この数年で、「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」という言葉が定着してきた。実はこの言葉が誕生したのは、つい最近と言うわけではない。2004年のこととされているので、もう20年ほどになる。その動きが加速するきっかけとなったのが、新型コロナウイルスの感染拡大だ。これによって注目が集まり、一気に経営上の重要課題に位置付けられている。ビジネスパーソンとしては、どんな意味なのか、どう進めていくのかを理解しておきたい。そこで本稿では「DX」の意味や求められる背景、推進の手順や課題、ポイントなど幅広く説明していく。
DX

「DX(デジタルトランスフォーメーション)」とは?

「DX(デジタルトランスフォーメーション)」とはDigital Transformationの略で、企業がデジタル技術を活用して、業務フローを改善・変革したり、新しいビジネスモデルを創出したりすることで、レガシーなシステムからの脱却や企業風土の変革を成し遂げることをいう。
2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授によって提唱された概念で、本来の意味は「進化し続けるテクノロジーが社会に浸透することで人々の生活を豊かにしていく」という考え方だった。

●「DX」とIT化の違い

「DX」と混同しがちなのが「IT化」だ。「IT」とはInformation Technologyの略で、コンピューターとネットワーク技術全体を意味する。この二つの間に明確な線引きをするのは難しいが、一般的には「DX」が社会や企業・組織の在り方、ビジネスの仕組み自体を変革することであるのに対して、「IT化」は従来通りのプロセスを維持しながら業務の効率化や生産性向上を図ることをいう。端的に言えば、「IT化」は「DX」推進に向けた一つの手段として位置づけられる。

●「デジタイゼーション」、「デジタライゼーション」との違い

「DX」と類似した概念には他にも「デジタイゼーション」、「デジタライゼーション」が挙げられる。いずれもデジタル技術をある業務や製造プロセスなどをある一部に導入することをいう。細かく線引きをすると「デジタイゼーション」が元々あるアナログデータをデジタル化すること、「デジタライゼーション」が業務プロセスにデジタル技術を活用することである。一方、「DX」とは、より大きな枠組みで、データとデジタル技術を取り入れ、製品・サービスやビジネスモデル・組織などを変革することを意味する。
「DX」、「デジタイゼーション」、「デジタライゼーション」の違い

「DX」が求められる背景

次に、「DX」が求められる背景を解説していきたい。

●IT人材の不足

日本は労働人口が減少傾向にある中で、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、IT人材の需要が一段と高まった。経済産業省の調査によれば、IT人材の供給は2030年までに最大80万人ほどが不足すると推計されている。特に不足が著しいのが、ビッグデータ、AIなど先端IT技術に関する高度な専門知識や先進的なスキルを持った人材だ。この傾向は、今後さらに著しくなると予測されている。

●リモートワークの普及

新型コロナウイルスの感染拡大は、リモートワークの急激な普及をもたらした。企業としても、リモートワークを円滑に行うためにデジタル化が不可欠となり、対応に追われることとなった。例えば、パソコンやネットワーク、Web会議やチャットなどのコミュニケーションツールの選定や導入をしないといけない。より高度なセキュリティ対策を行うことも求められている。

●消費者行動の変化

デジタル化が加速したことで、消費者行動も大きく様変わりした点も背景として見逃せない。総務省の調べでは、インターネットショッピングの利用が継続しており、その割合は今では全世帯の半分に迫るほどだ。特に伸びた理由は新型コロナウイルス禍だ。緊急事態宣言や商業施設の閉鎖などにより、外出しくくなり、自宅で過ごすことがかなり増えた。同時に、デジタル化が促進されたことで、ネット上で買い物をする行動パターンが増えたと言える。

●「2025年の崖」への対応

「2025年の崖」は、経済産業省が2018年に発表したDXレポートで初めて記述された。同レポート内では、企業がDX推進に取り組まないと、2025年から年間で現在の約3倍となる約12兆円もの経済損失が発生すると予想している。これに対応するためにも、多くの企業にDX化が求められている。

日本企業における「DX」の取り組み状況と成果

ここでは、日本企業における「DX」推進状況や成果を見て行こう。

●取り組み状況

日本企業全体では、「DX」推進に取り組む企業の割合が増加している。特に、大企業は4割もの企業が全社戦略として取り組んでいる。ただ、十分な予算を確保するのが難しい中小企業では、1割程度という現状にある。それでも、中小企業においてもデジタルを活用した業務改善や新たな事業モデルの創出を実現した事例も見られるようになってきている。今後は企業規模に関わらず、多くの企業が「DX」推進に取り組んでいくものと思われる。

●成果

IPA(情報処理推進機構)の調査によると、6割以上の企業が「成果が出ている」と回答している。「DX 」の成果については、多くがデジタイゼーション、デジタライゼーションの段階に留まっており、「DX」の段階の成果までは出ていない企業が多い。

経済産業省の「DXレポート」によるDX推進の変遷

経済産業省が2018年から発表している「DXレポート」は、日本企業のDX推進における課題と方向性を示す重要な指針となっている。2024年現在までに発表された計4回の「DXレポート」を基に日本におけるDX推進の変遷を振り返りたい。

