企業でしばしば見られるボタンの掛け違いが起こる原因は何か
発達障がいのあるAさんは、企業で働いています。実は、Aさんはつい最近まで自分の障がいに気づかず、健常者として働いていました。しかし、30代半ばになったときに発達障がいとの診断を受け、障がい者手帳を取得し、障がい者枠ではじめて働くことになりました。Aさんの特性としては、短時間で新しい情報を記憶することが難しいという点があります。以前働いていた職場(障がい者手帳はなし)では、聞いたことがなかなか覚えられないため、業務を何度も教えてもらうことが多かったそうです。そのため、職場の人から「1回で覚えて」と言われることをつらく感じていました。そのような体験もあり、ご自身でも物覚えがよくないことは認識されていたようです。
障がい認定を受けてから内定をもらった転職先には、障がい者雇用の枠で採用されました。また、その会社は、今までにもすでに障がい者雇用に取り組んでいる実績もあったので、Aさんは、入社する会社は障がい者の受け入れに慣れているだろうと思っていました。一方で、障がい者枠での入社は、自分が障がい者であることを示しているため、他の従業員からどのように見られるか、という心配はあったそうです。
Aさんは、身体障がい者の方と一緒に10人ほどの部署に配属されました。しかし、その配属先の先輩社員から、障がいに配慮があるとはおよそ思えないような仕事の指示を出されたり、パワーハラスメントを受けていると感じてしまったりしたようです。結局、同僚のもうひとりの障がい者の方と励まし合っていましたが、体調を崩し、しばらくすると退職してしまうことになりました。
このような状況は、何が原因だったのでしょうか。私は、会社の方からの話を聞いていないので、Aさんの話だけで判断するのは、なかなか難しいのですが、まず、私たちが認識しておきたい点は、「立場が違うと見え方が違う」ということです。
就職する障がい者のAさんには、「障がい者雇用を今までにもしている会社だから、障がい者の理解は進んでいるだろう」、「自分の障がい・状況も理解してくれるはずだ」という思いがあったのかもしれません。
また、Aさんによると、「よく一緒にいるのは障がい者の同僚だった」ということで、他の従業員との交流は、あまりおこなおうとしていなかったのかもしれません。Aさんとしては、職場の方から障がい者に配慮した情報提供や対応をしてほしかったかもしれませんが、それが職場の人たちには伝わっていなかった可能性が考えられます。
一方、企業側の立場から考えてみると、もしかするとこの会社の障がい者雇用の方針は、「障がいの有無に関わらず同じように仕事ができる環境や場を与えたい」というものだったのかもしれません。そのために求められるものが、Aさんが考える障がい者雇用の仕事よりも高かったのかもしれません。
また、Aさんの入社の際、同じ部署に他の障がい者の方と一緒に配属されたという点は、「何かと相談したり、話しやすいのでは……」という、会社なりの配慮だったかもしれません。
同じ状況でも、企業側から見た視点と採用された障がい者からの視点では、このように大きく違います。企業ではよかれと思ってやっていることでも、当事者にその思いが伝わっていないのであれば、一方的な「思い込み」や「つもり」でしかなく、その認識のズレを大きくしてしまうこともあるのです。
そのような状況にならないために必要なことは、「お互いのコミュニケーション」です。ただし、この「コミュニケーション」とは、ただ話していればよいというものではありません。どんな点にポイントをおいて話すとよいのでしょうか。
ミスマッチを防ぐためのポイントは企業のスタンスを示すこと
障がい者雇用は法律によって定められており、企業は、障害者雇用率を達成することに大きな注力を向けています。しかし、それをどのように達成するのかは、企業のスタンスによってまったく異なります。そのため、「企業が考える障がい者雇用」と「就職希望者が考える障がい者雇用」の考え方を合致させておくことは大切です。就職している障がい者の悩みを聞いていると、次のようなことをよく聞きます。「障がい者の業務は限定された仕事ばかりで、もっとスキルアップできるような仕事がしたい」という声がある一方で、「次々と新しい仕事や役割が期待されて、精神的な負担を感じる」という意見もあります。
障がい者雇用の取り組みに対する考え方は、大きく2つに分けられます。1つ目は、障がい者雇用率を達成することに重きをおいた場合。もう1つは障がいの有無に関係なく、一般の従業員と同じような働きを期待した雇用です。
例えば、ある企業では、障がい者のために業務を切り出すことが難しいという状況があるかもしれません。そのため、障がい者が活躍できる職場にすることよりも、雇用率カウントになる時間をどのように勤務してもらうかが優先となっていることも少なくありません。
一方、別の企業では、障がい者でも他の社員と同じような働き方(仕事内容や勤務時間を含め)をしてほしいと考えているかもしれません。仕事のやりがいはあるかもしれませんが、それにともなった責任や求められるレベルも高くなるでしょう。
このような状況で、障がい者雇用率を達成することに重きをおく定型的な仕事が中心の企業に、いろいろな仕事で活躍したいと考えている人が応募したら、仕事が物足りなく感じるかもしれません。
また、障がいの有無に関わらず同じような働き方を望む企業に、まだ体力的にもメンタル的にも少し不安がある人が就職すると、それほど時間が経過しないうちに、休みがちになってしまうケースが見られます。
障がい者雇用を進めるときには、仕事内容や勤務時間などは重視されますが、「障がい者雇用に対する会社のスタンス」については、あまり重視されていないように感じます。少なくとも採用時にお互いに確認しておくことによって、入社してから思っていた仕事・環境とは違うと感じる当事者は減ると思いますし、より会社のやり方に合あった採用ができるでしょう。
もちろん採用の時点でこのようにできれば一番よいのですが、当事者自身もそこまで考えていなかったり、実際に働いてみないとわからなかったりということもあります。採用後、とくに数ヵ月間は、定期的に仕事の内容や進捗具合などを確認する時間を作り、視覚的な方法で情報を示すとよいでしょう。
また、基本的には、会社と雇用された障がい者との間でコミュニケーションをはかっていくことが望ましいですが、採用後間もない時期で本人の緊張感が高い場合には、就労支援機関のスタッフに同席してもらうことが有効なこともあります。
今回は、企業と障がい者でのミスマッチをなくすために必要なことについて考えてきました。障がい者雇用と一言でいっても、企業におけるスタンスはさまざまです。採用前にできるだけコミュニケーションをはかり、企業側の障がい者雇用へのスタンスを伝えておくと、大きなミスマッチは防げるでしょう。また、採用後も定期的にコミュニケーションの場を作るよう意識することが大切です。
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