2023年の夏から開始した本連載は6回目になります。2024年もどうぞよろしくお願いいたします。

先日、大企業からスタートアップ企業に転職した方が1年も経たずに退職したという話を知人から聞きました。その顛末を聞いて、スタートアップの環境だからこそ起きてしまったのかもしれないと感じました。また、入社直後の人事の関わり方によってはそうならないようにフォローできたかもしれないとも思いました。人事だからこそできる「大きな仕事」について、そのエピソードを元にまとめてみました。

第1回から読む▶【1】“スタートアップ企業”へ転職したい大企業出身者が増加!?人材の流動化が進んでいるワケ
【6】スタートアップだから「社長との距離感」は近いのか?

社長から苦手意識を持たれたら辞めざるをえなくなる?

人事ができる大きな仕事は、「経営者と社員がお互いに生理的な苦手意識を抱かないよう調整役になる」ことです。

今回聞いた退職事例では、大企業出身の社員が、入社直後から社内の業務体制をチェックして課題のある箇所に関して直接社長に改善提案を繰り返していたということです。良かれと思って立ち回った行動が社長の逆鱗に触れてしまったようです。次第にその社員と社長はお互いに苦手意識が生まれ、関係性がぎくしゃくするようになります。結果として社長が辞めるわけにはいかないので、社員は会社を去ることになりました。

これが大企業の場合でしたら、いきなり社長に改善提案を直訴する機会はないのが一般的です。まず直属の上司、管理職、役員とのやりとりです。仮にその過程で上司と折り合いが悪くなることがあっても、人事異動や配置転換で上司が変わったり、自分が願い出て異動したりとさまざまな選択肢が残されています。

これに対して、スタートアップ企業は、社長に自分の提案を一般社員が直訴できる距離感であることがほとんどです。その環境が良い面はもちろんありますが、悪い面に転じることもあります。元々が「小さな一塊の集団」ですから苦手意識を持った人同士の距離を物理的に離すことが大企業とは違い容易ではありません。

(社長のタイプにもよりますが)社長と揉めたことが、後々まで組織の中で響いてしまうことはあります。人事担当者もこの懸念は持っておくべきで、そうならないようにするためにも新しく入社された方へ啓蒙しておきたいポイントです。

もう一つ重要なことは「社長と社員、どちらの主張が正しいか正しくないかは関係がない」ということです。今回のケースも、社員が社長に進言した課題改善の提案内容自体は、どれも間違った内容ではなかったそうです。

スタートアップ企業はとにかくやることがたくさんある組織です。
社長の言い分としては、「当然、課題はわかっているけれど、手がつけられていない状況」に対する配慮が全くなかった点にあると言います。「社長は会社の課題がわかっていないようなので申し上げますね」というコミュニケーションをいつもしてくるので、人を馬鹿にするのもいい加減にして欲しいと感じていたようです。再び「社長はご存知ないようなので」という“枕詞”で話しかけられた際に、我慢の限界を超えて「こっちは経営者なんだからわかっているよ」とホンネが出てしまったということなのです。

スタートアップ企業は「何でもアリ」ではない

こうなりがちな理由として、大企業出身の社員の人達が「社長との距離感」を最初はつかみにくいことがそもそもの原因にありそうです。

勘のいい人やそもそも「ヒト」に関心がある人は周囲の状況を見ながら、同僚が社長とどういった距離感でコミュニケーションをとっているかを観察して学んでいけます。しかしそうでない人もいます。同じ場に介していることで、「ちょっとした先輩」にモノを言うようにコミュニケーションをとってしまい、それがトラブルの原因になっていることが多いのかもしれないと思います。

スタートアップ企業の社長の多くが「気兼ねなく、ラフに声掛けなり提案してくれていいから」とおっしゃいますが、私から見たら実際はそんなことはありません。確かに本業には関係のないこと、たとえば「社長、ランチに行きましょうよ」、「新しいオフィス用の机は社長推しのものよりこっちの机のほうがおしゃれで良くないですか」といったことは全く問題ないです。

しかし、「うちの会社のミッション、ビジョン、バリューって古臭くないですか?」や「うちの会社の人事評価制度は根本から間違っていると思うんですよね」などと、ラフに話しかけたら、間違いなくほとんどの社長は表面に出さずとも「何もわかっていない分際で」と、内心むっとするはずです。なぜならそれは「社長だから」です。社長が一生懸命考え抜いた物事を、軽いノリで本人にダメ出しをするのはどうなのでしょうか?

「スタートアップだから何をやってもいい、何を言ってもいい」というのは、時と場合と内容によります。大企業出身者の方の中にはスタートアップに対してそのような過剰な期待を持たれていて、「自分の経験や知見を存分に発揮しよう」というスタンスで社長に接してしまい、大失敗される方がいらっしゃいます。
これは本当にもったいないことですので、人事担当者の方達が、「スタートアップのリアル」を早めにお伝えいただくと良いと思います。

社長へ声掛けを提案する際の「枕詞」が極めて重要

今回の退職事例でいえば、社員が社長に意見や提案を言う際に、「社長はおわかりにならないと思いますので」と言っていましたが、私なら逆の言葉を枕詞にします。

「社長はおわかりだと思いますが、私がまとめた課題と改善案をご確認いただけませんか」と言えば、何の問題もなかったと思います。「だいたいはわかっていたけれど、この最後に書かれている課題については見落としていたよ。ありがとう。これからもどんどん提案して」と逆に信頼を得られたと思います。

社長とのコミュニケーションを見ていて苦労されている人は、このように発話の「枕詞」に課題のある人が多い印象があります。そういった人を見かけたら、クッションになる枕詞について話題にしながら提案してみるのは一考だと思います。

「釈迦に説法で恐縮ですが」、「社長はご認識されていらっしゃると思いますが」、「認識の統一のために念のため確認させていただいてよろしいですか」など。本題に入る前の枕詞で、無作法にならずに、敬意を持って必要なことを伝えていくことはできます。

本当の意味でコミュニケーションを円滑にするためにも、『組織が大切にしたいビジネスマナーやエチケット』について、入社後のオンボーディング研修や面談で考えを摺り合わせてみるのはいかがでしょうか。
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