DXレポート(2018年):「2025年の崖」問題の提起
上述した通り、初版となる2018年のDXレポートでは、「2025年の崖」という深刻な課題が提起された。具体的には、既存基幹システムの老朽化とデジタル市場の拡大に伴うデータ量の増大、メインフレームの担い手の高齢化による世代交代の必要性、先端IT人材の不足という重要な問題を指摘。この問題が解決できないと、DXが実現できないだけでなく、2025年以降、年間最大12兆円の経済損失が生じる可能性を示した。

DXレポート2(2020年):コロナ禍におけるデジタル化の加速
2020年の「DXレポート2」では、新型コロナウイルスの影響でデジタル移行が加速する中、企業文化の変革の重要性が強調された。特に、変化の激しい市場ニーズや顧客課題に素早く対応できる俊敏性の獲得が重要だと指摘している。

DXレポート2.1(2021年):エコシステム形成の重要性
2021年の「DXレポート2.1」では、ユーザー企業とベンダー企業の関係性に焦点を当てられている。単なるコスト削減や安定的なビジネス関係を超えて、デジタルを活用した価値創出と、その価値を介して他社や顧客とつながるエコシステムの形成の必要性が提言された。

DXレポート2.2(2022年):具体的な行動指針の提示
2022年の「DXレポート2.2」では、より実践的な3つの行動指針が示された。第一に、デジタルを、省力化・効率化ではなく、収益向上にこそ活用すべきであること。第二に、DX推進にあたって、経営者はビジョンや戦略だけではなく、「行動指針」を示すこと。第三に、個社単独ではDXは困難であるため、経営者自らの「価値観」を外部へ発信し、同じ価値観をもつ同志を集めて、互いに変革を推進する新たな関係を構築すること。また、これら3つを実現するための仕掛けとして、「デジタル産業宣言」が策定された。

「DX」推進の手順

ここでは、「DX推進」の手順について説明したい。

(1)現状の可視化と目的の明確化

「DX」に取り組むにあたって、まずは自社のビジネスや社内組織の現状を可視化したい。具体的には、社内で使用している既存システムを管理するのに必要な人的リソース、部署ごとに管理している情報資産などを可視化していこう。併せて、DXを実現するには、「DX」推進の目的も明確にしよう。競争優位性の確立や新市場の創出など、目的は色々と考えられる。

(2)人材確保と組織体制の整備

次に人材確保や組織体制を整備したい。近年、DX推進に取り組む企業が増えているものの、それを実際に担えるDX人材、圧倒的に不足している。そのため、DX人材を確保しようと採用を強化したり、社員のリスキリングをしたりすることでDX人材を育成していこうとしている。

(3)デジタル活用による業務効率化

手作業で対応している業務は多い。そこを、SaaSや業務システム、ツールなどを活用してデジタイゼーションを推進していく必要がある。ここで、気を付けなければいけないのは部署ごとに判断すると、情報が分断されがちになることだ。あくまでも、長期的な視点に立ちプロセス全体を最適化していく考えを持つことが重要となってくる。

(4)データの蓄積・活用

環境の変化が早い現代社会では、データに基づいて経営判断を進める「データドリブン経営」の重要性が高まっている。しかし、現状ではデータ利活用を適切に行えている企業はそれほど多くはない。まずは、データを蓄積した上でそれらを活用する方法を見出していきたい。

「DX」推進の課題

多くの企業が、「DX」推進に取り組んでいるものの、まだまだ成果が導けている企業は少ない。どこに問題があるのであろうか。

●全社的な取り組みができていない

「DX」に取り組む企業は増加しているものの、全社的に取り組んでいる企業は全体の3割以下にとどまっているのが実態だ。中には、個別の部署単位で取り組んでいるにすぎないと言う企業も少なくない。これでは部署間の連携が難しく、データ活用も進まない。全社戦略がないとこうした問題が生じがちとなる。



●DX人材の不足

デジタル技術を使いこなせる人材が社内に不足していることも、「DX」推進が遅れる要因の一つだ。実際のところ、IPAの調査によれば、開発を内製化している企業は4社に1社程度しかないと報告されている。この状況は当面変わらないであろうし、今後はもっと人材確保が困難になると予想される。人材不足によりプロジェクトを立ち上げられない、完遂できない。そうしたケースが増えていくと見込まれる。

●教育施策が短期的

「DX」推進に向けた企業の教育姿勢にも疑問を感じる。短期的な施策に偏りがちだからだ。その原因は、そもそも「DX」推進の目的が明確でないことが大きい。それを基に、目標や具体的なアクションプランに落とし込んでいくのであるが、単なる業務のデジタル化や効率化に留まってしまっている。

