生産性やエンゲージメントと結びついている「心理的安全性」。2015年に米グーグルが、「心理的安全性は成功するチームの構築に最も重要なものである」と発表しており、企業の組織や従業員にプラスの効果をもたらすことがわかっている。現在、研修や1on1など、心理的安全性に関する施策に取り組む企業も増えている。そこで本稿では、職場で実践できる心理的安全性の測り方や高める方法、コミュニケーションにおける注意点や企業例などについて詳しく解説する。
「心理的安全性」の作り方や高める方法は? 測定する7つの質問や企業事例も解説

「心理的安全性」とは

「心理的安全性」とは、他者からの反応に怯えたり、羞恥心を感じたりすることなく、自然体の自分をさらけ出すことができる状態を意味する。2015年に米グーグル社が、「心理的安全性は成功するチームの構築に最も重要なものである」と発表したことで注目を集め、以降は心理的安全性に多くの企業が関心を寄せている。心理的安全性が高い職場は、「情報やアイデアの共有が盛んになる」、「エンゲージメント向上」といった効果が生まれる。


職場の課題はどこにあるか、「心理的安全性」を測定する7つの質問

では、心理的安全性を高めるうえで何が大事になってくるのだろうか。それは、職場のどこに課題があるかをまず測定すること。有効なのが、ハーバード大学で組織行動学を研究するエイミー・エドモンソン教授が提唱する7つの質問だ。

(1)チーム内でミスを起こすと、よく批判をされる
(2)チームのメンバー内で、課題やネガティブなことを言い合うことができる
(3)チーム内のメンバーは、異質なものを受け入れない傾向にある
(4)チームに対して、リスクが考えられるアクションを取っても安心感がある
(5)チーム内のメンバーにヘルプを出しづらい
(6)チーム内で自分を騙すようなメンバーはいない
(7)現在のチームで業務を進める際、自分のスキルが発揮されていると感じる


7つの質問の中で、ポジティブな回答が多いチームは「心理的安全性」が高いと言っていい。一方、ネガティブな回答が多いチームは「心理的安全性」が低いとされる。エドモンソン教授が提唱する質問以外にも、企業ビジョンの理解や人間関係に関する調査の中に、「チームや組織内で不自由なく意見を言い合えているか」、「メンバー同士で協力し合える関係を築けているか」といった質問の項目を入れるのも効果的だ。

「心理的安全性」を作る方法

実際に職場で「心理的安全性」を作るには、何をすればよいのだろうか。ここでは4つの方法を紹介したい。

(1)メンバー間の信頼関係を構築する
(2)風通しの良い組織づくり
(3)ポジティブ変換
(4)サポートを意識したマネジメント


それぞれの具体的な施策を詳しく見ていこう。

(1)メンバー間の信頼関係を構築する

メンバー同士の相互理解を深めていくうえで有効なのが、「1on1」、「多様な価値観の受容」といった方法や姿勢だ。

●1on1
上司と部下の一対一のミーティングを指す1on1。ざっくばらんな雰囲気で、約30分の面談を1週間に1回といった高い頻度で行うのが特徴だ。最近の仕事で感じること、仕事で何を得られたこと、仕事で得たものをこの先どう活かしていきたいかなどを、雑談を挟みながら会話していく。ポイントになるのが、上司の部下に対する姿勢。「話をしっかり聞いているよ」という態度を示し、部下がなんでも隠さず言える空間を作ることが求められる。

目的は部下に安心感を持ってもらうこと。1on1を継続し、「上司は私のことをわかってくれている」、「意見をしっかり聞く会社だ」という思いが部下に芽生えれば、信頼関係を構築できたといっていいだろう。

●多様な価値観の受容
近年、各企業のダイバーシティ推進によって、年齢や性別、国籍といった様々な背景のある多様な人材が増えている。一人ひとりの価値観や思考、ライフスタイルも大きく異なってきているため、従業員同士がお互いの価値観を受容することが求められていく。それぞれの視点や価値観をもとにした多種多様なアイデアや意見も生まれやすいだろう。

