプロセスの有効性を評価し、助言・勧告をすることである。内部監査を行うことで、コンプライアンスやリスクマネジメントについて見直しを図ることができる。

●社外取締役など外部監査機関の設置

コーポレートガバナンス・コードでは人材要件に見合った社外取締役を、規定人数設置することが義務付けられている。人数は、従来少なくとも2名以上とされていたが、2021年6月の改訂によりそれが3分の1に変更された(プライム市場以外の市場の場合は2名以上で可)。また、社外取締役を選任する際には、多様性やバランス、役員報酬などを十分に考慮して決定していくよう記載している。

ここで、特に注意を要するのは、役員報酬の設計が株価に大きな影響を与えるということだ。どのようなKPIに基づいて、どれくらいの期間で業績と連動させるかなど、さまざまな視点から考慮する必要がある。

●スキル・マトリックスを開示する

「スキル・マトリックス」とは、それぞれの取締役が有するスキルを分野ごとに表にまとめたものを指す。企業は、このマトリックスを策定し、公表しなければいけない。難しいのは、ただ単に作れば良いというわけではなく、自社の企業価値向上につながるような戦略ストーリーを描いた上で、策定しなければいけないということだ。例えば、以下の流れが策定できる。

▼自社の企業価値向上に向けた戦略を策定する。
▼その戦略推進を監督するには、取締役会にどのようなスキルが求められるかを明確にする。
▼上記で掲げた必要なスキルに対して、現在の取締役がカバーできているかを明示する。
▼スキルセット上で懸念される点があれば、指名委員会などで議論し、取締役候補者を選任する。

●人的資本やサステナビリティに対する取り組みを開示する

コーポレートガバナンス・コードの「人的資本とサステナビリティへの取り組みの開示」では、具体的に以下のような内容が記載されている。

・人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇を施すこと。
・上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取り組みを適切に開示すべきであること。
・人的資本や知的財産への投資などについても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を踏まえ、具体的に情報を開示・提供すべきであること。

いずれについても、適切なKPIを設定し、定性・定量的データをもとに、目標値や現状・進捗を開示していくことが求められている。

まとめ

「ガバナンス」という言葉が注目される背景の一つには、情報化がますます加速するなか、企業内部の状況が世間にオープンにされやすくなっていることがある。積極的な情報公開は、企業にとっては社会的な認知を得やすい、企業価値を向上できるなどさまざまなメリットがあるが、問題は情報の中味だ。ルールや管理体制について何も用意していなければ、予想もできないトラブルが生じかねない。その意味でも、「ガバナンス」についての意義やメリットを改めて認識し、現状の社内体制に何らかの問題がないかを検討することは必要であると言えよう。特に上場企業は、コーポレートガバナンス・コードが改訂されたことを受け、何をどうするか。協議を重ねつつも、迅速に行動していくことが重要となる。

よくある質問

●「ガバナンス」が効くことによるメリットは?

「ガバナンス」が効くことで、企業価値の向上、企業の持続的な成長力や競争力の向上、株主からの信頼度向上、企業の不正防止、財務強化などのメリットがある。

●「ガバナンス」が効かないことで生じる問題は?

「ガバナンス」が効かないことで生じる問題は、社会的信用の失墜やグローバル化への遅れなどが挙がる。いずれも経営状態が悪化につながり、最悪の場合は倒産に陥る恐れもある。
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