心身ともに健康で、かつ社会的にも満たされた状態であることを表す概念の「ウェルビーイング(Well-being)」。その考え方は、健康的な生活や充実した人生を実現するために必要というだけでなく、企業経営にとっても欠かせないものとして世界的に注目を集めている。本稿では「ウェルビーイング」について、その意味や経営面での意義やメリット、具体的な取り組み例などを解説する。
「ウェルビーイング」の意味とは? 経営上のメリットや取り組み事例を解説

「ウェルビーイング(Well-being)」とは?

「ウェルビーイング(well-being)」とは、人が心身ともに健康であり、かつ社会的にも満たされている状態を表し、「Well」(良い)と「Being」(状態)を組み合わせた言葉である。

「ウェルビーイング」が1つの概念として注目されるようになったのは、1948年に発効した世界保健機関(WHO)憲章の前文が契機だった。

いわく「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(Well-being)にあることをいいます(日本WHO協会による訳)」。

これ以降、「ウェルビーイング」という言葉は、単に「幸福」という意味を超える概念として世界中に広まった。元々は福祉や医療の業界において使われていたが、従業員の健康が企業・組織にも好影響をもたらすということで、近年はHRや経営の領域でも注目されている。

●「主観的ウェルビーイング」と「客観的ウェルビーイング」

「主観的ウェルビーイング」とは、自分自身の認識や感覚によって得られるポジティブな感情。幸福感や満足感、生活やキャリアにおける充実感、「嬉しい」や「楽しい」といった感情が分類される。

一方で「客観的ウェルビーイング」とは、統計などの客観的な数字に基づいた指標。例えば、GDPや平均健康寿命、生涯賃金、失業率、正規雇用者比率などで計測される。

●「Happiness(幸福)」との違い

「Happiness(幸福)」は一時的な幸福の心理状態を指すが、「Well-being」は満たされている感覚が持続する状態を意味する。つまり「Well-being」は「Happiness」を含めた、より大きな概念であると言える。

●「ウェルビーイング経営」とは

「ウェルビーイング経営」とは、利益のみを追求するのではなく、経営に携わる従業員全員が心身ともに健康で、かつ満たされた状態で仕事に取り組む環境を整える経営指針や手法を言う。また、自社の従業員だけでなく、消費者や社会などすべてのステークホルダーを含めた広義の意味で言うケースもある。

「ウェルビーイング」が注目されている背景

なぜ今、ウェルビーイングと企業経営の関わりが注目を集めているのか。主な3つの背景を説明しよう。

●人手不足とビジネスのグローバル化

少子高齢化による人手不足、終身雇用の崩壊と転職の一般化、さらにビジネスのグローバル化が進んだことで、世界的に優秀な人材の“奪い合い”が発生している。

激化する採用競争を勝ち抜き、また離職を防止するためには、もはや待遇面の優位性を打ち出すだけでは不十分。従業員とその家族が「満たされた状態」になれるよう努力している姿勢を示すことが、企業としての魅力を高め、人材確保につながる状況となっているのである。

●価値観の多様化

企業には、国籍や文化的な背景がそれぞれ異なり、価値観も多様な人たちを受け入れて、存分に能力を発揮してもらい、豊かなワーク・ライフ・バランスを実現してもらうことが求められている。多彩な雇用形態、個々の従業員にマッチした働き方などに配慮し、まさしく「満たされた状態」で仕事にあたってもらう、という経営姿勢が必須のものとなっているのだ。

●働き方改革の推進とテレワークの普及

働き方改革とは、大雑把にいえば「総労働時間を削減しつつ、生産性を高める」ことを企業に求めるものだ。相反する課題を解決するためには、従業員を「満たされた状態」に置き、高いクリエイティビティを発揮してもらうことがカギとなる。「ウェルビーイング」への注力が働き方改革の成否を左右するわけである。

また新型コロナウイルス感染症の拡大によって、テレワークが急速に普及した。この新しい働き方の中でストレスを感じる者、自宅で過ごす時間が増えたことで自分自身や家族の幸福についてあらためて考えるようになった者など、新たな課題が表出し始めている。こうした事態に対応するためにも「ウェルビーイング」という考え方が注目を集めているのである。

日本における「ウェルビーイング」の現状

労働安全衛生法の第三条では、事業者は「快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない」としている。さらに同法は2014年の改正により、50人以上の労働者がいる事業所にストレスチェックを義務づけた。