●サポートし合う関係づくり
心理的安全性が高い組織やチームは、サポートし合う関係づくりができている。チーム内で、は「お互いの弱みを補いながら仕事を前に進めていく」、「個人プレーに走らない」といった共通認識を持つことが大事になってくるだろう。企業や組織、チームの目標を共有し、目標の達成に向けてチーム内で役割分担をきっちり決めることで、協力関係に対する意識を高めることができる。

役割を決めるなかで、各自の能力やスキルの得意・苦手の分野も共有できれば、メンバー間の相互理解は深まる。何が得意で何か苦手かお互い理解できているので、サポートし合える環境が出来上がる。

●入社後フォロー
新卒、中途問わず部署に配属されたての新入社員は不安がつきもの。例えば、新卒社員には年齢の近い若手社員1名をフォローに付ける「メンター制度」を導入するのがいいだろう。仕事や職場内の人間関係について悩みを打ち明けられる存在がいれば、不安は徐々に解消されていく。

また、中途入社者にありがちなのは、前職との違いに悩むケース。上司だけでなく周囲のメンバーも積極的にコミュニケーションを取ることで、社内ルールや仕事の進め方に関する質問もしやすく、早期に新しい会社に馴染める。

(2)風通しの良い組織づくり

上司と部下といった上下関係があるゆえ、部下から意見を言いづらいことがあるだろう。心理的安全性を高めるうえでは、誰もが本音を発信できる組織づくりが求められる。

●共通認識のすり合わせ
チーム内でルールや決まりがなく、それぞれが独自で仕事を進めていれば、縦だけでなく横の関係も見えづらく、意見や要望を言いづらい傾向にある。

例えば、言語化・数値化した目標やビジョン、ミッション、バリューをチーム内で共有する。ミーティングなどで定期的に共通認識のすり合わせをすることで、役職や社歴、雇用形態問わず、同じ目線で意見や要望についてコミュニケーションを取ることができる。

●平等な発言機会の提供
例えば、チームでいつも一部のメンバーの意見だけを取り入れると、その他のメンバーはやがて発言しなくなるだろう。メンバーそれぞれに平等な発言機会があれば、安心感を持って業務に取り組めるだろう。

ミーティングなどで発言するのが苦手なメンバーに対しては、こちらから意見を求めてみよう。主体性は一旦求めず、メンバー全員の意見に聞く耳を持つこと組織運営が大事と言える。

●積極的なアイスブレイク
チームミーティングでメンバーの発言が少ない場合は、緊張感や威圧感を部下に与えているかもしれない。発言のしにくさにつながるため、緊張を和らげるアイスブレイクが効果的と言える。

例えばミーティングの冒頭で、上司や社歴の長い従業員から、世間話やプライベートであったことを積極的に話してみる。無理に笑わせる必要はないが、場を和ませる姿勢を示すことで、心理的安全性はこれまでよりもぐっと高まる。

●ミーティングで全員が発言する機会の確保
アイスブレイクに似た手法として、チェックイン・チェックアウトというのがある。ミーティングの最初や最後に少し時間を取り、参加者全員の発言機会を確保する手法だ。

例えば、ミーティングのはじめに一人ずつ自分の近況を話したり、最後に今回のミーティングをそれぞれが振り返ったり。最初に全員が話せば、緊張が和らぎ、意見を言いやすい場を作ることができる。最後に全員で振り返りを行えば、各自の考えを共有でき、チーム内の相互理解が促進される。

(3)ポジティブ変換

チーム内のメンバーそれぞれが意図的にポジティブな思考を持つことで、心理的安全を高めることができる。

上司や先輩であれば、今必要ではない情報が提供されても否定せず、多様な視点がチームに備わると思って受け入れる。否定的な意見を言うメンバーを拒絶するのではなく、クリティカルシンキングによって、問題の解決が前に進むと思って意見を聞こうとする。

部下や後輩の場合は、ミスを報告すると無知だと思われるので言わないでおこうではなく、ミスを成長の機会として捉え、アドバイスをもらいにいく。会議の邪魔になると思い意見を躊躇するのではなく、自分の考えはチームの役に必ず立つと思い、恐れず発言する。

