「リスキリング」とは?
「リスキリング」とは、技術の進歩やビジネスモデルの変化にキャッチアップしていくために、業務に役立つ新たな知識やスキルを身に付けることをいう。経済産業省では、以下のように定義付けている。世の中では、「リスキリング」はDX教育と同じ意味として捉えている向きもあるが、それは必ずしも正しくはない。ただ、これからの時代においてDXは、どの企業にとっても不可欠な取り組みとなるのは間違いない。そのためのスキルを習得する重要性が高いことはいうまでもない。
リカレント教育、アンラーニングとの違い
「リスキリング」と混同しやすい概念として、「リカレント教育」や「アンラーニング」が挙げられる。その違いを押さえておこう。●リカレント教育との違い
「リカレント教育」とは、社会人が必要なタイミングで仕事を離れ、大学などの教育機関などで学び直し、そしてまた仕事に戻っていくことを意味する。なので、業務と並行しながら必要な知識やスキルを身に付ける「リスキリング」とは違ってくる。また、個人のスキルアップに重きが置かれている「リカレント教育」に対して、「リスキリング」は、企業が戦略的な意図・目的のもとに社員にスキル習得を促す傾向が強い。●アンラーニングとの違い
「アンラーニング」は、日本語では「学習棄却」と訳される。もはや時代にそぐわなくなった知識や経験を捨て去り、新たな知識やスキルを取り込むことを意味する。「アンラーニング」は、意識的に捨てることに重きが置かれているのに対し、「リスキリング」は必ずしもそうではなく、付け加えていくというニュアンスがある。「リスキリング」が注目されている理由
近年、なぜこれほど「リスキリング」が注目されているのであろうか。その理由を紐解いてみたい。まず、きっかけとなったのは2020年のダボス会議(世界経済フォーラムの年次総会)だ。その場で「リスキリング革命」が主要な議題に上った。第4次産業革命に伴う技術変化に対応するために、2030年までに全世界で10億人により良い教育、スキル、仕事を提供すると提唱されたのだ。
また、国内でも2020年9月に発表された『人材版伊藤レポート』が、人的資本経営を実現するためにも「リスキル・学び直し」を重要な施策として掲げたことも、「リスキリング」が加速する要因となった。
政府としても、こうした取り組みを後押ししようと、2022年10月「リスキリング」のための支援制度を総合政策の中に盛り込む考えを表明。個人のリスキリング支援に5年で1兆円を投じると発表したこともあって、「リスキリング」は今後も活発化していくと見込まれている。
企業が「リスキリング」を推進するメリット
次に、企業にとって「リスキリング」を推進するメリットがどこにあるのかを考察してみたい。●人材不足への対応
DX化が加速する中、引き続きデジタル人材の不足が予想されている。その一方、事務職や生産職に大幅な余剰が生じると予想されている。そうした人材を「リスキリング」し、必要なDXスキルを身に付けてもらうことができれば、何も外部から苦労して調達する必要もなくなってくる。●エンゲージメント向上
企業が「リスキリング」を推進し、従業員にさまざまな学びの機会を提供することで、従業員のエンゲージメント向上をもたらすことができる。エンゲージメントが高まれば、企業としての生産性も向上し、業績を拡大させることができるだろう。●自律型人材の育成
「リスキリング」を推進することで、従業員自身の中にも新たな知識やスキルを獲得していこうという意欲が醸成される。今後のキャリア形成に向けて自発的に考えられる「自律型人材」が増えれば、組織としてもイノベーションを生み出しやすくなるはずだ。●採用コスト削減
今後事業を進めていくために必要な知識やスキルを持った人材が社内にいるのであれば、敢えてコストや労力をかけて外部から雇い入れる必要はなくなる。ないしは、「リスキリング」を戦略的に行うことで、育成していけば良い。その分、採用コストを削減できるのは言うまでもない。さらには、「リスキリング」に積極的な企業であるとアピールできれば、スキルアップへの意欲が高い人材を獲得しやすい点も大きなメリットとなる。●新しいアイディアの創出
「リスキリング」を通じて、従業員が新たなスキルを習得することで、今までは思いもつかなかったような斬新なアイディアを創出するかもしれない。それが、生産性の向上や売上のアップにつながる可能性もあり得る。変化が激しい時代を切り開いていく、一つのきっかけとなることが期待できる。●企業文化の維持
DX推進が重要な経営テーマであるからと言って、外部から人材を大量に採用してしまうと、長年に渡り培ってきた企業理念や企業文化が維持されなくなる可能性がある。そうならないためにも、社内の人材を育成することには意味がある。「リスキリング」推進の5ステップ
