なぜ今「越境学習」なのか?
各企業が「越境学習」に注目し、すでに取り組みを始めているのには理由がある。それは、世界の先進企業からの「引き離され感」と「Going Concernへの不安感」だろう。日本経済の黄金期を象徴的に表す言葉として「Japan as Number One」(アメリカの社会学者エズラ・ファイヴェル・ヴォーゲルの著書名)が使われることがあるが、この著書が書かれた時代には、日本が世界をけん引していた。著者であるヴォーゲル氏によれば、日本の著しい経済成長の基盤となったのは、日本人の学習への意欲と読書習慣であるとしている。日本人の1日の読書時間の合計が米国人の2倍に当たることや、新聞の発行部数の多さなどにより、日本人の学習への意欲と読書習慣を例証している。そして、勤勉ともいえる日本人の取り組みをアメリカに促してもいる。現在とは、全く状況が違っているわけだ。
「Home」と「Away」の境界を越えた学び、「越境学習」の定義とは?
「越境学習」を定義するのであれば、文字どおり「現在地から境界を越えて学ぶ」ということであろう。境界となるのは、自分自身で「ここがHomeと思う場所」と「Awayと思う場所」である。そのHomeとAwayを行ったり来たりして、Homeに好影響を及ぼすことが「越境学習」のアサインメントである。Homeとは「周りに知己が多くいる」、「組織内言語がよく通じる」、「安心できる環境であるが刺激が少ない場所」などで、平たく言えば「自社」のことだ。一方、Awayとは「周りが見知らぬ人ばかり」、「組織内言語も通じないことがある」、「心なしか居心地は悪いが刺激を受けられる場所」ということで、つまりは「他社」のことである。なお、「自社」と「他社」と表現したが、その形式に囚われる必要は全くない。例えば、もっと狭い範囲で、自社内の「自部署」や「他部署」と表現しても、その主旨は変わらない。
「副業・兼業」や「在籍出向」による、「越境学習」の取り組みポイント
「越境学習」の推進は、有為な人材を育成し、社内でイノベーションを促すことを目的としている。企業によっては、イノベーションらしき「プチイノベーション」を企図することもあるだろう。イノベーションに必要とされるコンピテンシーは、現状への課題を的確に捉えたり、問題点を提起したり、異分野の経験したことのない取り組みを体験したり、多様な人とのネットワークを築いたりすることである。それによって獲得した「外的の価値」を社員が吸収して取り込めば、組織全体をイノベーション体質に変化させることができるのだ。Awayで他流試合を経験し、人材の付加価値を高めることが、組織開発に繋がるのである。組織は、何らかのムーブメントがなければ、すぐに陳腐化してしまう。換言すれば、何も起こらなくなってしまう。意図的にムーブメントを起こし、イノベーションにつなげるには「越境学習」が極めて有効だろう。「副業・兼業」や「在籍出向」がその代表的な手法である。ただし、これらを導入する場合に、「越境学習」の主旨を十分に理解しておかないと、無駄に終わってしまうことになる。押さえておきたいポイントは以下のとおりだ。
(1)越境学習先は、自社と組織風土が異なる他社を意識的に選定すること
(2)越境学習先は、同業他社ではなく、異業他社を選定すること
(3)越境学習する社員の選定は、多様な属性からバランスよく行うこと
「越境学習」が組織にイノベーションを起こす
「越境学習」は、あくまで自社内でイノベーションやプチイノベーションを起こすための人材育成、組織開発である。この理念をしっかり共有しながら具体化していかなければならない。下図は、コンサルティングで使用する「DX(デジタルトランスフォーメーション)の概念図」である。目指しているのは「既存の分野」の生産性向上と「新しい分野」の創業(イノベーション)だ。賛否はあるにせよ、これからの時代を見据えれば、このような経営戦略が、企業規模にかかわらず必須であろう。- 1