上司と部下の双方にポジティブ変換できる思考があれば、高い心理的安全性を維持しながら仕事を進めていくことができるだろう。

(4)サポートを意識したマネジメント

チーム内の心理的安全性のカギを握るのは、メンバーのマネジメントを担うリーダーやマネージャーだ。米グーグル社が行った、社内で働く1万人以上の従業員を対象にした調査「Project Oxygen」によれば、チームの生産性を高めることができる「最高の上司の条件」として8つの特徴があるという。共通点はサポートを意識したマネジメント。心理的安全性を高めるうえで参考になる特徴といえるだろう。

・専門知識を持った良いコーチ
・マイクロマネジメントはしない
・部下の健康や成功に関心を示す
・生産的であり、成果主義である
・聞き上手で、積極的にコミュニケーションも取る
・メンバーのキャリア形成をサポートする
・ビジョンと戦略が明確
・技術的な専門知識をチームに還元している

「心理的安全性」を向上させる人事施策

●1on1ミーティング

1on1ミーティングは、上司と部下が定期的に行う1対1の対話の場だ。メンバーの声に耳を傾け、個人の考えや懸念を理解する機会となり、上司は各個人の特性や課題を把握し、適切なサポートがしやすくなる。そのため、単なる業務報告ではなく、キャリアプランや職場環境についての率直な意見交換を促し、信頼関係の構築を図っていきたい。また、社員のメンタルヘルスをサポートするためにも有効で、メンバーそれぞれが安心して自己表現できる環境づくりにも役立つ。

●OKR

OKR(Objectives and Key Results)とは、組織と個人の目標を連携させる目標設定手法である。チームと個人が何を目指して、何をすべきかを把握することで、相互理解や相互信頼につながる。また当事者意識が高まり、新しいアイデアの提案を積極的に行えるようになる。そうしたオープンなコミュニケーションが、組織全体の心理的安全性の向上につながる。

●OJT

OJT(On the Job Training)とは、経験豊富な社員が若手や新人に実務を通じて指導する研修方法を言う。上司と部下間で質問や相談がしやすい関係性が構築され、心理的な障壁が低くなるだけでなく、部署や世代を超えた信頼関係が醸成され、互いに学び合う文化が形成されることで、組織全体の心理的安全性が高まる。

●ピアボーナス

ピアボーナスは、従業員同士で感謝や賞賛の気持ちとともに報酬やインセンティブを贈り合う制度だ。社内通貨やポイントなど、独自の形式で運用する企業が多い。ピアボーナス制度によって、メンバーに感謝を示すことが習慣化され、職場の雰囲気が良好になる。また、上司からの評価だけでなく、同僚からの認知も得られることで、多角的な評価が可能で、互いの貢献を認め合う文化が醸成される。

●ピアラーニング

ピアラーニングは、従業員同士が互いに学び合う学習方法だ。特定のスキルや知識を持つ従業員が講師となり、社内勉強会を開催したり、プロジェクトの成果物を共有してフィードバックを行ったりする。部門や階層を超えた交流が生まれ、多様な視点や考え方に触れることができるうえ、コミュニケーションが促進され、アイデアを共有しやすい環境を作ることができる。

●雑談

雑談の時間を適度に取り入れることで、職場の雰囲気が和やかになり、業務以外の話題を通じて社員間の距離が縮まる。互いの人間性や価値観を理解する機会にもなる。リラックスした雰囲気の中で、業務に関する新しいアイデアや問題解決のヒントが生まれることも少なくない。ただし、過度な雑談は業務効率を下げる可能性があり、適度なバランスが重要だ。例えば、休憩時間や始業前後の短時間に雑談の機会を設けるなど、工夫が必要となってくる。