また経済産業省は、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する“健康経営”を推進。優れた健康経営を実践している上場企業を「健康経営銘柄」として選定するなどの活動をおこなっている。同じく経済産業省による『SDGs経営ガイド』では「従業員が心身ともに健康で働けることが重要」との文言も見られる。

さらに2021年には政府が「Well-beingに関する関係省庁連絡会議」を設置し、ウェルビーイングに関する取り組みの推進に向けて、各省庁間で情報共有・連携強化・優良事例の横展開を図っている。

このように法律・政策の面で「ウェルビーイング」への配慮を示している我が国ではあるが、その実現や効果という点では、まだまだといわざるを得ない。

たとえば国際連合が発表している「世界幸福度報告」の国別ランキング(世界幸福度ランキング)では、フィンランドやデンマーク、アイスランドなど、北欧を中心とするヨーロッパ諸国が上位を占めているのに対し、日本は2021年が56位、2022年が54位、2023年が47位。先進国の中では幸福度下位の常連となっている。

また日本企業が、「ウェルビーイング」に対する意識が高いとされる外資系企業に、採用や業績の面で後れを取ることは、もはや当然の光景と化している。法律・政策に頼らずとも、自発的・能動的に「ウェルビーイング」重視へと向かうことが求められる時代だといえるはずである。

米ギャロップ社が唱える「ウェルビーイング」の5大要素

従業員がどのような状態であれば「満たされた状態」といえるのか。これについてはアメリカのコンサルティング企業・ギャロップ社が、「ウェルビーイング」を構成する5つの要素(The Five Essential Elements of Well-Being)を発表している。

(1)キャリア・ウェルビーイング

自分の時間をどのように使うか、何に時間を費やすか、毎日することを好きになれるか。仕事、勉強、家事、子育て、ボランティア活動など、日々の時間を費やしている行為に感じる幸福。

(2)ソーシャル・ウェルビーイング

強固な信頼や愛情に基づく人間関係に関わる幸福。

(3)フィナンシャル・ウェルビーイング

自身の経済生活を効果的に管理できているか、報酬、資産の管理・運用など経済的な幸福。

(4)フィジカル・ウェルビーイング

健康状態と、物事をやり遂げるための十分なエネルギーを持っているかどうか。ポジティブかつエネルギッシュに生活や仕事に取り組めているという、身体的・精神的な幸福。

(5)コミュニティ・ウェルビーイング

住んでいる地域や属している組織と良好な関係で関われているか、という地域社会での幸福。

あくまでも一企業の見解ではあるが、「ウェルビーイング」を考える際には確かに重要なことばかりだ。これら5つの要素について従業員は「満たされた状態」といえるのか、現状分析や具体的な施策立案のための指針となってくれるだろう。

PERMA理論における「ウェルビーイング」の5大要素

「PERMA理論」とは、ペンシルベニア大学のマーティン・セリグマン教授が提唱した「ウェルビーイング」の指標を示すものだ。そこでは5つの要素を定義づけている。

(1)Positive Emotion(ポジティブな感情)

ポジティブな感情は、ウェルビーイングを向上させるための主要な指標。希望や喜び、好奇心、愛情、思いやり、誇り、感謝などがある。

(2)Engagement(エンゲージメント)

仕事や趣味など何かに没頭すること。PERMA理論におけるエンゲージメントは、やりがいや活力を指す、いわゆるワークエンゲージメントとは定義がやや異なる。

(3)Relationship(人間関係)

相互に支援を受けたり、愛されたり、評価されたりするなど、他者と良好な関係を築いていることを指す。特に親密な間柄で絆が強まることは、幸福感や満足度を高める。

(4)Meaning and Purpose(人生の意義や目的)

人生の意義や目的を持つことで、満足度は高まり、健康における問題も少なくなると言われている。また困難や障壁を乗り越える際の指針にもなる。

(5)Achievement/Accomplish(達成)

どんな目標であっても、努力をして果たした達成感は、ウェルビーイングにつながる。お金や名声といった外発的な目標よりも、成長やつながりといった内発的な目標のほうが大きな充足感を得ることができることも知られている。

「ウェルビーイング」が企業や従業員にもたらすメリット

「ウェルビーイング」への取り組みは、企業や従業員にどのようなメリットをもたらすだろうか。

●従業員の健康維持・増進

心身とも健全で「満たされた状態」の従業員が増えれば、従業員の満足度や生産性は上がる。また健康経営を推進している企業に対して、自治体からの奨励金や補助金、金融機関による融資優遇といったインセンティブが用意されている点も大きなメリットだ。

