ケース1
奥本充は、オフィス向けの事務機器を扱う販売会社の営業マネジャーである。あるエリアを任されている支店長で、支店には4人の部下がいる。中道雄介、岸本満、中島恵子の3人は営業を担当している。いずれも20歳代後半から30歳代前半の、ちょうど油が乗っているころである。この3人に加えて、アシスタントの安田京子が奥本の部下である。事務機器を売るのは第一線で戦っている部下である。そう考えている奥本は、部下に最大限の配慮をしている。部下が仕事で行き詰っているように感じたときには、自分の仕事を差し置いてでもすぐにかけより、一緒に解決策を考える。動機づけも忘れない。悩んでいる人がいたら食事に誘い、ポケットマネーでご馳走している。部下本人だけでなく、家族のことも気にかけている。奥さんの誕生日にはプレゼントを贈り、お子さんが病気になれば早退を勧め、仕事を肩代わりしてあげている。
こうした奥本に対し、部下は全幅の信頼を寄せている。誰もが“この上司のために頑張ろう”と思っており、自発的に色々なことに取り組んでいる。
これまでは何とか売上予算を達成してきたが、今年に入って状況が変わった。明らかに競合企業に負ける商談が増えてきたのである。こうした状況を察知した3人の営業担当は、自発的に行動を起こした。
中道は提案の質の向上に取り組んだ。事務機器には様々な種類があり、そしてあまり知られていないような機能もある。顧客企業の業務特性にあった機器を提案し、効果的な使い方をアドバイスすれば、競合他社に勝てると考えたからである。
岸本は訪問件数を増やす努力を始めた。シェアを奪回するためには、新規顧客や離反顧客へのアプローチが重要である。とにかく会わない限りは提案機会をもらえない。そう考えた岸本は、それまでの1.5倍の訪問件数目標を自らに課した。
中島は考えを大きく変えた。営業担当が3人しかいない中では、いくら頑張っても限界がある。プッシュ型からプル型に変えて、顧客から問い合わせが来るようにすべきだと考えた。そして、支店のホームページを刷新し、製品紹介だけでなく使い方の説明も加えた。投資が必要だったが、中島の熱意に押された奥本が本社にかけあい、最小限ではあるが確保してくれた。
しかし、売上は一向に回復しない。それどころか以前よりも悪化してきている。
中道は提案の質を向上するために頑張っている。その中道に対して、奥本もできる限りのアドバイスをしている。しかし、なかなか良いアイデアがでず、特に競合A社の提案内容の足元にも及ばない。聞くところによれば、A社は営業担当全員で提案検討会を開いており、成功事例やちょっとした勘所を共有しているらしい。
岸本も、朝から晩まで顧客訪問をしている。目標訪問件数に達しない場合は、飛び込み訪問も辞さなかった。どんなに岸本の帰社時間が遅くなったとしても、奥本は必ず待っており、その努力をねぎらった。しかし、どんなに岸本が頑張っても、競合B社のカバー率には及ばなかった。B社ではアポ取りと初回訪問だけをする契約社員を3人程度雇っているようである。
中島も、慣れない中でホームページでの情報発信を続けている。新製品情報のアップデートを怠らず、また“便利な使い方コーナー”を設けて、3日に1回の頻度で新しい情報を掲載している。ネタがなくなりそうなときもあるが、奥本のアドバイスもあって、これまで一度も飛ばしたことがない。しかし、競合C社のホームページに比べるとかなり見劣りする。見やすさや使いやすさの違いも歴然としている。また、C社では商品やその使い方を動画で紹介しており、SEO(検索で上位表示させる)の取り組みも進めている。支店横断のホームページ担当部門が力を発揮しているらしい。
手を抜いている部下は一人もいない。それどころか、他の支店よりもはるかに努力している。それなのに支店の成果があがらないのは、何がいけないのか。