ここでは、企業内で「リスキリング」を進めるための5つのステップを解説したい。(1)事業戦略に基づく人材像とスキルを設定
まずは、自社の経営戦略や事業戦略と連動した人事戦略を策定しなければいけない。その上で、人事戦略の実現に必要となる人材像やスキルを明確にしたい。現状と理想とを見比べた際のギャップが、要員強化のポイントであると同時に「リスキリング」の対象となってくる。(2)「リスキリング」の必要性を従業員に説明
「リスキリング」の必要性が社内で認知されていないと、導入は上手く進まない。そのためにも、従業員に対して経営層からさまざまな学びの機会を通じて、解き明かしていく必要がある。その際のポイントとしては、従業員個人が自らの意思で取り組んでいくよう促すこと、就業時間内で学習時間を設けることなどが挙げられる。(3)教育プログラムの決定
「リスキリング」には、研修やオンライン講座、社会人大学、eラーニングなどさまざまな教育形態がある。それぞれにメリット、デメリットがあるだけに、むしろ学習方法を幅広く用意しておいた方が、学習者は自分に合った「リスキリング」の方法を選びやすい。やらされ感を抱くこともなくなるので成果も得やすいと言える。(4)「リスキリング」の実施
教育プログラムを準備できたら、実際に社員に取り組んでもらおう。その際に、気を付けたいのは本人の自主性や意思を尊重することだ。人事やマネジメント側から、いついつまでにこれだけのことをやり終えるようにという目標を提示するのも良くない。むしろ、目標は自身に策定してもらい、その進捗ぶりを1on1、課題チェックシートなどで本人のキャリア観とすり合わせながらサポートしていく姿勢を大事にしたい。(5)業務での実践
「リスキリング」を通じて学んだことを宝の持ち腐れにしてはいけない。なので、必ず実践で活用するようにしたい。本人が積極的に機会を生み出す姿勢も重要だが、会社としても協力を惜しまないようにしないといけない。また、実践した結果に対して、フィードバックする場を持つこともポイントだ。それを繰り返すことで、社内に学習を習慣化する企業風土を醸成していける。「リスキリング」に取り組む際のポイント
続いて、「リスキリング」に取り組む際のポイントもいくつか提示したい。●取り組みやすい環境を整える
まずは、なぜ「リスキリング」が必要なのか、社員にしっかりと説明し、取り組みやすい環境を作り上げる必要がある。これができれば、受講者の協力体制も自ずと構築しやすくなる。他にも、リスキリングに取り組んでいる人にインセンティブを設ける、業務時間内に学ぶ時間をつくるなども有効な施策と言える。●従業員の主体性を尊重する
実は、新しい知識やスキルを学ぶにあたっては本人に負荷がかかる。特に、これまで全く異なる職種についていた人が「リスキリング」を行うとなると猶更だ。その際に、重要となってくるのが、本人に強い意思があるかどうかだ。それがなければ、決して成功はしない。従業員の主体性を喚起するような働きかけをするようにしたいものだ。●適切なプログラムを選ぶ
コンテンツを選ぶ際には、品質の良さも重要だが、それが自社の課題を適切に解決してくれるものであるかどうかをしっかりと検討しなければいけない。単に知名度があるから、大手企業が利用しているからなどといった理由で選んでしまうと「リスキリング」の効果が期待できないと言っていいだろう。何なら、外部の専門家に相談するのも得策だ。●社外リソースの活用も検討する
「リスキリング」を内製化できれば、会社としてのコスト負担が軽減できるが、すべてに対応できるようなリソースはないはずだ。その場合には、思い切って社外に依頼することも検討したい。投資した金額以上の成果が得られれば、企業にとっては決してマイナスではないからだ。●目標設定と評価を行う
従業員自身に目標設定を行ってもらうことも重要となる。具体的には、どのような状態になることが理想なのか、そのスキルを習得した上でどんな課題を解決したいのかを思い描くことだ。また、必ずリフレクションの場を持つことも欠かせない。すなわち、自身を振り返り、評価をすること。習得したスキルを可視化するようにしておけば、異動・任命を検討しやすくなるだろう。「リスキリング」を導入するデメリット
「リスキリング」はメリットばかりではない。実は、リスキリングは、デメリットも存在する。大切なことは、そうしたデメリットを理解した上で取り組むことだ。●コストが掛かる
例えば、社内にDX等の知識・スキル習得を進めていきたいと考えたとしても、社内に専門家がいなかったりすると、外部の企業や人材に依頼せざるを得ない。当然ながら、コストはかなりかかってきてしまう。●従業員のモチベーション管理が必要
