「たかが貧血」と軽視すべきではない理由
定期健康診断において、Hb(ヘモグロビン)検査は必ず行われるもののひとつです。Hbの濃度が男性で13g/dl、女性で12g/dl以下である場合、「貧血」と診断されます。ただし、Hbの値は年齢とともに低下していく傾向があるため、高齢者では11g/dl以下が貧血となります。労働者全体でみると、約8%の人が貧血と診断されており、中でも、若くて月経のある女性の場合、2割程度が貧血の診断基準を満たすと考えられています。ただ、貧血はあまり重要視されていると言えず、産業医として社員の皆さんの受診の様子をチェックすると、せっかく健康診断結果で貧血を指摘されているのに、これを放置している人が多く見られます。
このHbを作るのに必要なものは「鉄分」です。体内の鉄分が不足しているために起きる貧血を「鉄欠乏性貧血」といい、貧血の中でも最も多い疾患です。若い女性の場合、「鉄欠乏性貧血」の一番の原因は月経による血液の喪失であり、その次はダイエット等による摂取不足です。「鉄欠乏性貧血」がある場合、疲れ、動悸、息切れなどの症状が多く見られ、体調不良から生活の質が下がってしまいます。さらに、出来高制で支払われる仕事などにおいては、同じ職場で同じ仕事をしても、貧血のある女性のほうが他の人と比較して収入が少ない、つまり成果が少ないことを示した論文もあります。
また、貧血の症状として「記憶力や認知能力の低下」があり、貧血を改善させることでこれらの症状も改善することがわかっています。Hbは身体中に酸素を運ぶための重要な働きをしており、なかでも酸素が必要なのは脳です。つまり、Hbの値が低下して貧血状態になると、脳の機能が落ちてしまうのです。
この脳の機能の低下について、症状をもつ本人は自覚していないことがほとんどです。従業員に貧血による脳機能の低下が起きている場合、職場としても、気づかぬうちに労働力の大きなロスになっていることがあります。軽度の貧血であれば、ある程度放置することも可能ですが、Hb10g/dlを下回る人に対しては、衛生担当者(産業医、産業看護職、衛生管理者、衛生推進者)が積極的に医師への受診を推奨するべきでしょう。
貧血への対応方法とは? 大きな病気が隠れていることも
貧血の治療方法は、鉄剤の内服です。食生活の改善やサプリメントの摂取は、予防には有効ですが、貧血をきたす程度まで鉄欠乏が進んでいる場合には、十分な効果は認められません。医師から処方される鉄剤には、サプリメントの数倍の鉄が含まれています。鉄剤を飲み始めると、1ヵ月もしないうちにHbの値は改善されますが、そこで服用をやめてしまっては不十分です。体の中に十分な鉄を補充しておかない限り、またすぐに「鉄欠乏性貧血」の状態になりますので、通常は数ヵ月の内服を続ける必要があります。なかには“閉経するまで数年おきに内服が必要”という方もいます。“鉄剤は胃が痛くなったり気分が悪くなったりするので、内服に抵抗がある”という方も多いのですが、近年かなり改良され、そういった副作用もずいぶんと改善しています。以前、鉄剤を飲んだ時の不快な思い出から受診をためらっている方は、主治医と相談して新しい薬剤を試してみるのもお勧めです。
また、貧血の女性にとって注意が必要なのは、経血の量が多い原因として、婦人科疾患が少なからず見られることです。「鉄欠乏性貧血」と診断された女性の方、なかでも生理痛がひどい場合は、必ず内科の他に婦人科も受診しましょう。
一方、中高年の男性や閉経後の女性で貧血が見られる場合、一番心配なのは大腸からの出血、特に「大腸がん」です。がんは早期に発見、治療すれば治すことができ、また通常の仕事に戻れることが多いので、早急に診察を受け、診断をもらう必要があります。
以上、定期健康診断で見逃されていることが多い「貧血」について述べました。もちろん、貧血の原因は本稿で述べたものだけでなく多岐にわたりますが、いずれにしても軽視すべきではありません。定期健診で貧血を指摘された従業員に対しては、放置せず医療機関を受診するよう、会社から勧奨することが重要です。さらに、会社からの勧奨がなくとも、従業員が自ら率先して受診するような社風づくりや社員教育を行うことも大切です。
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