大企業出身者がスタートアップ企業に転職をしてまず思うことの一つが「前職ではありとあらゆる社内ルールがあったのに、この会社にはほとんどない……」という点だと思います。そして、ルールがないために起きてしまうトラブルも多いのですが、手が付けられていないというのがホンネではないでしょうか。今回も実際に起こったケースを見ながら、マネジメントが正常に機能する組織にしていくための環境整備について解説します。

第1回から読む▶【1】“スタートアップ企業”へ転職したい大企業出身者が増加!?人材の流動化が進んでいるワケ
【7】スタートアップ企業こそ「就業規則」や「社内ルール」の整備を

スタートアップ企業は「社内ルール」も発展途上

労働基準法によって、常時10名以上の従業員を雇用している企業には「就業規則の作成」が義務付けられています。就業規則は、労働時間や賃金をはじめ、人事・服務規律など、労働者の労働条件や待遇の基準をはっきりと定めることが望ましいとされます。

しかし、就業規則があったとしても「絶対的必要記載事項」の労働時間や賃金、退職関係の内容のみで、なおかつ適切に運用できていないというスタートアップ企業は少なくありません。場合によっては、まだ就業規則もないというところもあるでしょう。

日常業務を含め、“やりながら、徐々にルールを決めて行こう”というスタンスはスタートアップ界隈では一般的です。もちろん、IPOを具体的に目指すという段階になれば、IPO審査で諸規程の整備状況のチェックがありますので、IPOコンサルの知見を得ながら整備をしていきます。

しかし、そこまでに至る過程にあるスタートアップ企業はまず売上や利益を確保していかなければいけませんし、事業に必要な人材を次々に採用することが優先になるなど、全員が多忙な状況です。そのため、なかなか「ルールの策定」に時間を費やすことができないのが現実だと思います。

ルールがないばかりに生まれた、無駄なせめぎ合いとは?

大企業出身者のAさんは今から1年前に管理職待遇でスタートアップ企業に入社しました。そしてAさんから半年遅れで、同じく別の大企業出身者のBさんがAさんの部下として採用され、入社してきました。

Bさんは、Aさんよりも年上で、仕事は真面目にこなすのですが、前職では徹夜や休日出勤が当たり前だったらしく、その働き方の習慣が抜けずにいました。そのため、同じように徹夜や休日出勤を繰り返していました。Bさんに与えられた仕事量は、平日の法定残業内で十分こなせる量です。上司のAさんが「身体のこともあるので、深夜残業や休日出勤は控えてください」と指導するのですが、「私は大丈夫ですので」、「仕事が中途半端だと気になって帰れないんです」と、全く意に介しません。

また、休暇も重要な会議がある日でも関係なくどんどん自分のペースでとってしまいます。そのため、部内のコミュニケーションがBさんだけ他の社員とうまくとれない状態が続いていました。Aさんには周囲も「Bさんが年上だといっても部下なのだから、指導してください」と言うのですが、Aさんは「あんな風に人の指示を無視する人は前職では、見たことがなかったので正直戸惑っています」と言うのです。

考えてみれば、そもそも深夜残業や休日出勤は「事前申請/承認制」にして、業務上必要のない残業や出勤は上司が認めないとすれば解決する話です。しかし、このスタートアップ企業では、こういった申請制度がないことで、事前の上司への報告や相談も曖昧になっており、結果として社員の「自己判断」に任せた働き方が黙認されていました。

マネジメントが機能しない組織になっていないか

Bさんの自分本位な働き方に問題があるのは当然だとしても、経営者としてはAさんのマネジメントとしての管理責任を問うことでしょう。

ただ、Aさんはご自身でも言っていたように、Bさんのような社員にこれまで遭遇したことがなく、また、前職の大企業ではさまざまな細かいルールがあり、当然残業や休日出勤も事前申請制であったため、勝手に残業や休日出勤をするなどという社員は皆無でした。そのため“ルールがあまり整備されていない環境下での”「部下のマネジメント」に慣れていませんでした。

一方Bさんは、会社に細かいルールがないのを逆手にとって、そもそも勤務時間内に十分終わる仕事を、勝手に深夜残業や休日出勤をして対応していました。そもそもBさんの前職も有名な大企業でしたから、深夜残業や休日申請も事前申請で行っていたはずです。だからBさんは「意図的に」そのようにふるまっていたのではないかと思います。

大企業ではうまく部下をマネジメントできていたのに、スタートアップ企業ではなかなかうまくいかない……。その理由の一つには、大企業は社内ルールが敷かれていて、そもそも「上司が部下をマネジメントしやすい環境にあった」ということがあるでしょう。

「上司・部下」など関係性に影響を及ぼす内容は優先して整備を

果たして今回の話は、Aさんのマネジメント能力の問題だけで片付けて良いものでしょうか? 大企業出身者の能力や経験を取り入れるために、彼らを積極採用していくのなら、会社側は彼らが実力を発揮できるような社内環境を整えていくことにも目を向けるべきでしょう。従業員が健全かつ安全に働ける環境づくりも人事の大切な役割です。

特に、労務管理の勤怠や人事制度の評価など、上司と部下との関係性に直接影響を及ぼすようなものは、明確かつ客観性のある組織のルールが必要です。規程を整え、運用ルールを社内にしっかりと公開することで、やっとマネジメントする側もされる側も認識が揃います。

また、今後に向けて持った働きやすい組織にしていくためにも、大企業出身者を交えて意見交換し、スタートアップ企業でも役立ちそうなルールを取り入れながら、体制を強化していくのも良い方策だと言えるでしょう。

スタートアップ企業の成長ステージにもよりますが、安定的な売上を計上し、事業拡大が続けられる組織であるために、社員が業務に集中できる環境づくりは優先度の高い取り組みなのです。
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