業務開始後の“放置”が退職を招く
一つ、事例を紹介しよう。ある企業が20代の若い人材を社員として採用し、配属先の部門リーダーによる新人研修を経て業務に就かせた。ところが、しばらくして一人、また一人と退職を申し出てきた。理由は、「自分にはこの仕事が合わない」、「仕事についていけない」、「職場に馴染めない」などさまざまだったが、いずれも、業務面・心理面で追い込まれた結果の退職希望のようであった。
この件について部門リーダーにヒアリングを行うと、若年社員が退職を申し出る理由に全く心当たりがないという。部門リーダーにとっては、まさに“寝耳に水”の退職希望であった。自分の部下が業務面・心理面で追い込まれて退職を申し出てきているにもかかわらず、部門の責任者であり、新人研修も担当した部門リーダー本人が全くその事実を把握していなかったというのだ。
この部門リーダーがなぜ若年社員の心理的変化に気づかなかったのか原因を調べてみたところ、新人研修終了後、若年社員と話をする機会をほとんど持っていなかったことが分かった。
このケースは、誤解を恐れずに言えば、若年社員を職場内に“放置”してしまった状態と言える。そのため、退職の意思表示を受けるまでは、若年社員が取り組んでいる「業務の状況」や「心理的負担」などについて、知る由もなかったのである。
“継続的な接点”が“前向きな行動”を促す
若年社員とのコミュニケーションを疎かにしがちなリーダーは少なくない。しかしながら、実務開始後にリーダーが若年社員と十分なコミュニケーションを取らない行為は、えてしてその若年社員に“マイナスの影響”を与えてしまう。たとえば、その若年社員に業務や人間関係で困ったことが起きても、「誰にも相談ができない」という状況が作られやすい。すると若年社員は、“孤独感”を感じるだろう。その結果、業務面・心理面で直面している問題に対し一人で思い悩み続けることとなり、そのまま退職を決意するに至ってしまうのだ。
このような状況を回避するためには、若年社員が業務を開始した後も、部門リーダーと若年社員が“継続的な接点”を持つことが重要である。たとえば、「出勤時、退勤時には必ずリーダーから若年社員に声を掛ける」、「定期的に若年社員と昼食を一緒にとる」など、自然に日常業務の中で若年社員との“接点”を持つよう工夫するとよい。
“継続的な接点”を持つことは、具体的に次のようなメリットがある。
・若年社員が困ったときに「相談しやすい環境」が作れる。
・若年社員に対して「見てもらえている」という安心感を醸成できる。
・若年社員の「心理的な変化」に気づきやすくなる。
このようなメリットが、若年社員の業務への取り組み姿勢を「前向き」「積極的」に変え、“好ましい行動”を促しやすくなるものである。
“継続的な接点”の習慣化を
厚生労働省の調べによると、平成26年4月に社会人になった大卒新入社員が、入社3年目までに会社を退職した割合は32.2%である。つまり、大卒新入社員の3人に1人が、3年以内に勤務継続を断念していることになる。このような若年社員の早期退職を回避するために、リーダーの皆さんにはぜひ、若年社員と“継続的な接点”を持つことを習慣にしてほしい。「“継続的な接点”を持つ」とは、換言すれば「コミュニケーションを絶たない」という意味である。新入社員の退職希望に直面した時、その原因を、新入社員自身に求めるリーダーは少なくない。「社会人としての意識が低い」、「なぜ、もっと早く相談しなかったのか」など、退職に至った若年社員を責めるような発言すら聞かれるようである。しかし、若年社員が退職希望を伝えてきた場合には、若年社員自身に非を求める前に、むしろ「リーダーの自分こそ、若年社員とのコミュニケーションを絶っていなかったか?」と自戒を込めて振り返ってほしいものである。
コンサルティングハウス プライオ
代表 大須賀信敬
(中小企業診断士・特定社会保険労務士)
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