「DX」推進のポイント

「DX」推進が遅々として進まない理由を踏まえ、企業が「DX」推進をどう進めていけばいいのか。そのポイントを紹介したい。

●経営陣主導で全社的に取り組む

経営陣が主導して、「DX」の目的や意義を全社に伝え、従業員の意識を変えていかなければいけない。そのためにも、まずは経営陣自らが「DX」に取り組む意義をしっかりと理解し、自身の言葉で「今なぜ当社で『DX』を推進する必要があるのか」を語れるようにならないといけない。併せて、経営陣が主導して、DX推進組織の整備を行うことも重要となる。

●経営戦略に基づきゴールとビジョンを設定する

「DX」を推進していくにあたっては、ゴールとビジョンを明確に定め、社内で共有することが重要となる。そこから逆算して「DX」の目標を設定し、さらに効果的なアプローチを考えていくことだ。これを中途半端に行ってしまうと失敗のリスクが高くなる。

●DX人材を育成する

「DX」はデジタル・テクノロジーを用いて組織やシステムに変化をもたらしていくことである。現場とIT/DXに精通している人材がいれば、非常に有難い。開発を外部に依頼しているケースでは、繋ぎ的な役割を果たしてもらえるからだ。しかし、そうした人材はなかなかいないので、育成していくしかないだろう。

●スモールスタートで進める

小さく産んで大きく育てる。この考えは、「DX」にあっても変わらない。段階的に大きくして行けば良いのだ。むしろ、最初から大規模なシステム開発を目指してしまうと、現場が混乱してしまう可能性が高い。できれば、特定の部署・業務を絞り込んで、成功モデルを作り出した上で横展開していくことを推奨したい。

●専門家に相談する

社内にDX人材がいなければ、専門家のアドバイスを受けてみてはどうだろうか。例えば、「よろず支援拠点」、「商工会議所」、「商工会」などの支援機関では、ITコーディネーターのような専門家がアドバイスをしてくれたりする。また中小機構では、IT専門家を「中小企業デジタル化応援隊」として選定、「DX」に向けた活動を支援する取り組みを行っている。

●補助金制度を活用する

経営資源が限られている小規模企業・個人事業主が「DX」を推進するときには、補助金制度の活用をお勧めしたい。例えば、「IT導入補助金」、「小規模事業者持続化補助金」などは使い勝手が良い。実際に申請をする際には、経営戦略・ビジョンに基づいた事業計画を策定してからが望ましいと言える。

企業の「DX」推進事例

最後に、企業「DX」推進事例を紹介しよう。以下は「DXグランプリ企業2024」に選ばれた先進企業3社の事例である。

●LIXIL

LIXILは住宅設備機器メーカーとして、顧客体験(CX)と従業員体験(EX)の両面から「DX」を推進している。顧客体験(CX)では、AI音声認識技術を活用したオンラインショールームと3D見積もりシステムを導入し、コールセンターにも自動音声認識を実装して販売プロセスを効率化した。従業員体験(EX)においては、生成AI技術を取り入れた「LIXIL Ai Portal」を導入し、「LIXIL Data Platform(LDP)」でデータを一元管理することで、業務効率を大幅に向上させている。

●アシックス

アシックスは、データ活用による経営の見える化を通じて既存ビジネスの深化を図るとともに、新規ビジネスモデルの創出に注力している。特にDTC(Direct to Customer)戦略を強化し、顧客への直接販売を推進。アシックススポーツ工学研究所の高度な商品開発力と品質管理を組み合わせることで、中期経営計画の目標を大きく上回る成果を達成した。全世界で700名を超えるデジタルプロフェッショナルを抱え、グローバルな拠点設置と人材配置を実現している点も特徴と言える。

●三菱重工

三菱重工は、社会課題解決に寄与するDXとして高い評価を受けた。特に注目すべきは、2050年の日本政府によるカーボンニュートラル目標に対し、2040年までの自社での先行達成を目指すロードマップを具体化している点だ。また、先進制御技術を集約したプラットフォーム「ΣSynX(シグマシンクス)」を導入し、EC(電子商取引)や物流に対応したワンストップソリューション事業を展開。デジタル技術を活用した安全・安心な社会基盤の実現を目指している。

まとめ

今日のビジネス環境は、変化が物凄く速い。経営陣はもちろん、ミドルマネジメント職も、日々蓄積される情報やデータを上手く活用し意思決定していかなければいけない。まさに、データドリブン経営だ。ただ、実態を見るとかなり厳しい。現在、企業におけるデータの活用率は3%程度。30社中に1社だという。企業に「データ活用」を定着させることは、「DX」を成功に導く後押しとなってくれるはずだ。その実現に向けて、今できること・やるべきことを怠らないようにしたい。

よくある質問

●「DX」の代表例や身近な例は?


「DX」の代表的な例としては、スマート家電、テレワーク、フードデリバリーサービス、タクシー配車サービス、オンラインスクールなどが挙げられる。特にテレワークは新型コロナウイルスの影響で広く普及し、働き方を大きく変えた。また、モバイルオーダーやサブスクリプションサービスなど、デジタル技術を活用して新しい顧客体験を提供するサービスも「DX」の好例と言える。
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