●人間関係の改善、ストレス低減、エンゲージメントとモチベーションの向上

職場環境や人間関係が改善すれば、ストレスは低減し、従業員のメンタルヘルスにも好影響を及ぼす。安心して仕事に取り組める環境が作られ、豊かなワーク・ライフ・バランスが実現し、「満たされた状態」で働くことができれば、生産性も向上するはずだ。

また個々の従業員は、自分や家族の幸福と健康について考え、そのために何をなすべきか、自ら能動的にアクションしていくようになるだろう。自らの意思で高いモチベーションとともに実践し、豊かなワーク・ライフ・バランスを実現していく。その達成感こそが「満たされた状態」、すなわち「ウェルビーイング」につながるのである。

●離職率の低下と採用力の向上

心身とも健康でストレスがなく、モチベーションの高い状態で働いていれば、離職する可能性は大いに低下する。多くの従業員が「満たされた状態」で働いている企業は、学生や求職者への訴求力が高まり、採用力の向上にもつながるはずだ。

●生産性の向上

「満たされた状態」で働いている従業員は高いパフォーマンスを発揮する、という調査結果は多い。「ウェルビーイング」は生産性や業績の向上ももたらしてくれるわけだ。たとえば経済産業省『企業の「健康経営」ガイドブック』では、健康経営に注力している企業の株価は優位に推移しているというデータが掲載されている。

「ウェルビーイング」のために実践すべき取り組み

どのような経営方針や人事施策で従業員に「満たされた状態」になってもらうのか。ここでは具体的な取り組みについて考える。

●労働環境の改善

労働時間の短縮、雇用制度・勤務制度の柔軟化、有給休暇の消化率向上など、働き方改革を推進することが重要だ。労働法の遵守は当然の目標であり、残業や休日出勤の実態をチェックするなど、労働時間と勤怠の監視と管理を徹底しなければならない。またテレワークをはじめとする“ニューノーマル”に相応しい管理体制の構築、労働に対する評価基準など、新たな施策を推進することも求められる。

キャリアコンサルティングやリカレント教育の実施など、従業員の主体的なキャリア形成を支援する施策も重要だ。

●職場環境の改善

デスクの配置や社内設備の有無など、オフィスの状態も「ウェルビーイング」と密接な関係を持つ。コミュニケーションを重視したデスクの配置、リラックスや集中が可能な空間設計、休憩や軽い運動のための部屋の設置、さまざまな部署の人間が自然と集まるオープンスペースの設営、禁煙・分煙の徹底などを通じて、従業員が「満たされた状態」で働けるよう配慮したい。

●健康の維持・増進のための活動

法定検診、それ以外の検診(人間ドックや予防接種など)に対する補助、禁煙の促進、ウォーキングをはじめとする健康増進活動への参加呼び掛け、社員食堂で提供する栄養バランスに配慮した食事、管理栄養士や産業医との連携など、健康経営は「ウェルビーイング」を実現するための重要な取り組みだ。

●福利厚生制度の改善

フィットネスクラブの会費補助で身体を動かす習慣を身につけてもらうなど、健康に関するもののほか、旅行やレジャーの費用、家賃、食費などの補助によって従業員の満足度を高めたい。高齢化や待機児童の多さが問題となっている中では、介護と仕事を両立できるような勤務形態、託児所の設置といった支援策も求められる。

近年、注目度を高めている手法に「ピアボーナス」がある。従業員同士が互いに報酬を贈り合う制度で、「ウェルビーイング」向上に寄与するものとして普及しつつある。

●メンタルヘルス対策

ストレスチェックによって従業員の精神的な健康状態を把握し、人事施策へとつなげることが必要となる。専門家によるカウンセリングやメンタルヘルス研修などにも取り組みたい。

●コミュニケーションの活性化と企業風土の醸成

いわゆる“風通しのよい職場”は、仕事に対するストレスを軽減し、「ウェルビーイング」につながる。社員専用SNSの導入などでコミュニケーションの機会創出に努め、社員の意見で制度改革が実現するような企業風土や、安心して働ける心理的安全性の高い職場環境を作り出すことが重要だ。

●ツールの導入と相談窓口の開設

従業員の心身の状態を測定・記録するアセスメントやシステム、サーベイなどが多数開発されている。これらを導入し、各種施策が従業員の幸福度にどのような効果をもたらしているのか、可視化して検証し、改善していくことが重要となる。

