大企業からスタートアップ企業に転職してきた方とお会いすると、よく見かけるシチュエーションがあります。その人のキャリアからすれば、英語が堪能なはずなのに、英語力をひた隠しにするというような場面です。それは何故なのでしょうか?

本シリーズのバックナンバーはこちらから▶スタートアップ人事向け指南書――“大企業出身者”の活躍支援【連載】
【9】大企業出身者から「スキル搾取」や「人脈搾取」をしない体制作りを

なぜか自分の語学力をひた隠しにする人

その人のキャリアからすれば、どう考えても英語が堪能なはずなのに、「私の英語力なんて旅行会話くらいでビジネスでは全く使えません」というのです。
私が「そんなわけないじゃないですか。確か前職は外資系の会社でしたよね」と尋ねても、「いえいえ、単に会社が外資なだけで、社内は日本人ばかりでしたから」とはぐらかされて「おかしいなあ……」と思うことがよくありました。

そのようなことがあったある日、とある訪問先の会社に着くと、ちょうど外線電話が鳴っていました。
アルバイト社員が電話を取ると、困惑した声で周囲に助けを求めました。「突然、英語で電話がかかってきたのですが、私はわからないのでどうしたらいいでしょうか」。すると、その「自分の英語は全く使い物にならない」と言っていた人がそのアルバイト社員から電話を受け取って、流暢な英語で喋り始めました。そして問題なくやりとりができたみたいで、アルバイト社員から「○○さん英語が堪能で憧れます! ありがとうございました!」と御礼を言われていました。

一部始終をたまたま目撃してしまった私は思わず後ろから「○○さん、やっぱり喋れるじゃないですか」と話しかけました。その人は「見つかっちゃった」と言わんばかりに「前田さん、今のことは見なかったことにしておいてください」とお願いされました。

なぜこのようなことが起こるかというと、「スタートアップ企業あるある」かもしれませんが、「高度なスキル」を持っていることが「バレると大変だから」ということのようです。スタートアップ企業では慢性的に人手不足なので、自分の本業ではないことでも「それについては〇〇さんが得意らしい」と手伝いに駆り出されます。最初は善意でやっていたものが、いつのまにかその人の「仕事」になっているという調子です。特に語学などはその最たる例です。

例えば、
・海外から来たメールを正しい日本語に訳して欲しい、正しい外国語にして返信して欲しい
・海外とのWEBミーティングに同席して通訳して欲しい
・海外からのお客さんの接待に同席して通訳して欲しい
・会社のHPの外国語版をフォローして欲しい


といったようなことが本業の「業務外」でいつしか組み込まれてきます。最初は周囲も「本当に〇〇さんが居てくれて助かった!ありがとう!」と感謝するのですが、次第にそれが「当たり前」になっていき、ひどい時には「え! 〇〇さん今日有休? 何で居ないの?今日大事な投資家が海外から来るのに困ったな」と、あたかもその人の重要な任務のようになっていくこともあります。

「悪意なき搾取」だからこそ困る

そう言いつつも、お願いするほうには悪意がないことがほとんどです。
スタートアップ企業は、「日々発生するわけではない業務」のために、専任で社員を雇う余裕はありません。そして社長も社員も常に多忙で余裕がない状況下で業務をまわしていますので、常に「誰かに助けて欲しい」というシチュエーションが生まれます。

特に社長からのお願いは、直接「助けて!」と言われたら基本的に断りづらくなります。
人事担当者は「お願い癖」のある社長に関しては、このような事象が頻発していないか、社内の動向や社長の言動を確認していただきたいです。また、社員からも定期的にヒアリングをして、その人の本業以外のスキルや善意に依存し過ぎて業務外の仕事を任せてモチベーションが下がるようなことが起きないよう目を配ると良いと思います。

また、大企業出身者の人に、社長や営業社員が「〇〇さんが勤めていた前職の会社と(人脈を)つないでよ」とお願いをすることもしばしばあります。そのような時に強引な営業をしたり、失礼なやりとりをしたりして、善意で紹介してくれたその人の人脈を荒らして面子を潰してしまう事象が発生することも、時としてあります。

このようなことが繰り返されると、大企業出身者の人は「自分のスキルも人脈も、一切この会社では披露しない」というマインドになっていきます。冒頭の英語のスキルを披露したがらない人もおそらく、その人より先に入社した大企業出身者の人から「〇〇さん、この会社で英語ができますなんて言ったら、英語に関することを業務外に全部タダ働きで手伝わされるから言わないほうがいいよ。私もそれで大変な目に遭ったから」とアドバイスされたのかもしれません。そのようになってしまうのは非常にもったいないことです。

スキルや人脈を「搾取」ではなく、「積極的に提供したくなる」体制作りを

人事担当の皆様は、このようなことが起こらないように目を配っていただければと思います。

1.その人のスキルに対しては「手厚い手当と敬意」を払う
2.その人の人脈に対しては「手厚い経費と敬意」を払う



1.に関しては、その人に業務外でスキルを活用して手伝ってもらう場合は、きちんとその追加業務に対して手当をプラスして契約をするか、もしくは年度末に賞与として支給するなどして、「タダ働きさせられた」ということがないようにしてください。そして「〇〇さんが居てくれて本当に助かっている」という感謝を伝える習慣付けを社内に啓蒙することが大切です。それができる立場にあるのが人事担当者であり、重要な仕事の一つです。敬意がない人事担当者の会社は、総じてそのまま敬意がない会社になっています。敬意というのは意識をすれば作れるものです。

2.に関しても、大企業出身者から紹介された人脈に対しては経費(飲食費や手土産代等)をきちんと使うだけでも徹底するべきでしょう。結果として仕事につながらなかったとしても、紹介してくれた大企業出身者の社員に恥をかかせることがありませんし、逆に「〇〇さん、良いスタートアップ企業に転職したね。うらやましい」と前職の同僚から大企業出身者の方も言われることでしょう。そうすれば「また社長や営業からお願いされたら自分の人脈を紹介しよう」と思ってくれるはずです。

今の時代は仕事での必要性はもちろんのこと、純粋な趣味や自己啓発として語学を習得したり、MBAなどの資格を取得したり、Webデザインやプログラミングなどを学んだりする方も多いです。そしてその過程で仲間を見つけて人脈を持っている人も多いことでしょう。そのようなスキルや人脈を「隠される」のではなく、「提供したくなる」組織風土作り、体制作りの役割を人事担当者は担っています。
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