2023年9月27日、厚生労働省から「年収の壁・支援強化パッケージ」が発表された。これは「年収の壁を意識せずに働ける環境づくりの後押し」を目的とした施策で、同年10月から4つの取り組みが開始されている。今回はその中から「企業の配偶者手当の見直し」の実施上のポイントについて、整理をしてみよう。
【年収の壁・支援強化パッケージ】「企業の配偶者手当の見直し」の実施上のポイントとは

パート従業員の就業調整の原因になる配偶者手当

厚生労働省が「年収の壁・支援強化パッケージ」で示した4施策は、次のとおりである。

1.社会保険適用促進手当の標準報酬算定除外
2.キャリアアップ助成金『社会保険適用時処遇改善コース』の新設
3.事業主の証明による被扶養者認定の円滑化
4.企業の配偶者手当の見直し促進


上記の4番目にある「企業の配偶者手当の見直し促進」とは、「就業調整の原因になるような配偶者手当を支払う企業に、手当の見直しを促す」という取り組みである。

現在、配偶者手当を支払う企業のうち8割を超える企業で「配偶者の年収が一定額未満であること」などの収入制限を設けている(令和4年職種別民間給与実態調査/人事院、下図参照)。
企業の「配偶者手当」支給時の収入制限
そのため、配偶者に扶養されながらパート勤務をする女性従業員が、配偶者の給料に配偶者手当が付かなくなることを懸念し、勤務時間数や勤務日数を削減するケースが少なくない。

つまり、配偶者の勤務先が支給する配偶者手当が、パート従業員の就業調整の原因になっているわけである。そこで、このような状況を改善するために実施されるのが、「就業調整の原因になるような配偶者手当を支払う企業に、手当の見直しを促す」という施策である。

具体的には、「見直し手順を示した資料を公表する」、「配偶者手当が就業調整の一因になっていることを説明するセミナーを開催したり、中小企業関係の団体を通じて周知したりする」などの取り組みが行われている。

一方的に廃止できない配偶者手当

配偶者手当を見直す場合、企業側が留意しなければならない最も重要な事項は、企業側の一方的な判断で配偶者手当を廃止・縮小することは法律上、許容されない点である。

給与や労働時間、休暇などの労働条件を、従業員にとって不利に変更する行為を「不利益変更」という。不利益変更は企業側が一方的に実施することは許されておらず、例えば就業規則を変更して不利益変更を行う場合には、労働契約法上「就業規則の変更に合理性が認められること」などの条件を満たさなければならない。

とりわけ、給与の減額に繋がる変更について司法の場では、「高度の必要性に基づいた合理的内容であること」が要求されるなど、制度変更の有効性が厳しい基準で判断される。従って、配偶者手当の見直しを実施する際には、労働関係法令はもとより、各種判例や他社事例を踏まえて慎重に取り組む必要がある。

以上のような事情を鑑み、厚生労働省では配偶者手当の見直しに取り組む上での留意事項として、以下の5点を挙げている。

(1)ニーズの把握など、従業員の納得性を高める取り組みを行うこと。
(2)労使で丁寧な話し合いを行い、合意を得ること。
(3)給与の原資の総額は維持すること。
(4)必要な経過措置を講じること。
(5)決定後の新制度について、従業員に丁寧な説明を実施すること。

企業の事情に応じたさまざまな見直しが可能

配偶者手当を見直す際には、同手当の廃止・縮小に伴って生じる余剰資金について、「『基本給』に組み入れる」などの取り組みを行うことが考えられる。例えば、次のような見直しプランである。

これまでの年功型給与体系を時代の変化に合わせて成果型に移行する方針とし、属人的手当を見直すために配偶者手当を廃止する。従来、同手当の原資となっていた資金は基本給に組み入れることで給与原資の総額は維持し、従業員全員に基本給の一部として再分配を行う。配偶者手当が付かなくなる従業員に対しては、従前の給与との差額を一定期間、補てんする経過措置を設ける。

このような取り組みを従業員と事前事後に十分な協議を行いながら進めることで、就業調整の原因となっている配偶者手当を終了させることは可能であろう。

あるいは、配偶者手当の廃止・縮小に伴って生じる余剰資金を利用し、「従前から設けている『子供手当』、『介護手当』を増額する」、「能力を評価する方針を明確にするため『IT能力手当』、『語学力手当』を新設する」などの方向性もあるかもしれない。

さらには、財務面の事情が許すのであれば、生活保障の観点から「収入制限のない『配偶者手当』に切り替える」という選択肢も考えられる。配偶者手当を存続させたとしても、収入制限がなければパート従業員による就業調整も発生することがないだろう。

以上のように、配偶者手当の見直しは、企業が直面する状況によりさまざまな方向性での実施が可能である。そのため、まずは自社の人事・給与政策全体を振り返り、中長期的視野で再構築を試みることが必要である。ただし、法律上の制約から取り組みの難易度は極めて高い。従って、労働法の専門家などの支援を仰ぎながら、進めるのが賢明といえる。
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