旭化成株式会社は2024年8月6日、人財育成に関する事例発表会を開催した。日本企業の多くが若手の育成に課題を抱える中、同社では2023年6月から、新卒社員を対象とした学習コミュニティ「新卒学部」という取り組みを進めている。約1年間の運用の結果、23年新卒社員の学習時間が前年の新入社員の3.5倍に伸長したほか、キャリア不安の軽減にもつながった結果が見られたという。本稿では、旭化成が発表した、若手の自律的キャリア形成を支援する「新卒学部」の取り組みの内容について説明していく。
横のつながりで若手の自律的キャリア形成を支援する旭化成の「新卒学部」とは

従来の集合研修だけでは限界を感じ、「ラーニングコミュニティ」を若手人材育成に導入

旭化成株式会社は2022年12月から、経営知識や語学、マーケティングといった幅広いビジネススキルの学習プラットフォーム「CLAP(Co-Learning Adventure Place)」をグループ内で展開し、従業員の自律的な成長やキャリア成長の支援を進めている。

同社が掲げる人財戦略のテーマは「多様な“個”の終身成長+共創力で未来を切り拓く」。執行役員兼人事部長の内炭 広志 氏は「終身成長」について、「年代関係なく、働いている間はイキイキと成長し続けることで、その先に働きがいや個人の幸せがあるという考え方」だと説明した。

そうした中で若手社員の人財育成施策の一環として2023年6月からスタートしたのが、「新卒学部」だ。新入社員を対象に学び合いのコミュニティを提供し、若手社員のキャリア自律を促している。初年度の23年度では、新卒社員255名が参加した。
旭化成 執行役員 兼 人事部長 内炭 広志  氏

旭化成 執行役員 兼 人事部長 内炭 広志 氏

この取り組みの背景には、若手社員の成長実感の持ちづらさという課題がある。キャリア観や労働環境、社会環境の変化により、人間関係が希薄化し、従来の一律型の集合研修だけでは限界があると判断し、新たな育成への転換を図ったのだ。

「新卒学部」を企画した、人事部 人財・組織開発室の梅崎 祐二郎 氏は「新入社員に終身成長できる環境を提供できているのか」という課題に対し、「多様な新入社員一人ひとりが成長実感を持てるように、学び合いを支援するコミュニティを形成しよう」と考えたそうだ。
資料:旭化成株式会社

資料:旭化成株式会社

「新卒学部」の具体的な内容とは、新入社員が自分たちの興味や志向に合ったテーマを選択し、同期社員と学び合うコミュニティ活動だ。第1クールと第2クールに分かれ、9か月間にわたり実施される。

第1クール(23年度は6月~9月)では、事務局が準備したゼミから社員が興味や志向に合わせて選択。ゼミの種類には、リーダーシップなどビジネス色の強い「アドベンチャーゼミ」、専門性を高める志向が強い社員向けの「プロフェッショナル」、創造性を高めるためにクリティカルシンキングなどを勉強する「クリエイティブ」、仕事の効率を上げる方法などを学ぶ「ワークハック」の4種類がある。

またオンライン学習プログラムとして、「Schoo」の同時視聴機能を活用した集合学習やワークショップを実施。さらにチャットツールを使用して学習で得た気づきを共有することで、周りに刺激を与え合っていく仕組みとなっている。
資料:旭化成株式会社

資料:旭化成株式会社

第2クール(23年度は11月~2月)では、より横のつながりと主体性を促進するため、全員参加の全体コミュニティ運営と併せて、新入社員自らが「個別学習ゼミ」を創設し、学習を進めていく。昨年度は任意参加の個別学習ゼミには約6割が参加し、語学、資産形成、資格取得などの7つのテーマのゼミが設立されたという。梅崎氏は「特に第2クールの自らゼミを立ち上げる取り組みは、参加者の満足度が高かった」と振り返っている。
資料:旭化成株式会社

資料:旭化成株式会社

新入社員の学習時間が3.5倍となり、キャリアの不安が軽減

「新卒学部」を1年間実施した成果としては、まず学習時間が増加したという。4月から9月の半年間における新入社員の学習時間の合計が、2022年度が425時間だったのに対し、2023年度の新入社員は1,756時間だった。また「CLAP」の受講率も61%から100%に大幅に増えた。

また、ラーニングコミュニティを形成したことによって、社員のキャリアにおける不安が軽減されることも明らかになった。「自分は別の会社や部署で通用しなくなるのではないかと感じる」、「学生時代の友人・知人と比べて差をつけられてしまっていると思う」、「日々の仕事で自分が成長できていると感じる」という回答がいずれも改善傾向となったという。

参加した新入社員からは「同期とのつながりの大切さを実感した。分からないことがあった時に、誰に聞けば解決できるかの引き出しができたので、今後いろんなシーンで役立つと思う」といった人脈の広がりや、「入社1年目でこんなにも学ぶ機会をいただけたことに感謝している。学び続ける社会人でありたいと思っている私にぴったりの学びの場だった。これからもどんどん活用して、会社の期待に応えられる人材になりたい」という声が挙がっているそうだ。

梅崎氏は「『新卒学部』を通じて『終身成長』の後押しができていると感じている」と手応えを話している。今年度も新卒学部の活動はマイナーチェンジをして継続しつつ、新卒だけでなく全社的にさらに学びの場を拡大し、職責者や管理職向けの研修などのコンテンツを増加していく予定だという。
旭化成 人事部 人財・組織開発室 梅崎 祐二郎 氏

旭化成 人事部 人財・組織開発室 梅崎 祐二郎 氏

「横の学び」が今後の若手育成のセオリーになる可能性

また「新卒学部」の説明の前には、同取り組みに協力している、リクルートワークス研究所 主任研究員 古屋 星斗 氏から「若手のキャリア観の変化と企業が抱える課題」についての発表がなされた。

古屋氏は「“働き方改革”に続き、“育て方改革”が始まる」と主張。若手育成が難しい理由として、大きく二つを挙げた。一つ目は、職場運営に関する法改正によって、指導方法が「叱責型」から「褒める型」へと変わり、「ゆるい職場」での打ち手が見出しづらくなっていること。二つ目は、長期雇用の慣行が失われ、職場の「キャリア安全性」がより重要視されるようになったこと。「キャリア安全性」とは、キャリアが長期的に安定した状態であるために、現在の職場が成長を期待・予感できる環境であるかどうかを指す言葉だ。

そうしたポイントを踏まえたうえで、古屋氏は若手の成長を促すには「横の関係を育て、若手同士の相互刺激の促進による機会創出が有効ではないか」と分析する。旭化成の「新卒学部」の取り組みについては、「横の関係での学びは、上司と部下の縦関係で生じるような人的ストレスが小さく、相互に刺激し合える。こうした学び方が一つのセオリーになっていく可能性がある」とそのメリットを話した。
リクルートワークス研究所 主任研究員 古屋 星斗 氏

リクルートワークス研究所 主任研究員 古屋 星斗 氏

労働環境の変化や法改正によって、従来の縦型の指導では若手社員の多様なニーズに応えられなくなっている。旭化成の「新卒学部」の取り組みは、自主性と横のつながりを重視し、新入社員の自律的な成長を促す好事例だ。若手育成においては「教える」だけでなく「学びを支援する」ことが重要になってきている。ぜひ自社の人財育成戦略を見直し、時代に即した新たなアプローチ手法を検討してほしい。

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