誰であっても、新しい知識やスキルを習得することは時間や労力を要する。ストレスさえ感じる人もいるかもしれない。また、苦労した末に何とか習得したとしても、実務に役立てる機会がなければ、何のために「リスキリング」に取り組んだのか、意味がわからなくなってしまう。モチベーションを維持・管理する施策は、どうしても外せない。●企業・従業員双方に負担がかかる
「リスキリング」を行うにあたっては、企業として今どのような人材やスキルが必要なのかを定義し、そのためにどのような教育を施さないといけないのかと検討していかないといけない。当然ながら、実施するとなると金銭的な負荷もかかってくる。また、従業員からしても、「リスキリング」は就業時間内に実施されることが多いため、時間配分に工夫が求められ、上手くいかなければ残業が増えてしまう可能性もあり得る。それも、従業員からしてみると負担となってくる。「リスキリング」の企業事例
最後に実際に「リスキリング」に取り組む企業の事例を5つ紹介しよう。●富士通
富士通は国内グループ企業の全12万人を対象に大規模なリスキリングを展開。学習プラットフォーム「Fujitsu Learning Experience(FLX)」を導入し、AIやIoT、クラウド技術など、DX企業への転換に必要なスキルを従業員が自由に学べる環境を整備した。2020年からの5年間では5,000億円から6,000億円規模の投資を行い、業務に必要なスキルを社員自らが選び学べる研修を拡充している。●日立製作所
日立製作所が重点課題の一つとして掲げるのが「デジタル対応力を持つ人材の強化」である。その取り組みの一環として社員に「リスキリング」を積極的に推奨し、特にDXに関する基礎的な教育を促している。人材育成をトータルに担う日立アカデミーでは、2020年度に「デジタルリテラシーエクササイズ」基礎教育プログラムを開発・提供。4つのステップによって、DXの概念や課題発見のトレーニング、課題解決の手順、問題解決の実行などを段階的に学んでいくことができるこのプログラムをグループの全従業員16万人に受講させることによって、DX人材の戦略的な育成を進めている。●三井住友フィナンシャルグループ
「人の三井」と形容され、人を重視する文化を築いている三井住友フィナンシャルグループは2021年3月から「SMBCグループ全従業員向けデジタル変革プログラム」というデジタル研修を進めている。これは、グループの全従業員約5万人を対象にデジタル技術に対する意識向上を図るために、社員一人ひとりが動画コンテンツを通じて、デジタル技術について学ぶ意味やデジタル環境がどう変化しているかを学ぶことができるものだ。また、ワークショップや外部の有識者による勉強会など「マインド」、「リテラシー」、「スキル」という段階ごとにプログラムを組んでいるのも特徴だ。●旭化成
旭化成は「終身成長」を人材戦略の柱とし、2022年12月から独自の学習プラットフォーム「CLAP(Co-Learning Adventure Place)」を導入。経営知識、語学、プログラミング、マーケティングなど幅広い分野における約11,500の教育コンテンツを従業員に提供している。また新入社員向けの「新卒学部」というラーニングコミュニティを設立し、若手の自律的な成長を支援している。【HRプロ参考記事】新入社員の学習時間が3.5倍に伸長――横のつながりで若手の自律的キャリア形成を支援する旭化成の「新卒学部」とは
●KDDI
KDDIは、中期経営戦略においてDXを最注力領域と定め、「人財ファースト企業への変革」を掲げている。そうしたなかで、全社員1万4,000人を対象とした「KDDI DX University」を設立。このプログラムは、大学のようにDXに関する知識やスキルを体系立てて学習できるのが特徴で、業務に即活かせる実践的なカリキュラムを提供している。さらに注力人材は2〜3カ月業務から離れ、マインドセットからプログラミング、DXスキルまで徹底的に学習する。まとめ
「リスキリング」の目的は、DX人材の育成だけにあるわけではない。だが、このテーマが大きなウェートを占めているのは間違いない。どの企業にとっても、高度なスキルを持ったDX人材は絶対的に不足しているからだ。自社の企業文化やビジネスのメソッドを熟知している従業員をDX人材として育てることができれば、ノウハウの蓄積という点で大きなメリットを得られることであろう。加えて、近年ではGX(グリーントランスフォーメーション)が広がってきていることもあって、「グリーンリスキリング」も海外では注目されている。今後は、日本においてもDXだけでなくGXにも目を向けていかなければならなくなるだろう。そのためにも、早めに準備をしておきたいものだ。- 1