各種制度の改善提案、心身の健康などに関する相談など、従業員の声をダイレクトに聞くための窓口を開設することも考慮したい。

企業の「ウェルビーイング」推進取り組み事例

実際に国内の企業では、「ウェルビーイング」向上に向けてどんな施策を行っているのか。代表例とも言える3社の取り組みを紹介していく。

●楽天

楽天は、楽天健康宣言「Well-being First」を掲げ、すべての社員に安全で健康的に働くことができる職場作りにコミットしている。CWO(Chief Well-being Officer)のリーダーシップの下で、健康支援事業を行う「ウェルネス部」、従業員と企業のつながり強化を図る「エンプロイーエンゲージメント部」、情報発信をする「サステナビリティ部」が中心となって、グループ企業全体が連携し、Body(健康的な体)、Mind(健康的な心)、Social(健康的な社会とのつながり)を促進するための取り組みを実施している。具体例としては、知識向上や情報共有を図るための健康経営ワーキンググループ勉強会の定期開催、従業員の健康状態を分析するための「ウェルビーイングサーベイ(調査)」などだ。

また同社は、ニューノーマル時代に、心身共に良好な状態で働けるように、組織において互いが配慮し合いながら「ウェルビーイング(良好)」な状態で働くことを目指す「コレクティブ・ウェルビーイング」についてまとめたガイドラインを作成。その中で、「企業」と「働く個人」の両側面から、「仲間」、「時間」、「空間」という「三間(さんま)」のそれぞれに「間(余白)をデザイン」することを推奨するなど、独自の研究結果やツールを企業と個人に向けて公開している。

●アシックス

アシックスは、「ASICS健康経営宣言」の下、「メンタルヘルス対応の強化」、「健康管理・増進体制の拡充」、「ヘルスリテラシーの向上支援」、「多様な人財が活躍できる職場環境」、「生活習慣の改善支援」、「生活習慣の改善支援」の5つの健康推進活動に取り組んでいる。この健康推進活動は、CWO(Chief Well-being Officer)を中心とした「well-being committee」で定めた年度方針と計画に基づいて実行し、進捗状況やその内容はオーナーである社長が監督している。

また、毎年発行しているのが、健康経営に対する取り組みをまとめた『ASICS WELL-BEING REPORT』だ。毎年の取り組みの振り返りや医師からのコメント、健康経営関連の進捗状況を数値化して読みやすく紹介し、従業員の健康意識を高めるような内容となっている。

●味の素

「アミノサイエンスで人・社会・地球のWell-Beingに貢献する」をパーパスとして掲げる味の素は、ウェルビーイングのリーディングカンパニーを目指し、「挑戦・成長」、「社会・文化」、「報酬・資産」、「健康」という4つのウェルビーイング向上に取り組んでいる。その取り組みの中核となるのは、健康増進最高責任者である社長のほか、グループ人事部門、健康保険組合、グループ健康増進センター、労働組合である。

具体的な取り組みとしては、従業員が自分の健康データを確認できるポータルサイト「My Health」や独自の健康アプリの活用、健康改善度を表彰する「健診戦」の実施、全従業員への栄養教育、グローバルでの職場の栄養改善など様々ある。

まとめ

日本では健康経営を積極的に推進する企業が増えつつある。ただ、従業員の健康は「ウェルビーイング」を構成する要素の1つに過ぎない。心身の健康も含めて、豊かに、安心して、自己実現を達成しながら「満たされた状態」で働くことができる。そんな、より広い意味での幸福を求めることが「ウェルビーイング」の意義である。

「ウェルビーイング」を重視した経営は、優秀な人材の確保と定着、企業価値の向上、生産性のアップなど、多大なメリットが期待できる。人手不足、ビジネスのグローバル化、そしてコロナ禍という厳しい環境の中で企業が生き残っていくためには、不可欠な取り組みといえるはずである。

よくある質問

●幸福と「ウェルビーイング」の違いは?

「Happiness(幸福)」は一時的な幸福の心理状態を指すが、「Well-being」は満たされている感覚が持続する状態を意味する。つまり「Well-being」は「Happiness」を含めた、より大きな概念であると言える。

●「ウェルビーイング」を高めるとどうなる?

「ウェルビーイング」を高めることで、従業員は「健康維持・増進」、「人間関係の改善」、「ストレス低減」、「エンゲージメントとモチベーションの向上」を図ることができる。また企業側は、「離職率の低下と採用力の向上」、「生産性の向上」などのメリットを享受できる。
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