“力を引き出す”ポイント_四方八方への働きかけ
部下の力を引き出すためには、マネジャーは誰に働きかけるべきでしょうか。もちろん、部下本人です。ケース2に登場したマネジャーの篠原は、部下一人ひとりへの配慮が明らかにかけていました。部下が悩んでいるときには一緒に考え、スキルが足りないなら営業同行などを通じてやり方を教え、あるいは部下があきらめそうになったときには動機付けをする。篠原には、こうしたことが必要でしょう。しかし、それだけでは十分ではありません。部下に働きかけ、部下が前向きになったとしても、前に踏み出せないことがあります。足かせが存在するのです。その足かせをはずしてあげなければ、部下は前に進むことができません。
それではどのような足かせがあるのでしょうか。図2をもう一度見てください。多くの部下が障害に感じるものに(さらに言えば、多くのマネジャーがそのことに気づいていないものに)、破線の丸で囲われた「協力不可欠な他部門、他社との調整の欠如」があります。戦略は大掛かりなものです。1人あるいは特定部門だけで進めることができない方が多いでしょう。それにも関らず、相手組織との調整がなされないために、部下は動きたくても動けないのです。
もうひとつあります。多くのマネジャーが問題だと認識しているものに(部下からは気づかれていないようですが)、「マネジャーが上位戦略に懐疑的」があります。現場を指揮するマネジャーとして、上位組織からおりてきた戦略がおかしいと感じることは少なくないでしょう。そのため、部下に対して気持ちを込めて部門の戦略を説明することができなくなってしまっているのです。このような場合、マネジャーは上位組織と議論しなければなりません。しかし、別途実施したマネジメント現状調査によれば、上位方針がおかしいと感じたときに、上に意見を言ったり議論したりするマネジャーは多くありませんでした。ペルツ効果(注2)として言われているように、上位組織に対する影響力を発揮しないマネジャーがいくら部下に働きかけたところで、部下の不満が溜まるだけなのです。
ケース2からは、横の組織や上への働きかけが必要かどうかは読み取れませんが、もしかしたら、技術部門やサービス部門の協力があればやりやすいことがあるかもしれません。あるいは、本社役員が同行してくれれば経営層に会える確率も高まるでしょう。
このように、部下の力を引き出すためには、マネジャーは部下に働きかけるだけではなく、四方八方に働きかけなければなりません。そして、部下、横の組織、上司への効果的な働きかけ方は、当然のことながら異なります。それぞれに対する働きかけ方は『人材開発白書2014』もしくは『戦略の実行とミドルのマネジメント』をご覧ください。
注1:金井壽宏(2005)『リーダーシップ入門』日本経済出版社。
注2:1950年代にミシガン大学の心理学者ドナルド・ペルツが、フィールド・サーベイ結果をもとに発表した心理効果です。通常は、上司の支援が増えるほど部下の職務満足度も高まります。しかし、ある条件のもとでは職務満足度が下がってしまう現象を発見しました。この2つを分ける条件とは、上司の上方影響力だといいます。上司が部下を支援すれば、部下には能力が高まり、また色々な改善アイデアが浮かぶようになります。しかし、部下が、あるいは部門で何かに取り組もうとした場合には、さらにその上位層の承認や予算措置が必要な場合があります。上司がその上の上司を説得できなければ、部下は身に付けた能力を発揮することができず、またせっかく思いついた改善アイデアを実践することができず、フラストレーションが溜まってしまうのです。
富士ゼロックス総合教育研究所では、1994年より人材開発問題の時宜を得たテーマを選択して調査・研究を行い、『人材開発白書』として発刊しています。
2011年から4年間にわたり、「なぜ戦略は実行されないのか」という問題意識のもと、ミドルマネジャーの役割に焦点を当て、6種類の定量・定性調査を実施しました。分析結果は、各年の『人材開発白書』で報告され、また『戦略の実行とミドルのマネジメント』(同文舘出版)にまとめられています。
本コラムは、これらにもとづいて書かれています。なお、『人材開発白書』のバックナンバーは、弊社のホームページ(http://www.fxli.co.jp/)よりダウンロードできます。