「心理的安全性」を高める際の注意点

「心理的安全性」を高める施策は、一歩間違えれば、組織の生産性を低下させる恐れがある。特に組織の馴れ合いや部下への遠慮には注意が必要だ。

●馴れ合いの関係になっていないか

チームの心理的安全性を高めるために、メンバー内のコミュニケーションを増やす取り組みを行うことがある。有効な施策ではあるが、チーム内の緊張感が少し和らぐことによって、組織内に馴れ合いの関係が生じる場合があるため注意が必要だ。会社や仕事へのストレスが減少していくことで、成長や目標に対する意欲が低下し、楽ができる組織だというマインドに切り替わるメンバーもいる。チーム内に馴れ合いを生み出さないために、上司は定期的にメンバーと面談を実施するといいだろう。業務状況や仕事に対する姿勢を見ながら、責任や目標が伴う新たな仕事を任せてみよう。

●部下に遠慮しすぎていないか

心理的安全性を高めるために、仕事の裁量を任せるという方法を取るマネジメント層は少なくないだろう。一つ気をつけなければならないのが、部下に対しての遠慮だ。権限委譲を履き違え、上司が指示や指導をしないことで、メンバーが間違った方向に進むことがある。裁量が与えられることで心理的安全性が高まっても、組織の生産性が低下すれば本末転倒といえる。業務の進捗を確認したり、目標達成に向けて軌道修正したり、部下に対する定期的な業務フォローは上司の重要な役割だ。

●一人ひとりに気を配れているか

一人ひとりに気を配ることで、全員が安心して自己表現できる環境を作ることができる。マネジメント層がメンバー個々の声に耳を傾け、意見や懸念を尊重することで、全員が価値ある存在だと感じることができるからだ。特定の人物だけに注目せず、静かなメンバーにも発言の機会を設けたり、個人の強みや貢献を認識して適切なフィードバックをしたりすることで、自信と帰属意識が高まる。

●完璧を求めていないか

過度な完璧主義は心理的安全性を損なう大きな要因の一つだ。失敗を恐れる雰囲気は、イノベーションや成長の妨げとなる。むしろ失敗を学びの機会として捉え、それを共有し合うことが重要だ。「完璧」よりも「改善」にフォーカスして、小さな進歩を称賛することで、挑戦意欲が高まる。過度なプレッシャーを避け、建設的なフィードバックを心掛け、メンバー個々が安心して新しいアイデアを提案できるよう働きかけたい。

「心理的安全性」を高めるための企業の取り組み事例

●富士通

富士通は2021年に、ジョブ型人材マネジメントや組織エンゲージメント向上への取り組みを進め、人事施策による革新的なアプローチの導入をリードする「Employee Success本部」を新設。「どうすれば個人・チームの心理的安全性を高め、その状態を持続させ、イノベーションを起こすことができるのか?」という問いに対し、全社横断のメンバーでプロジェクトを設計し、社員の声を集め、さらに早稲田大学の専門家とも協力して独自の心理的安全性向上モデルを策定した。それらを「心理的安全性Playbook」としてまとめて公開することで、多くの社員へ理解形成や行動変容を促すきっかけとした。また「心理的安全性向上プログラム」には、社員の2,230名が参加し、95%が有意義だったと回答。さらにプログラムに参加した組織では心理的安全性スコアが向上し、具体的な行動の変化が見られたという。

●メルカリ

メルカリでは、2017年から従業員エンゲージメント向上のために、ピアボーナス制度「mertip(メルチップ)」を導入している。メルチップは、社員同士で気軽に感謝の気持ちを表して贈り合えるインセンティブである。感謝や賞賛の思いをリアルタイムに表すことができる環境ができ、多拠点や他部署との調整のハードルが下がったり、仕事を見てくれていると感じられたりと、心理的安全性の醸成につながっている。

まとめ

職場やチームの「心理的安全性」は、様々な方法で高めることができる。ただ、定期的に組織の状態をチェックすることも忘れてはいけない。高い「心理的安全性」を維持していくためには、施策の実行前だけでなく、実行後も測定する組織運営がマジメント層に求められるだろう。

よくある質問

●「心理的安全性」を高めるうえでの注意点は?

安全性を高めるために、は以下の点に注意してコミュニケーションを図るようにしたい。
・馴れ合いの関係になっていないか
・部下に遠慮しすぎていないか
・一人ひとりに気を配れているか
・完璧を求めていないか
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