「ブラック企業」という言葉が流行語大賞にノミネートされたのは、2013年暮れのことだが、それから1年半経っても、決して「ブラック企業」の問題は過去になったわけではない。

 厚生労働省は今年5月には、従業員に過酷な労働を強いる「ブラック企業」対策を決定し、公表した。従業員の違法な長時間労働で、年3回是正勧告を受けた大企業の社名を公表するというものだ。今までは「書類送検」まで行った企業のみ社名を公表していたが、是正勧告の時点でも公表できるようにした。
また、2014年には「過労死等防止対策推進法」を制定し(2014年11月1日より施行)、「過重労働解消キャンペーン」を行うなど、政府はブラック企業の取り締まりに力を入れている。

 ブラック企業と社会的に認知されると、人材の確保が困難になるというリスクが生じる。現に、大手居酒屋チェーンでは、アルバイトやパートタイマーの求人が困難になり、店舗経営ができなくなる店も出てきて、店舗を統廃合する事態になった。人材不足が叫ばれる今日、企業イメージの低下は、致命的だ。

 つまり、今や、労働関係のコンプライアンス(法令遵守)は、企業としての死活問題になっている点の認識が必要である。
第1回 給与計算にともなう労務コンプライアンスの重要性

◇これからますます「労務コンプライアンス」が問われる時代に

労働関係の法令違反の典型的な事例を紹介しよう。

 大手ハンバーガーチェーンの店長が、会社を相手に、2年分の残業代を請求した有名な裁判がある。

 一般的に、課長職以上の役職者や店長には残業代の支払いは不要であると考えられているが、国の基準はそうではない。残業代の支払いが不要な管理監督者の範囲は厳格にとらえられている。結果として、この店長は、いわゆる「名ばかり管理職」として、管理監督者には該当しないとされた。

 従って、裁判では、2年分の残業代500万円に、罰金に相当する金額250万円の合計750万円の支払いが命じられた(最終的に1000万円で和解)。その後、他の企業でも、店長クラスや管理職の残業代の請求訴訟は激増した。

 近年は、長時間労働や職場内のいじめなどから、メンタル不調に陥る従業員も増えている。精神疾患に罹った従業員が、会社に対して損害賠償請求を起こす事例も激増している。厚生労働省が今年6月に発表した平成26年度「過労死等の労災補償状況」によると、精神障害の労災は、請求件数、支給件数とも過去最高を記録した。

 また、今年12月からは、50名以上の事業所にメンタルチェックが義務づけられるようにもなる。これからは、安全配慮義務がより問われる時代となっている。

◇労務コンプライアンス遵守の「担当者」は人事部

このような環境の中で、労働法令のコンプライアンスが一層重要なものになってきている。

 とりわけ先に挙げた大手ハンバーガーチェーンの例をはじめ、未払い賃金などの給与に端を発する労務トラブルも顕著になってきている。インターネットの普及により情報化社会が進んだ昨今では、従業員も労働関係諸法令に関する知識を得やすくなっており、従業員が最も気にする労働条件である給与は、もし間違いなどがあれば指摘を受けやすいものであると言える。思わぬ労務トラブルを未然に防ぐためにも、従業員の給与を取り扱う給与計算担当者は、特に労働関係諸法令の内容をしっかりと把握しておく必要がある。

 従業員の給与を取り扱う重要な部署にいる人が、必要な知識を持っているか評価する資格として、「給与計算実務能力検定試験」がスタートした。経理の人にはもともと「簿記」という資格があったが、今後はそれと同様に、人事・労務の担当者の方には「給与計算実務能力検定」と位置づけられるであろう新しい資格である。

 給与計算は、所得税・住民税といった税金と、健康保険や厚生年金といった社会保険の2つの領域が重なり、さらに、労働基準法などの労働関係諸法令の知識も必要となる重要な業務である。それにも拘わらず、今までは、「履歴書に書ける資格」がなかった。それは、領域が複数にわたるということも関係したと考えられる。

 しかし、「給与」という従業員の生活を支える重要なものを日々取り扱う担当者には、しっかり必要な知識と能力を身につけておいてもらう必要があるのではないだろうか。

 担当者のスキルアップとして、また、知識や能力の確認として、資格の活用も検討されたい。ひいてはそれが、御社を「ブラック企業」予備軍から救うことにもなるだろう。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!